07 「やあ、遅かったネェダリくん」 向かった先には、したり顔で仁王立ちしたルダの姿があった。その隣には落ち着かない様子で辺りを見渡すライ。二人の手には、ダリが先程拝借した物と同じように汚れの一つもない食物が乗っている。 「くんはやめろ気持ち悪い。……お前らもそれ、見つけたのか」 馴れ馴れしく近付いてくるルダをあしらいながら、視線だけでその食糧に触れる。ルダの微笑がより一層深まった。 「ヤッパリこれおかしいよねぇ。あの人が言うには、妖狼ちゃんってのは何でも食べちゃうし壊しちゃうヤンチャウルフ……だったはずなんだけど?」 「ああ。どうやらただの妖狼じゃあないらしい。……俺もよくはわからないが」 言葉尻を濁して、ふっと後ろを向く。手でついてこいと伝えて、ゆっくりと歩き出す。一人で見張りをしているイユのことが気にかかった。 ただの妖狼であれば、彼ならすぐに片付けてしまえるだろう。しかし妖狼を真似た上級妖怪だったとなると話は別だ。 そもそもその妖怪は、すでにここから立ち去っている可能性の方が高い。しかし心配でならないのは、彼の性分のせいか。 渇いた砂を踏みしめていけば、ぼんやりとイユのシルエットが映し出される。暇をもて余しているのだろう、大きな尻尾が落ち着きもなく揺れていた。 「遅い」 案の定戻れば、ムッとした顔で文句を垂れる彼がいた。 「悪い、これでも急いだ方なんだ」 慣れた様子で謝れば、イユはそうじゃない、とぴしゃりと言い捨てた。色が違う双方の瞳は、ダリ、ルダ、そしてライを見て、その後ろの方を見つめる。 明らかに敵意を持った眼差しに、ぞくりと悪寒が走る。少しだけ顔を後ろに向けた。 目に飛び込んできたのは、普通の妖狼より何倍も大きな体を持った、真っ黒な妖の姿。 「気付かれた」 イユがそう呟くと同時に、その怪物はこちら目掛けて駆ける。怪物の四肢からは黒い煙のようなものが滲み出していた。 奇襲に彼らは散り散りになって逃げる。もっとも、いち早く怪物の存在に気付いていたらしいイユだけは落ち着き通していたが。 「『気付かれた』じゃねえよ! なんで俺らにも教えてくれねえんだ!」 戦闘体制を取りながら、ダリがイユに怒鳴る。その声にライが大袈裟に震え上がった。 「言う必要がないと思った」 軽く言葉をはね除けて、イユは怪物に飛び掛かる。手にはよく研がれた小太刀が握られていた。怪物は後ろに飛び退ける。しかしその後ろには、ルダが待ち受けていた。 それに気付いた怪物は、地面を蹴りあげる。ルダの目に砂が入り、一瞬の隙が生まれる。そこを突いて怪物はルダを思い切り蹴り飛ばした。 しかしこちらもやられてばかりではいられない。ルダを蹴り飛ばした瞬間に、イユは深く刃を怪物の肩に食い込ませる。 「あ、え、俺、何したら……どうしたら……」 殴りあいの合戦に、非力なライはただ見ていることしかできなかった。それどころか、彼はまだ黒兎としても経験が足りない。黒兎特有の“能力”を行使しようにも、その能力の発動条件すら知れていなかった。 蹴り飛ばされたルダは地面に勢いよく滑り込む。しかしざっと体制を立て直すと、手の甲で瞼を何度か擦った。まだ視界はぼやけるものの、じっとしていてはやられるだけだ。すぐさま手に刃物を握る。それから遠巻きで震えているライに隠れているよう仕向けた。 「イユ! 一旦離れろ!」 ダリの声を合図にイユが怪物から距離をおく。怪物の目にダリが止まる。彼は険しい表情をしていた。 「動物は火に弱いんだろう、ならこれでどうだ!」 刹那、怪物の体から火の粉が舞う。煌々とその身は炎に蝕まれていく。怪物はもう一度ダリを見た。彼は手のひらを怪物に向けていた。 黒兎は文字通り、元来人間だった者が黒兎神から呪いを受け、人ではない化け物になってしまった者を指す。そんな彼らには、ある特殊な能力が発現し、それを使役することが可能となる。 ダリが所有する能力は、すなわち消えない炎を使役する、といったものだ。一度火がつくと彼が消さない限りずっと燃え続ける。水をかけようが、砂をかけようがその業火は決して消えることがない。 尚この火は一ヶ所にしか放てないわけではなく、振り分けて物を燃やすこともできる汎用性が高い便利な力だ。しかし消すときはどの火も同じタイミングでふっと消えてしまう。 それに、味方にも燃え移る可能性がある。たとえこの火で敵を追い込めたとしても、味方にまで燃え移った場合は攻撃を中断しなければならない。そこで隙が生まれるため、汎用性が高いとはいえ酷使は許されない。 炎に追い込まれていく怪物を見て、ライはほっと胸を撫で下ろす。ルダもゆったりと笑みを浮かべた。イユはといえば、少し離れた場所で燃える怪物を呆けて眺めている。 「終わった……のか?」 苦しみ悶える怪物を尻目に、ライがそっと呟いた。 怪物はしばらくの間何とかして鎮火しようと四苦八苦していたが、無駄な抵抗と悟ったのか暴れることをやめた。皮膚が爛れ、熱さに耐えきれず膝をつく。 そんな怪物をずっと見つめていたダリは、肩から荒い呼吸を繰り返していた。能力を使用すると精神力が削がれていくと言われている。無論ダリもそのようで、時折眉をしかめていかにも息苦しそうにしていた。 「もう大丈夫じゃないノー?」 そんな彼を気にかけるように、ルダはにへらと笑って言った。ライもその言葉に肯定の意を表して何度も頷いた。イユは怪物を見つめたまま微動だにしない。 |