隷属



 事態は、はっきり言って最悪だった。正直ここまで酷い展開に出くわしたのは今日が初めてだと思う。彼のことは出会った頃からいけ好かない奴だと思っていたが、まさか身を翻すことになることは読めなかった。
 ぼんやりと木にもたれかかりながら、なけなしの力で手を握ったり開いたりを繰り返してみる。身体全体が麻酔にでもかけられたように痺れている。地面を這ったり転げたり弾かれたりで、心身ともに傷を負っている。梟と鼠は無事だろうか、黒兎の誰かと落ち合えただろうか。ぐるぐると他者の心配ばかり弱いおつむで考えて、心配をして。そして悪い方面に思考はスライドされる。

「……あー、もう……」

 血を垂れ流す頭に指を滑らせ、くしゃりと髪を握った。ざりざりとした感触は、もう食べ飽きた土そのものだ。それと同時にまとわりつくのは、赤い液体。僕を惑わせる幻惑の甘美な体液。
 僕はこのまま死ぬのだろうか。もうそれでもいいと思っていた。けれど僕がこの世から消えたところで、世界はどうともしないだろう。それはどうにも気に食わない。
 少しだけ体制を立て直して、目の前で倒れっぱなしの白鴉に目を向けた。先ほどまで忌み争いあっていたというのに、今となってはお互い同じ境遇に立たされている。皮肉なものだ。
 身動き一つ寄越さないそいつは、呼吸の色すら見せない。事切れてしまったのだろうか。そんなことを思案していると、そいつはゆっくりと起き上がったのだった。

「おい」

 そしてそのまま僕の方へと目線を寄せる。ひやりと背筋を冷たいものが流れ落ちた。何物も映そうとしない単調な眼差しで射抜かれて、息を飲んだ。

「小娘、ひっじょうに面倒だが……手を貸せ」

 言われたことの意味を理解するのに、数秒かかった。開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろう。いや、何よりも驚いたのは、怠惰の象徴ともとれるこの鴉が僕と手を組み何かを企てる姿勢を見せたことである。
 生憎目の前で声をかけてきた男は敵対者だ。そう易々と身を許すわけにはいかない。それでも心の奥底がどうしてかざわついてしまって、高ぶる感情を抑えるのに必死だった。





2013/10/22
執筆日は6月20日でした。



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