05 「そうとわかったらとっととこの森抜けんぞ。俺らがこうしている間にも被害が増えていると思うと、胃がストレスでペースト状になる」 言い終えて踵を返し、足早に歩き出す。もう誰も彼の言葉に返事をすることはなかった。する必要がなかった。 びくりと一度震えて、後を追うライ。そんな彼の後を更に歩いていくのがほくそ笑んでいるルダ。最後に続くのは顔をしかめているイユ。各々に思うことがあれど、最終目的は合致しているのだから手を組み協力するのが吉。四人はそのことをもう幾度となく肝に命じていた。 ただ、三人と勝手が違うイユのみに関しては、薄い感情のその裏で小さな疑問を抱いて、けれど口を閉ざすしかなかった。 すがるような思いで繰り返すこの行動が無意味だと知ってしまえば、希望が潰えることと同様だからだった。 ぼんやりと歪む視界を邪険に思いつつ、イユは前を見据える。限りなく広がる緑にそっと、心慮を馳せながら。 集落にたどり着いた四人の眼は、その有り様に釘付けにならざるを得なかった。……当然、悪い意味で。 「後の祭りってこういうことを言うんだネェ……」 やれやれ、と首を振って肩をすくめたのはルダだった。小馬鹿にしている態度をとってはいるものの、じっと眼前の景色を観察する姿勢は真剣の一言につきる。彼の言葉に三人は口を閉ざしたままだ。 住居は崩されてその原型を留めていない。先程まで元気に走り回っていたのであろうか、辺りには人間の子供と思われる死骸が散乱している。近寄って傷を確かめてみれば、食い散らかしたような惨たらしい跡が幾重にも残っていた。 言うまでもなく、妖狼の仕業である。 妖狼とは、本来動物であったオオカミが妖怪の気に当てられ中途半端に妖(あやかし)に成ったものを指す。動物である本能と妖怪である理性が上手く働かないために、一時的欲求の赴くままに行動するのが特徴だ。 つまりは、食欲と睡眠欲、それから性欲に従って無規律に生きている化け物である。意識を保たぬままふらふらと獲物を求めてさ迷い、視界に入った肉を捕食し貪る。肉であれば何でもいいので、無節操に狩りを行う。空腹が満たされれば眠り、発情期が来れば同胞や他の妖と性交し、そうして群れを拡大させていく厄介な存在だ。 もともと集落だったこの荒れ地は、妖狼に全滅させられたのだろう。それも荒れ具合や死体の温度を確認する限り、何日も前ということでは無さそうだ。 救うべきはずだった命が散らされて呆気にとられ、この悲惨な光景を目に焼き付けることしか出来ない。しかし後のことを嘆いていても何も始まらない。 小さく息を吐いて、ダリは三人に向かい合う。目的を変更することにしたのだ。 「……食い物になりそうなものか……それか、着られそうな衣類でも探すことにするしかないな」 気まずそうに口を開いて、ぼりぼりと頭を掻く。そんな彼を冷たい視線で射抜いたのは、目の前の惨状から目を離したイユ。本日初めて視線がぶつかり合い、妙な緊張感が生まれる。 「僕、死体漁りする趣味、ない」 言い終えて彼は、自身の食指を口に運んだ。爪を噛む音が耳に届く。ふっと目を伏せて顔を背けるその様子には、協力する気など微弱も感じられなかった。 誰だって死体漁り等好んでするものか、と思わず言い返しそうになった。けれど彼は、イユが己の言うことを大人しく聞く性分でないことを熟知している。 そうか、と一言返して、乱暴に頭を掻く。 「じゃあ……イユは見張りでもしててくれ。まだ妖狼がどこかに潜んでいる可能性がある」 「言われなくてもそのつもり」 ぶっきらぼうに言い捨てて、イユは耳をぴんと立てた。瞳孔を大きく開いて辺りを見渡している。此処で勝手な行動を起こされるのかとダリは踏んでいたもので、少々面食らってしまった。 「……何?」 ぽかんと口を開けていると、うっとうしそうに放たれた言葉が刺さる。横目でこちらを見た彼は気が立っているのか、その大きな尻尾を上下に揺らしていた。 「……いや、宜しく頼む」 そんなイユに笑いかけて、残された二人へと視線を投げ掛ける。ライはともかくとして、ルダがはたしてちゃんと命令に従ってくれるか疑問だった。 保険をかけておいて無駄になることはない。 「お前らもやりたくないなら見張りでもしていてくれ。何なら俺一人でやる」 「えー? そんなカタイこと言っちゃってさあー、本当は手伝って欲しいくせニィ!」 今まさに無駄になった気がした。 かしこまって言うとすぐこれなのだ。お堅い雰囲気を好いていないのか否か、その全貌はきっと理解しきれないが、ルダは頬に手を当て体をくねらせて茶化した態度をとった。 言葉よりも先に手が出そうになるのをぐっとこらえる。ルダの隣で目を白黒させているライが哀れでしかなかった。 「……ライ、お前はどうする?」 問いかけて、しまったと心中で呟く。彼のような人種は自分だけで意見を貫ける場合が極端に少ない。現にライは困りきったように眉を垂れて口ごもり、落ち着かない様子でそわそわしている。 「あー……そうだな、人手が足りないと困るからお前も手伝ってくれ」 慌てて訂正をいれると、途端に目の前の青年の顔色が明るくなる。目を輝かせて何度も頷くと、自身の頬を軽く叩いていた。 仲間がみんなこんな性格なら手間取ることはないんだろうなあ、と弱音を垂らして、ダリは集落だったものに振り返る。こうこうと砂ぼこりが舞っていた。 |