09 閃光に目がやられていたらしいダリはやっとのことで目を慣らすと、はっとしてライの方を見た。今にも怪物の下敷きにされてしまいそうなほどの、距離感。それにダリは自分が踏みつけられたように、ぐっと息を詰まらせる。 「何やってるんだ、早く逃げろ!」 いくら能力が展開したといっても、その使い道を最初から理解しているはずがない、そう心から叫んでいる様子にも思えた。 ルダは目を丸くしながらも、血に濡れたイユを気遣おうとその身に触れる。イユは浅く呼気を吐きながらも、普段と変わらない表情でルダを視界に入れた。それから少し上を向いて、なんとかライと怪物を目線に乗せる。 電子機器を軽やかに跳ねる指先がたどり着いた先には、エンターキーが待ち構えていた。 「ガアアア!!」 怪物の低い咆哮と共に、ライの力は発動された。彼が光るエンターキーをクリックした瞬間、怪物の体は重力に当てられたように叩きつけられたのだ。 ミシミシとひび割れていく地面に頭を擦り付けて、怪物は恨めしそうにライを睨んだ。思わず後退しそうになるが、堪えてこちらも睨み返す。自分がこの力を解かない限りは、目の前の巨躯は爪一つつき出せやしないはずだから。 「やった……のか?」 呟いて、ふっとダリに目をやる。普段は絶対に見られない彼の間抜け面が目に入った。口を半開きにして、こちらをずっとみつめている。それがなんだかおかしくてぷっと吹き出さずにはいられない。 「っくふ……ふふふふ! ひっどい顔してるナァダーリーくん!」 釣られてルダも吹き出した。イユを肩に担いで、ペースに合わせて足を運ぶ。怪物にとどめをさそうとしていることは察していた。 「なっ! だからくんって呼ぶんじゃない気持ち悪い」 遅れて、少し回復したらしいダリもこちらに歩み寄る。ライはここでほっと一息ついた。肩の荷が降りたように感じられた。 「よくやった、ライ。お前は凄い」 全員が揃って開口一番、ダリはライを見据えてそう言った。途端に顔を真っ赤に染め上げるライ。レンズ越しの目は情けなく泳いでおり、動揺しているのがわかった。 言葉にならない声を口から漏らして、両手をばたつかせるその姿はさっきまでの彼とはまるで別人のようで。そんなライにダリは、小さく笑みを漏らした。 「……本当にコイツ、動かない?」 イユを担いだまま、ルダが問う。 「俺がこれ仕掛けてる間は大丈夫だと思うけど……」 自信なさげに答えれば、意地悪そうに目をきゅっと細めて口角を吊り上げた。 「えーっ新米くんの言うことはちょーっと信用できないカモー」 「うっ……」 ルダの言葉にしょんぼりと顔を伏せるライを見て、彼は冗談だよ、と語りかける。それからイユをライに渡して、幾分か刃が尖った包丁を懐から取り出した。 怪物の心臓付近に添えて、小さく息を吐く。生物を一突きにすることは、実はこう見えてなかなかコツがいるのだ。 「これで終わりだネ」 言い終えると同時に刃を振りかざす。その時に怪物が、薄気味悪く笑ったような気がした。 肉に刃物が押し込まれる感覚、そう何度も体感したくはない。現にルダは今まさに、悪寒に身を震わせた。しかしこの震えはそれからくるものではない。 「愚かしい」 何かがおかしい。口にする前に、怪物がそう言った。 言葉を解するほどの知能を持っているとは、今までの戦いからは皆目検討もつかなかった。みんな唖然として怪物を目で見ることしかできない。それを怪物は更に馬鹿にしたように一際大きく笑い声をあげると、黒く濁った血を吐き出した。 「ホオズキの実を、食べたことがあるかい」 最期にそう言い残して、怪物が二度と口をきくことはなかった。 その場に残されたのは、呆気にとられた四人のみ。愚かしいとは何だ、ホオズキの実を食べたことがあるかなんて意味がわからない。目の前で確かに生きていた存在の甘言に意思が淀み沈んでいく。 けれどイユが痛みに喘いだものだから、三人は思案することなく次の問題に行き当たる。 「イユ、腕を見せてみろ」 仲間の状態を把握する方が先だ。最優先だ。謎は後からでも解き明かせるし、タイムリミットは存在しないのだから。 反抗する様子もなく、ダリの言う通りにイユは袖を捲って噛まれた部位を晒け出した。そしてあまりの有り様に、反射的に声が漏れる。なんだこれは、と。 牙が食い込んだ痕は見るからに惨たらしかった。何より骨が視認できる時点で重傷であることに変わりはない。下手をすればヒビが、もしくはもう折れてしまっているかもしれない。その傷口から垂れる鮮血は未だに止まることを知らず、肌を伝い地面に点々と軌跡を示していく。 しかしそれよりも目に留まったのは、イユの白い肌に浮かび上がる黒い斑点模様であった。 普通に噛みつかれただけではこうはならない。となると可能性として思い浮かぶのは、呪詛の一種か、ということだ。 あの怪物は四肢から黒い煙のようなものを放出していた。それに今し方、言葉を話した。呪いをかけるほどの技量は十分にあると言える。 |