fin 「おそい!」 待ち合わせ場所にたどり着いた二人から降りかかってきたのは、すっかり機嫌を悪くしたギルの叫び声。ギルの側ではルダが目を回して倒れている。大方、ギルに散々振り回されてついていけなくなってしまったのだろう。 ギルは眉間にしわを寄せてずんずんと二人に迫り来る。子供ながらに威圧感を漂わせる少年に、ユギは言葉を一瞬詰まらせた。 が、ギルの扱いには長けていたのだろう。すぐに余裕のある表情をすると、少年と目線を合わせるために腰を屈(かが)める。それから頭に手を置き、オーバーに撫で始めた。 「まあそうむくれるな」 「きゃー! ユギ兄ちゃんに頭ボサボサにされるー!」 黄色い声を出してはしゃぐギルの様子に、リラもつられて気が明るいものになっていく。緩められた口元からは遠慮がちに笑い声が漏れ出していた。 頭をこねくり回されたギルはひとしきりはしゃいだ後、ユギに飛び付いて、目だけを動かしてリラを見やる。不意に向けられた視線にリラは疑問を感じ、小首を傾げながらもギルと目を合わせた。 ギルは大袈裟にも取れる動作を交えて深呼吸をした。それからきりりと目付きを鋭くさせて、リラの側に駆け寄る。 「あのね」 少年は口を開く。 「どうしたの?」 「……これ、あげるの」 差し出されたのは、一輪の白いマーガレット。左手に握られたそれはリラに贈られたものだ。 リラは目を丸くした。けれどそれと同時に、胸の奥が暖かくなっていく感覚を愛しく思った。 「嬉しい! 私にくれるの?」 「うん。リラおねえちゃんみたいで、きれいだなって思ったから……」 急に小声になった少年は、ぽそぽそと独り言を話すようにしてそう言う。 リラの手のひらがマーガレットを握ったギルの手に伸びた。突然触れられてびっくりしたギルはわずかに震えたが、抵抗しようとはしなかった。 「どこで買ったの? お金は……」 「リラおねえちゃんがユギ兄ちゃんとお出かけしているあいだ、ルダ兄ちゃんにお花やさんにつれていってもらったの」 「そうだったんだ」 もっと仲良くなりたいから、どうしても渡したかった。彼はそう言う。 頬を薄紅色に染めて視線をちらつかせ、一つ一つ丁寧に答えていく少年の姿はなんとも意地らしい。それがリラの母性本能をくすぐったのか、彼女はギルに世話を焼いてしまいたくなる欲求が生まれる。 「枯れちゃうのはもったいないから、二人で一緒に押し花にしようね」 おしばな? ギルが問う。リラは頷いて、問われたことを説明していく。理解する度にギルの表情が輝かしいものになっていくのを、ユギは少し離れたところから保護者になった気持ちで見つめていた。 けれど仕切り役を務めているのも彼だった。小さく息を吐いて話に花を咲かせ始めた少女と少年に声をかけ、地べたに寝転がっている男の方へと赴く。 「いい加減起きたまえ」 「んあ……?」 くたびれていたルダにも一言寄越すと、彼はざっと周りを見渡した。 太陽は東から西に傾き始めている。この街には更に人が押し掛け、多種多様の盛り上がりを見せてくれることだろう。赤いレンガを基調として作られた住宅地は小洒落ていて、写真を一枚撮るだけでも絵になる。 視界の隅に映り込む青色は海の証だ。潮風が頬を撫でる。生傷が絶えないユギには少々ながら、傷口に沁みた。 片腕には、有り余る硬貨や紙幣が詰まった麻袋がぶら下がっている。今後の使い道は、今頃リラのことを心配しすぎて胃に穴が開きそうな髭っ面の仲間と相談することにした。 ユギは踵を返して、街に背中を向ける。そのことが何を意味しているのかは、最早語る必要はありまい。 ふらついたルダ、未だに押し花のことで盛り上がっているリラとギルを視界に映す。 風が運んでくる潮の匂い、耳に届く波の音。ざわめく声や人々の生活音、楽器やその他の様々な「音楽」に思いを馳せる。彼の口は弧を描いていた。 太陽は飽きもせず、全てを平等に照らし出していた。 2014/04/13 |