01 町外れに生い茂る緑の中、森林の奥深くに、今はもう手入れされていない古びた廃館がぽつんと佇んでいた。多くの葉やつたは我先にとその枝を伸ばし、ぐるりと囲むように巻き付いている。お化け屋敷と囁かれ噂されても、違和感は生じない。 この辺り一帯は温い風が頬を撫で、それがあまりにも雰囲気を誘うので心霊スポットとして賑わいを見せたこともあった。――ほんの少し、前までは。 若い男女がこぞって探検に来たこの屋敷も、今はもう荒れ果てている。ガラスは無造作に割れ、レンガのあちらこちらには大きな穴が開いていた。 しかし、ぼろ雑巾のようになってしまったこの廃館は今もなお活気づいている。理由は至極シンプルだ。ただ単に、住居者がいるからである。それも一人のみならず何人も。 その住居者には共通点があり、そしてそのせいでこのような不気味な廃墟に腰を据えなければならなかった。 彼らは、“黒兎(こくと)”と呼ばれている。 いつから存在したのかは不明。ただわかることは、疫病や災厄を司る神獣の“黒兎神(こくとしん)”から何らかの原因により呪いを受け、不老不死になり、更には人ならざる力と身体の変化が起こったこと。 長いウサギの耳と邪魔っ苦しい尻尾が生えてしまった彼らは「黒兎神の使徒」と忌み嫌われ、そうして人里へ寄り付けなくならざるを得なかった。 「……何ていうかサァ」 どこまでも続いていく深い森林を、淡々と突き進む三人の男。何れも黒い衣服を身に付けており、その黒さは、深夜に行動を起こそうものなら姿を捉えられやしないといっても過言ではないほどだ。 この三人の頭には、立派でたくましいウサギの耳が生えている。それも真っ黒で、夕闇に溶けてしまいそうなほどの漆黒だった。 彼らは黒兎なのだ。 履き慣らしたブーツで柔らかな草を踏む。くしゃくしゃと踏み潰すこの感覚には、言葉にしがたい感情がこみあがる。けれど声を発したその主は何とも言えぬ顔で、両腕を頭に回しながら気だるげに続ける。 「このメンバーに僕っていらないと思うんですケド」 はあ、と大袈裟にため息を吐いて、ちらりと後ろに続く者らを見やりながら男はそう呟いた。 黒くモコモコしたファーが基調の、体にフィットしたコート。跳ね気味の髪は彼が歩く度に揺れて、その髪から覗く眉は平安時代を匂わせる丸い形状をしている。左頬には薄焦げて赤黒くなった、鶴を象った刻印が映える。 左右に跳び跳ねるような歩き方を二度三度として、男はにたり顔で後ろを振り返った。 「確かにいらないだろうな」 「……つーか、正直邪魔」 麿眉の男に答えたのは、無造作に癖のついた黒髪が特徴の男と、目付きの悪い眼鏡をかけた青年だった。男には無精髭が生えており、また着崩している黒スーツは所々シワができてしまっている。右目は黒髪に隠れてしまい伺えない。 青年はというと、やる気もなさそうに口をへの字に曲げ、耳に当てたヘッドフォンをかけ直していた。着古しているのだろうそのオーバーオールも無精髭の男と同様にシワが映える。そして両方の頬には、対称的な火傷痕がくっきりと残されていた。 双方、麿眉の男を否定する言葉をきっぱりと吐き捨てて、ふうと息をつく。どうやらお疲れの具合らしい。それを見て麿眉の男はさらに口角をつり上げると、冗談めいた様子で口を開く。後ろ向きに歩いたまま、草を踏みしめながら。 「お邪魔虫なことくらい僕にでもわかるヨー。あいっかわらず、ダリとライくんはつれないネエ」 お兄さん傷ついちゃうなあ、と続けて麿眉の男は肩をすくめた。ダリと呼ばれた無精髭の男は慣れた態度で、 乱雑にぼりぼりと頭をかきながら、 そんな男の仕種をじろりと横目で流し見る。 一方ライと呼ばれた眼鏡の青年はというと、両頬にこさえた火傷痕を指先でなぞりながら二人から目を離して悠々と歩を進めていた。まるで「関わりたくない」とでも言わんばかりに。 「ほーら、ライくんはまたそうやって僕のこと無視するし! 君は僕のことが嫌いなのカナー?」 「いや、……別に」 飽きもせず、めげもせずだらだらと話しかける麿眉の男に怪訝な視線を送ったライの表情は代わり映えなく、無愛想なままである。両腕でヘッドフォンを固定させると、隙間から漏れてくる外部からの雑音を聞きまいと首からぶら下がっていた音楽プレイヤーの音量を押し上げた。 完全に会話を成立させる気はないようである。 「ルダ、あまりライを困らせるな。浮き足立つのも大概にしろ」 そこに首を突っ込んだのは、ぼんやりと遠くを眺めつつ足を運ぶダリであった。ダリの言葉にライはほっと息をつく。どうも麿眉の男――ルダと関わることに馴れていないらしい。ルダはまだライに構いたがっているようだったが、突如ダリが彼の頭を撫で回し始めた為に言葉を吐く隙を失った。 ダリはただ、無言でその頭を押し撫でている。それこそ力加減の一切ない手つきに、ルダはにやけ面からさっと表情を変えた。その顔色には焦りが伺える。 「チョ、ちょっとダリさんやめて。ぼさぼさになっちゃうデショ」 両腕を伸ばし制止しようとするも、ダリは飽きずぐしゃぐしゃと乱雑に撫で続ける。ルダはやめろやめろと口で言いながら立ち止まり、ダリの腹に軽く拳を突き出した。そしてそれを半ば呆れながら見やるのが、先程ルダにちょっかいを出されそうになっていたライなのである。 |