この度はご愁傷さまでした


 覚醒剤を使うと脳みそが縮小するらしいけれど、それって本当なのかな。熱に浮かされた頭で考えてみたって意味もないことなのに、僕は心のどこかで現実から逃げ出したくて、こんな無駄なことを思案している。
 おへその下あたりがずぐずぐと疼く。なんだかもう、すべてがどうでも良くなるような。抽象的な感情を喉に押し込めたまま、織田作さんから与えられる気持ちよさに身を任せている。
 これは夢だ、と己に言い聞かせる行為にも疲れてしまった。どんなに目をそらしたって、現実は追いついて足元を掬う。僕の腕には織田作さんと同じくらいの量の注射の跡が、雁首をもたげて笑っている。
 漫画で読んだことがある。俗的な言い方をするならキメセクってやつを僕らはしているのだろう。悦楽と覚醒剤とでやられた頭で必死に何かを思い起こそうとしても、すぐに飛散するこの感覚をあの頃の潔白した僕は知らなかった。

 ほんとうにこのままでいいのかな。

 このままじゃ僕ら、きっとダメになってしまう。人としても、文豪としても、司書としても。それ以外にも、ダメになってしまうことはたくさんある。
 織田作さんはそれでいいの? これじゃなんにも報われない。生前もこんな風に奥さんを組み敷いて、ダメにして、もう何もかもどうだっていいやって投げ出して、死んでしまったのかな。それでいいって心から言い切れるの?
 ああ、そんなの。

「……僕はやだよ、織田作さん」

 正常とは程遠い脳で訴えたところで、正常じゃない織田作さんは理解してくれない。僕の頬に彼の汗が滑り落ちた。
 こつこつと子宮口をノックされる度に面白いくらい体が跳ねる。僕は排卵できない体だから、作り物のような部屋に吐精したって命が芽吹くわけでもない。だのにこんな無意味なことをして、何が愉しいと言えるのだろう。
 心臓にぽっかりと大きな穴があいてしまったみたいで、途端に息が苦しくなった。
 悔しくなったので織田作さんの背中に嫌みったらしく爪を立ててみる。織田作さんは薬でやられただらしのない顔のまま、いつもみたいにへらへらとした笑みを浮かべている。

 お腹が熱くて、気持ちが良くて、何よりも射精する瞬間にぎゅっと抱きしめてくる織田作さんが可愛くて、全てを放り投げてしまいそうになる僕がいるのだ。
 乱れ髪をそのままにぐったりと頭を敷布団に伏せる織田作さんは、やりきった様子で荒々しく呼吸していた。
 そういえば僕らの関係って、なんて言い表せるものなんだろう。別に付き合ってないし、かと言って好き合っているわけでもないだろうし。問題と向き合おうと試みても、考える端から思考する力が抜けていく。

「なあ」

 織田作さんが口を開く。

「わしがおらんくなったらどうするん」

 ぱちり、瞬きを一つして僕は生唾を飲み込んだ。どうも喉がかわいて仕方がない。
 織田作さんは眉根を垂れて、困った風に口元を緩めている。

「こんなセックス覚えてしもたのに」

 彼の言葉を聞いて、そういえば一番最初、始まりの始まりに無理矢理された時、それこそ馬鹿になるような快感が自身を襲ったことを思い出した。
 どうしよう。率直に思った。僕と織田作さんが無事任務を終えて元の世界に帰ったら、織田作さんはまたあっちの世界で眠るだけだけれど。残された僕は、どうしたらいいのだろう。
 わからない。

「ごめんな」

 懺悔するくらいなら、こんなものを教えないでほしかったのにな。僕は不意に降ってきた眠気に誘惑されつつ、自嘲気味に吐息をこぼす。それが嘲笑のように思えたのだろう、彼は再度謝っていた。
 当たり前に後悔しつつも、どうせまた、今日みたいに布団でもつれ合うんだ。お薬で馬と鹿の見分けもつかなくなってしまった僕らは、後戻りなんてできやしない。
 優しく頭を撫でる織田作さんのぬくもりを感じながら、僕は諦観しきった様子で瞳を閉じることにした。
 おやすみ現実。そしてさようなら現実。君はもう、とっくに生きてはいないのだろうね。



2016/11/15
ifだから大丈夫です。
ヒロポンは今も医療用で使用されているそうな。厳重な使用法があるらしいけど。


ALICE+