03 元来ウサギは、人間より何倍も聴覚が良いとされる。無論あの長く突起した耳は体温調節にも役立っているが、小さな物音を拾い上げるのにはもってこいなのである。 息をするのも忘れて、二人が真剣に周囲の音を聞き分けようとしているのを見守る。ライはどうしてか、胸が高鳴るのを感じていた。先程も言ったが彼は黒兎に成って日が浅い。それはすなわち、自分の身体をどう扱えば上手く利用できるのかを把握しきれていないことを表す。 二人の真似をして、自分も聞き耳を立ててみようか。そう思うも、己の耳から届くのは軽快なステップを刻んだジャズ調のリズムだった。ルダとダリの様子に目を奪われて、ヘッドフォンで曲を流していた事実すら曖昧になったようだった。 と、ルダは勢いよく立ち上がり一目散に走り出す。ダリも彼の後を続くようにして地面を蹴った。ライは慌てて二人からはぐれないようにと一所懸命に足を運ぶ。彼は体力がなかった。 闇雲に駆け抜けるようにも見える三人の全力疾走は、森を騒がしくさせた。がさりと草の揺れる雑音に小鳥は驚いて、ばっと空へと翼を広げる。動物からすると迷惑極まりない。 「……っ見つけたヨ!」 無我夢中で走り続けて何分が経ったことだろう。立ち止まると同時に地面にへたりこんだライは、過呼吸状態になりむせ返る。それをダリは冷めた目で見つつも、しゃがみこむと何も言わず背中を撫でた。 ルダは額から流れる汗を乱暴に拭うと、目の前で能天気に果実を口に運ぶ四人目を見つめた。にたり、と口許が緩む。四人目はこちらに気がつくと食べ終えた芯を側に放り出して、首を傾げた。 「酷いよぉイユくん。僕らを放っておいて一人でスイーツパラダイスするなんてサァ」 イユ、と呼ばれた四人目の男は瞬きを一度するも、ルダの言葉に耳を傾ける間もなく立ち上がる。それから生い茂る樹木になっている、爛々と輝く熟れた果実に再び手を伸ばした。しゃり、と咀嚼する音が響き渡る。 日光を受けて輝く小麦色の髪は、そよ風に揺れていた。首に巻かれた黒いマフラーも同様になびいている。申し訳程度に着こなされた黒いコートには土や葉が付いて、薄汚れていた。主張するようにうごめく巨大な尻尾はさながらキツネのものにも見えるが、その色は茶色い。 ライはようやく息を吹き返すと、ダリと同時にイユを視界に映した。 恐らく童顔なのであろう、あどけなさが残るその顔には表情というものがなかった。肌の色は驚くほど薄い。まるで雪のようだと彼ながらに思った。右の頬には黒丸が二つ縦に並んで描かれている。眉毛は太めだと思われる。それなのに身長は見るだけでもわかる程に高く、大きかった。 小さな切り株に腰かけて赤い果物を食すアンバランスな存在の彼に、ライは言葉を失う。呆然と見つめることしかできなかった。それこそ、呼吸すらままならないままに視線を投げ掛ける。何とかして会話に挑みたいとすら思った。 「……何?」 すると、今まで何も映していなかったイユの瞳にライが雪崩れ込む。ひっ、と情けない声が上がったのが自分にも理解できた。 「あ、……目が、目の、色が……」 「あぁ……うん。僕の目、左右で色が違う。それが、何?」 何を今更? イユはそう言いたげに首を傾げる。もう何度目になるのかわからないその行為はどういうことか彼にお似合いだと思えた。きっと、癖なのだろう。見据える彼の眼光にライは狼狽えながらも心中でそう思いつつ、ずり、と後ずさった。 確かに、ライは驚く理由が見当たらなかった。イユと顔を合わせるのは今が初めてではない。数日前に何度か食事を共にしたことがあるし、さっきだって彼がいなくなる前まで一緒にいたのだ。 それなのにライは彼の瞳がヘテロクロミア――とどのつまり左右で色が違うことに気付けなかった。ライ自身が人の顔を凝視できない人柄にあったからである。 先程の出来事を思い返してみよう。ルダとダリに振り向かれただけであの様なのだ。自ら好んで顔を見ようとは思えないだろう。 イユは好奇の眼差しをライに送る。狼狽してばかりもいられないので、彼は小さく息を吐いて口許に笑みを作りつつイユの熱視線に応えた。気付かれないように生唾を飲み干す。 彼の瞳は、右目は薄暗い赤色に輝いており、左目は淡く濁ってはいるものの鮮やかな橙色をしている。そして何より、常に開き気味の瞳孔がどうしても視線を捕らえて離してくれない。 例えるならそれは、熟しきったリンゴとカキのようだ。食べ頃ではあるがあと一歩で腐敗が始まりそうな、どろどろに溶けてしまいそうなあの絶妙なポジション。ライはぼんやりと見つめながら見切りをつけて、自己満足に至った。 しかし互いに見つめあっている訳にもいかない。イユはライに興味が失せたように顔を背けると、さも当たり前のごとく手に持った果実を口に含む。口の端から果汁が溢れてマフラーを濡らしていく。 |