04 徒歩三十分の距離にその村はあった。 お世辞にも栄えているとは言えないが、此処で住居を構えている人々はみな活気に溢れている。少数ではあるが外部からの物売りも来ているようで、自身が掲げる商品を熱弁している様子が確認できる。 麻木色の衣類を身にまとった子供が、無邪気に辺りを駆け回る。それをたしなめる大人は、すぐに視線をよそへやると話し相手を探し出す。 ごくごくありふれた、平々凡々で普通の村がそこにはあった。 イユは村近くの草むらに隠れていた。彼はあまりにも尻尾が大きすぎて隠すことができない。そのため、人の目に触れるだなんてことはもっての他だった。 むっと頬を膨らませているイユを尻目に、ダリとギルは村に足を踏み込んでいく。ダリに至っては、彼の機嫌を直すために土産を買って帰るか、とぼんやり考えていた。 二人の頭には耳を隠す布が一枚。ローブのように被って、常人を装い村に紛れていく。 ギルは真新しい景色を眺めており、時折足を止めては一人ではしゃいでいた。そうしてダリとはぐれそうになると、急ぎ足で彼のもとへと急ぐ。 それを数回繰り返した頃、ダリはぴたりと足を止める。続いてギルも立ち止まり、かくりと首を傾げた。 ダリは口を開く。 「買い物が終わるまでの間、遊んできていいぞ」 「ほんとう!?」 「ああ。終わったら呼ぶから、すぐに来いよ」 「やったー!」 両手を上げて喜ぶギル。彼の右手には、堅くて分厚い茶色の革手袋がはめられている。言うまでもなく、あの赤い肌色と尖った指先を隠すためのものだった。 ダリに手を振り、スキップをしながら村を見て回る。黄金色に輝くべっこう飴を見てよだれを垂らしたり、干されている柿を見て目を丸くしたり、魚屋を前に硬直したりした。 そうしていると、嫌でも目に入る家族連れ。母親や父親に手を引かれて嬉しそうに着いていく自分と同年代の人の子を見て、胸がチクリと痛くなる。 ギルは自分の左の手のひらを見つめる。人間と変わらない、肌色の薄い皮が張った人の手のひらがそこにはあった。 けれど彼には、その手を引く肉親が存在しない。 途端に彼は悲しくなった。下唇をぐっと噛んで下を向き、左の手の甲で乱暴にまぶたを擦る。じわりと目頭が熱さを訴える。 「どうしたの?」 その時だった。ギルの目の前に、自分とそんなに歳が変わらない少女が、片手に橙色の花を入れたかごを引っ提げて現れたのは。 首辺りにまである黒髪は一線を保っている。前髪も同じように一直線を描いており、その下から覗く眉がきゅっと垂れ下がっていた。 黒豆のようにくりくりした瞳はギルを一点に見つめる。すっと通る鼻筋の下にある口は結ばれていた。心配している表情だった。 「な、なんでもない」 急に声をかけられて驚いたギルはぶっきらぼうにそう言うと、顔を背けて再三まぶたを擦る。彼の様子に少女はますます眉を垂れると、物憂げに手を口許へやった。 「本当に?」 「……う、うん。ほんとう」 答えて、ギルは恐る恐る少女の顔を見た。この村に住んでいるのだろう、着ている服は周りにいる子供と何ら変わらない麻木色だった。 少女はギルの態度がどうにも気になるようで、ううん、と小さく唸る。それからかごの中に積まれている橙色の花を一本掴むと、そっとギルへと差し出した。 「これあげる」 「……なあに、これ?」 「ユリの花だよ」 ユリのはな、と呟きながら素直に受け取ると、彼は興味深そうにしげしげとその花を見つめ出す。 ユリ自体は見たことがあったので別段珍しいとは思わない。彼が興味を引かれたのはこの花の色だった。 目を焼くほどの橙色。まるでスズメバチのように濃密で強烈なオレンジが、このユリの体色だった。 「気に入ってくれた?」 先程とは打って変わって、少女は相手の返事を期待する顔になっていた。目は爛々と輝いて、唇も弧を描いている。 少女の表情につられて、ギルも自ずと元気を取り戻していく。 「この色のユリ、見るのはじめてだよ。キミがそだててるの?」 「私じゃなくてお母さんかな。えへへ、珍しいでしょ? 此処で育てるの大変なんだよ」 「そうなんだ」 改めて橙色のユリを見つめる。ユリは白色のイメージがあるからか、どうにも刺激的に思えてしまった。 「私ね、これを売るのが仕事なんだ」 「えっ!?」 思わず驚愕した声が出た。ギルは手に持ったユリと少女を見比べて、焦燥感を煽られる。 「じ、じゃあこれ……お金わたさなきゃ」 「一本くらい良いよ。あなたにあげる」 「でも……」 「良いってば。気にしないで」 強く言い張られ、ギルは言葉を失った。申し訳なさが募る。それが顔に出ていたのか、少女は「気にしないでってば」と微笑しながらそう言った。 唐突にそんなことをされて、彼は頭がついていかない。ユリの花を片手に、ただただ目を回すばかりである。 「あっ、そうだ!」 少女は目を輝かせて、ギルに手渡したユリを即座に取り返した。疑問に思った彼は首を傾げ、何事かと少女のことを見つめる。 「こうしたらきっと似合うよ!」 言いながら、少女は茎を三センチメートルほど折って断面を慎重に吟味した後、ギルが着ているフード付きの服の胸ポケットへ丁寧に挿し込んだ。 ギルはきょとんとした顔で花が挿された場所を見つめる。 「ほら、やっぱり似合う」 少女が微笑んでそう言うから、ギルも悪い気はしなかった。口許の筋肉が緩み、へにゃりと笑みがこぼれ落ちる。 |