08 心配性なダリは炎を消すか消すまいかで悩んだが、体力の限界を感じ、ふっと手を下ろした。怪物を覆っていた噎せ返るほどの熱は、もうどこにもない。 腕を下げた瞬間に、ダリはがっくりと地面にうなだれる。どうやら無理をしていたらしい。ただでさえ仲間内よりも垂れ気味の耳が、さらにへたり込んでいた。 「ホーラ、無理なんてするからそうなるんだヨ」 ルダは彼を瞳に映したまま、呆れたように呟いた。 突っ伏した怪物の前肢が砂を弾いたのは、その直後だった。 突然のことに誰もが硬直して動けない。倒したと思い上がっていた怪物は、まだ息づいていた。そして自身をこれほどまでに追い込んだダリに報復するために、ばっと飛び上がった。 巨体が宙を舞う。しまった、とルダが口にするも体はそう易々と動いてくれない。 逃げてくれ、ライが心中で祈りをあげた。それすらも届きはしない。 まるでスローモーションのようにゆっくりとこちらに飛び掛かってくる怪物の様子を、ダリは身動き一つできない様態でぼんやりと眺めていた。 別に死にはしない。だからもう良い。俺に食らい付いた時にイユかルダ辺りが攻め入ってくれるだろう。冷静に思考を組み立てて、逃げることを放棄して目を伏せた。 「邪魔!!」 聞き慣れた声が耳に届くと同時に、眼前で血飛沫が派手にあがった。声の主に力強く押され、体は後ろへと倒れ込む。 「っ痛い……痛い痛い痛い痛い痛いぃ……!」 ダリの目に飛び込んできたのは、自分をかばって怪物に腕を噛まれるイユの姿だった。 イユだけは怪物から目を離さなかった。だからこそ咄嗟の事態にも上手く対応できたと言えるのかもしれない。しかしこれは、あんまりだ。 体力が有り余るイユよりも、疲弊しきっているダリが狩られる方が効率が良い。イユもそのことは十二分に理解しているはずなのに、何故かばおうとしたのか。 そのことを問おうにも、目の前の彼は怪物に押し倒され、前肢の爪で肩を深く抉られていく。鉄の臭いが鼻をついた。 「……あーもーイユくんは! ほんっとうに独断行動が好きだネェ!」 呆気に取られている暇がないことは明白だった。このままイユが黙ってやられていくのを見ているわけにはいかない。ルダは素早く武器を持ち変える。小回りの利く刃物から、遠距離型の拳銃に。 あんなに大きな図体だ、下手を打ってもイユに当たることはない。そう判断しての行動だった。 すぐさま構えて、引き金を引く。鈍い音が耳をつんざいた。怪物の体を見事に弾丸が貫いていく。しかし堪える様子はなく、下で抗おうとする目の前の獲物に夢中だった。 ライはすでに頭がパンクしていた。倒したと思っていた怪物が実はまだ生きていて、仲間を貪ろうとヤッケになっているのである。助けなければならない、しかしその力が自分にはない。 どうして自分が今回の任務で選ばれたのか、そのことをずっと考えていた。 膝が笑う。動悸すらする。視界がぼやけて前が上手く見えない。頭の中は消しゴムでもかけられたかのように真っ白で、何もわからない、理解できないままだ。 ダリが何かを叫んでいる気がするが、その言葉すらもう届かない。 怖い、怖くてたまらない。本能がそう告げている。しかし仲間を見捨てることはできない。 ルダが銃を捨てて肉弾戦に乗りきった。とてもじゃあないが賢い選択とは言えない。しかし彼もイユを怪物から救いだそうとすることに必死だった。 せめて、この状況を変えられるだけの力が自分にあれば、この結末は避けられたのかもしれないのに。 深い後悔の念に囚われて、心の奥底がどす黒く染まっていく。目頭が熱くなり、鼻がつんとした。 ライの頬を一筋の滴が伝ったとき、辺り一体を真っ白い閃光が先走った。 あまりの目映さに、皆が目を瞑る。ライもそれは例外ではなかった。怪物ももしかしたら、この一瞬だけ目を眩ませたのかもしれない。 しかし次にライが目を開けたときに視認したのは、イユの状態でもなく、戦うルダでもなく、力なくその光景を見ているしかできないダリでもなかった。 淡く光り輝く、スクリーン。それは空中を浮遊していて、仄かに透き通っている。自身の胸腹の近くには使い慣れたキーボード。そのそばにはなんの役割があるのやら、無数のボタンが蠢いている。 ライの、彼の能力が展開されたのだということを理解するには、少しの時間が必要だった。 「あ……?」 恐る恐る指先で触れてみる。そもそもこれはバーチャルなのでは、触れられないのでは、といった不安が胸を占めるがそんなものは杞憂で、過去に飽きるほど触ったパーソナルコンピューターのそれと酷似していた。 途端に思考が澄み渡っていく。何をしたら良いのかが、本能的にわかるのだ。 ライに何らかの変化が合ったことを感じ取ったらしい怪物は、呻くイユを置き去りに走り出す。面倒事は潰そうとでも思ったのだろうか、あっという間に距離は縮まっていく。 しかしライは冷静だった。目の前で奇っ怪な電子音を奏でるこのエネルギー体に指を添え、いつもと同じように文字列を叩き込んでいく。 |