追懐 愛を知っている者が嫌いだった。 暖かい家庭に恵まれて、時には叱られ、励まされ、当たり前の生活を送る人々が憎くて仕方なかった。 私は猫神の家系に生まれ堕ちたが故に、誰にも愛されることが無かった。猫らしくあれと教えられた。媚びを売られるようになれと、傲慢であれと説かれた。話し相手はいたが、その返答は常に乾ききっていた。可愛がられることもなかった。私は愛に飢えるようになった。己に魅力がないから愛されないのかと思ったが、外の世界は突飛でそれでいて平凡で、目を魅かれないものも愛玩されていた。 だから私は、私を愛することにした。 視界の端に映し出されたのは、黒兎に担がれていくアイカフの背中だった。後ろ姿は、赤に染まっていた。 頭がとても重苦しい。呼吸もなんだかしづらく感じる。指先は痺れてしまって微動だにしない。何よりも鼻をつくこの臭いは、何だ? 私はどうして倒れていて、あの犬は敵なんぞに連れて行かれたのだ。 待て、と声をかけようとしたが口から漏れたのは醜い呻き声だけだった。私の声にもならない声が聞こえたのであろうか、黒兎の一員である小柄なガキが遠慮がちに振り返る。かちりと目があった。動揺に揺れるその瞳はまるで太陽のように眩しく感じた。 少年は私に何かを言おうとしたのだろうか、その口を今にも開こうとしていた。けれど眼帯の男にたしなめられて、そのまま去ってしまった。 ――ああ、本当はわかりきっていた。アイカフが黒兎に魅かれていたことも、この体の圧倒的な怠さも全て。 「……おい、て」 おいて行かないでくれ。独りにしないでくれ。 決死の本音さえも吐き出せないまま、意識のみが煙って泡沫に飲まれていった。 気づくのが、遅すぎたんだ。 全てを総べて終わらせることができるなら、それはきっと、とても素敵なことだ。 2013/08/10 執筆日は6月20日でした。 |