03 リラが受けた能力とは、すべての生命の傷創を快癒すること。簡潔に言えば、命が宿っているものの傷を全快させることができる。とはいっても怪我にも種類があり、それに見合った道具……例えるなら薬草やすり鉢ですって粉にするような木の実、を糧に専用の呪文を口にしなければならない。錬金術と似ている。 勿論何の道具も無しに何かを癒すことは不可能だが、切り詰めて言うと怪我の種類に合ったものであれば、その辺りに生えている雑草や石ころでも立派な道具として使うことができる。回復量は多少落ちるが、それでも効果は絶大なものだ。 つまるところ、道具さえ揃えば――生物に限るがリラに治せないものなどないのである。 「薬の量が足りなかったのかなあ……」 失敗した理由が見出だせないらしく、リラは困った様子で口をつぐんだ。今までに能力を使役して上手く発動しなかったことも多々あったが、多少の効果はあった。それが今回はこの様だ。ショックを受けないはずがなかった。 イユはそんな彼女を瞳孔が開きっぱなしの双眼で見つめる。次に来る言葉を待っていた。ユギは何も言う気が起こらないのだろう、じっと耳をすませている。 「……もう一回やらせて。今度は薬を多めにしてみるから」 決意したように顔を上げたリラの瞳には、強い意思が確かに宿っていた。彼女の思いを無下にすることは出来ない。イユとユギは頷く他無かった。 「……というわけなの。薬を買いに行きたいから、街に出ていくことを許してくれる?」 リラはリビングにいた。エプロンドレスの裾を両手でぎゅっと握り、向かい合う人物に静かに訴えている。彼女の正面には、頬にガーゼを貼ったダリの姿。 ダリはリラの言葉を黙って聞いていたが、彼女の意見に肯定的ではなかった。 「駄目だ」 一言そう言うと、彼は古びたソファに腰を沈める。リラはつんと口を尖らせる。彼女はダリに見張られていたが故に、彼の肯定無しに外に出ることを許されていなかった。 否、見張られているというのは語弊がある。ダリはリラを守ることを義務と感じていた。その理由は本人にしかわからないが、リラが知るところでは、彼女は彼が昔護衛していたある国の姫君に容姿が似ているからだという。 容姿が似ているからなんだというのだ、とリラ自身思っていたが、ダリにはどうしてもそう行動せずにはいられない過去の呪縛に囚われていた。 「じゃあイユが治らなくても良いってことなの?」 酷い、そう小さく呟いてダリの目を見つめる。前髪に隠れていない方の、隈がうっすらと映える左目をじっと見つめる。 リラの言葉にダリは少しばかり狼狽えた。彼だって仲間が治ってほしいと思っている。しかしそれ以上に、彼にはリラの方が大切だった。 「俺がこんな状態じゃなきゃ、いくらでも連れてってやれるんだ。……今じゃなきゃ、嫌なのか?」 眉根を垂れて言うと、ダリは左腕を右手で撫でた。今の彼の上半身は白いワイシャツを一枚着ているだけで、いつもの黒いスーツは見当たらない。 服の中に潜む数多に巻かれた包帯の存在を、リラは知らない訳ではなかった。だからこそ心苦しいのだ。 ダリはリラから一切治療を受けようとしない。彼の中のエゴイズムがそうさせる。守る者が、護る者が護られる者の手を煩わせてどうするのだ。そんな見栄が、彼女の好意を突っぱねる。 ダリがリラの力を借りて全快になれば、彼女をどこへだって連れていくことは造作もないだろう。しかし彼のわがままで、それが実現することはない。 リラは言い返す気力すら失せて、ふて腐れてしまった。下を向いて、目頭が熱を帯びることに耐えようとする。 じわりと視界が歪んでいく。 「じゃあじゃあじゃあじゃあ! 僕達が護衛につけば良いんじゃないかなーって思うんだケド? どうかなーダリくん?」 刹那、どこからか能天気な声が響いた。ダリは思わず苦虫を噛み潰したような顔をする。 「……その呼び方はやめろって言っているだろうが」 後ろを向くと、微笑を称えたルダが両手を後頭部に当てた状態で立っていた。彼の側には先程までイユの最低処置をしていたユギと、癖ッ毛で白い短髪の、背が低い少年がいた。 少年の瞳は丸く、爛々と黄色い輝きを放っている。目元には逆三角形の黒いペイントが施されており、フード付きの半袖を着ていた。下は短パンを履いており、股の隙間からちらりと覗く黒い尻尾が揺れている。 無論少年にもウサギの耳が生えており、黒い毛並みをしていた。 「お出かけならボクもいく!」 子供らしくはしゃぎ、無邪気な笑顔を見せて少年は言う。両手を顔の前にやってわざとらしく笑った。しかし少年の右腕は普通の人より大きく、爬虫類のように指先が鋭く尖っていた。何より右腕の色は肌色ではなく、黒を帯びた赤色だった。 けれどそんな右腕を気にする様子もなく、少年は好奇心に目を光らせている。 少年の名は、ギルといった。黒兎で最年少で、恐らくは彼のみが外見と実際の年齢が一致している。 |