Please come here.


 身に置かれた状況をうまく飲み込むことが出来ない。それか、これは長い夢なのかもしれない。そうと言ってほしかった。
 ありのまま起こったことを話すぜ。四人いるサンズが、僕について談義している。僕も何を言っているのか分からないし、出来ることなら信じたくない。

 手のひらの上では、灰色のハート──僕のソウル、が、とくとくと弱く脈打っていた。
 それを眺めてホラーサンズにされたことを思い出し、ぞくりと悪寒が登るのを感じる。
 あの後のことはよく覚えていない。普通のサンズ……恐らくUNDERTALE世界のサンズ曰く、「まだ僅かに動いていたゼリー状のソウルとスターフェを同じ器に入れたら、ソウルがスターフェを吸収して回復した」ので、死ぬ一歩手前で済んだらしい。
 僕の隣には、目の中に星を宿した──UNDERSWAPのサンズ……スワズでいいか、スワズが僕を興味津々に見上げている。
 サンズは元々小さいけれど、この骨は一際小さく見える。

「サンズのところの人間以外にも、人間が降ってくるとは思わなかったぞ!」
「えへ、へへへ……そうなんだね」

 ブルーベリーみたいに大きな瞳をキラキラさせてそんなことを言うものだから、僕はただただ、愛想笑いと適当な返事をするしか無かった。
 とにかく正確な説明がほしい。もしくは、夢なら早く覚めてくれ。もういい。十二分に味わったから。
 借りられてきた猫のようにキョドついた態度で膝を抱えていると、やがて話が一段落したらしく四人いるサンズが一斉に僕の方に視線を投げた。
 咄嗟に固まってしまう。

「あー、一ついいか、人間」

 声を出したのはオリジナルの……TALE世界のサンズだった。

「お前さん、出身はどこだ?」

 しゅっしん。問われた言葉を、もう一度繰り返す。しゅっしん。しゅっしん……。

「に、日本……ですかね…………」

 えへへ、と笑いながら答えると、サンズは困った様子でニヤついた口元を若干下げる。

「そうじゃねえよ人間、脳みそ腐ってんのか?」

 丸椅子に座ったまま僕を罵倒したのは、格好を見るにUNDERFELL世界のサンズ──フェルズと呼ぶことにしよう……フェルズだ。
 フェルズは僕が何か言う前にその場から姿を消した──と思いきや、瞬きを一つした間に僕の目の前に瞬時に現れる。

(ショートカットだ……!)

 それから僕の膝の上に立ち(存外重くないので、痛みはあまりない)、ずいっとその顔を近付けた。八重歯が目と鼻の先にある。金歯が眩しい。

「俺らが聞いてるのはどの世界のヒューマンかってことだよ、次ふざけたことぬかすとホラズがやったことより酷いことすんぞ、なあ」
「っ……!」

 ホラーサンズをご存知なのですか。咄嗟に吐き出しかけた言葉をやっとの思いで飲み込んで、僕は返答につまずく。
 彼らはきっと、僕がどのAU出身なのかを問うているのだと思った。なんとなくこの世界がどういうものなのか読めてきている。確信はないが、きっとそういう世界のはずだ。
 しかし、困ったことになった。僕はしがない一人のプレイヤーであって、キャラクターではない。答えることが出来ない。

「こら、人間が怯えているだろう。やめるんだフェルズ」

 青と黄色のパーカーを着た、モコモコした服のサンズがフェルズに向かって骨を投げた(この世界ではフェルズって呼ばれてるんだ……)。フェルズはそれを手のひらで払うと、僕に向かって舌打ちをして、ショートカットを使用して元の丸椅子に戻る。
 モコモコのサンズ──きっとアウターサンズ(以下アウズと呼ぶことにする)は僕に向かってサンズらしい笑みを浮かべて、「すまなかった」と謝罪する。
 アウズからは、とっても優しさを感じる。オリジナルのサンズよりもなんだか穏やかに思えた。
 人外に優しくされたのが嬉しかったから思わず笑顔で首を振ると、アウズは両目をきゅっと閉じて普通に笑った。え、可愛い。そんな顔するのか、ホラーサンズも似たような顔ゲーム内でしてたけど!

「さて、話を戻そうか。人間、君はどこから来たんだ? それとも、答えられないところから来たのでは、ないだろうね?」

 アウズの目は群青色に輝いている。
 目玉を持たない彼らスケルトンの瞳が、どんな仕組みでそこにあるのかを僕は知らない。だからどういう理屈で光っているのかもわからないけれど、特に何も考えずにそれをぼんやり見つめながら、正直に答えるべきか、嘯くべきか数秒の間迷っていた。
 苦し紛れに視線をずらすと、TALE世界のサンズはいつの間にかケチャップを片手に、僕の言葉を静聴しようとしている。それに脱力して、悩むのが馬鹿らしくなって、なんだかもう、どうでもよくなってしまった。
 そもそもこれは夢なのかもしれないのだから、どう転んだってどうにでもなるものだ。
 そうだろ?

「……僕は」

 声を出すと、部屋にいる四人のスケルトンは閉口した。サンズ、フェルズ、アウズ、……一見やかましそうなスワズも、口を閉じて僕のことを見つめている。
 なんだかいけないことを告白させられているようで、あんまりいい気分じゃない。

「僕は、プレイヤーです。君達が知る人間を操作していた、外側にいる本物の人間です」

 刹那、サンズの左目に一瞬ばかり青い炎が燃えたような気がした。
 サンズ達は何も言わない。言い終えた僕は居心地の悪さを感じながら、どうすることも出来ずに下を向いた。
 重い沈黙がのしかかる。静かなのは嫌いじゃないけれど、でも、これはちょっと嫌かもしれない。
 数分か数秒かはわからないけれど、とにかく僕らは押し黙っていた。
 やがて、誰かがおもむろに口を開く。その牙を開けたのはサンズだった。

「……決意の力は、あるのか」

 目が覚めたばかりでわからないよ。
 そう答えるわけにもいかず、僕は小さく唸る。
 手の中にある灰色のソウルは、心臓と同じように一定の周期で跳ねていた。

「探しに行ってもいいかな」
「何をだ?」
「セーブポイント」

 さも当たり前と言わんばかりに返すと、サンズ達は微妙な顔をした。スワズだけは、首をかしげていた。
 そっか、SWAPではスワズじゃなくてスワパピが知っているのだった。



 扉を開けると、地面には雪が降り積もっていた。ここはスノウディンなのだろう。なんとなくそんな気がする。
 僕は裸足のまま(とても痛い)歩いていって、例の黄色い光がないか探索することにした。
 後ろには骸骨達が僕の様子を伺いに着いてきている。ちょっとしたホラー映画のようだった。

「んー……ん? あれじゃないかな?」

 探索と呼ぶには短すぎる距離を歩いて、僕はそいつを見つける。それに近づいていって──セーブ地点に触れるよりも前に、なんとなく手を何も無い空中にかざしてみた。
 すると効果音が鳴り、眼前には見慣れたメニュー欄が現れる。

「うわ、すごい。こんなの出るんだ」

 ステータスを確認すると、 HP48/60 と出ている。少しダメージを負っているが、セーブすると回復するから大丈夫だね。
 いよいよゲームの世界に入り込んだような高揚感に駆られながら、僕はセーブをした。

*裸足で冷たい雪を踏みしめて、あなたは決意で満たされた。

 きっとサンズ達には見えないテキストを見届けると、僕は踵を返してサンズ達に歩み寄る。
 足はもう痛くなかった。回復したのだろう。セーブってすごい便利だね。



「決意の力、あるみたいだよ」

 部屋に戻ってありのままを報告すると、サンズ達の表情が暗くなる。
 そりゃそうだろうな。すべてのサンズ達がそうなのかは知らないけれど、時間軸の研究? とかをしていたらしいし。
 ある日なんの前触れもなくリセットされたら、やってられないだろうね。
 これは下手したら殺されちゃうのかな、なんて他人行儀に考えていると、思っていたよりも明るいトーンでサンズが声を出す。

「なるほどな。フリスク以外にもその力を持つ人間が現れるとは、思わなかった」
「二人同時にこの力を使用したらどうなるか、少し気になるね」

 アウズは顎に手を添えてそう言うと、僕の方をちらりと見て、ゆっくりと視線をずらした。
 フリスクという単語が聞こえたので、この世界にもあの主人公が存在していることを間接的に知る。キャラもいるのかが気になるけれど、そこに触れてしまうとそれこそバッドタイムが始まってしまうだろうから、閉口しているままにした。
 口は災いの元、だ。

「……で」

 フェルズが身を乗り出す。

「こいつ、誰が面倒見るんだよ」

 きょとん。そんな顔になっていると思う。あまりにも突拍子すぎて、彼が何を言い出したのか理解出来なかった。

「え、あの」
「ああ? お前帰るべき場所がねえんだろ。だったら誰かの家に邪魔するしかないだろうが」
「えええ……?」
「なんだったら俺にしとくか? へへ、いいぜ、久々に人間をいたぶりたくてうずうずしてんだよ……」

 何を言っているんだお前は。そんな言葉を投げてやりたくて仕方なかった。
 フェルズはじっとりと汗をかき、赤い舌べろをだらりと出し頬を紅潮させて僕を見ている。その目は、危ない雰囲気のある揺れ方をしていた。
 そう言えばこいつ、猟奇的なサンズだったな。
 それ以前に色々と突っ込みたい(つまりモンスター達と同居しろということか?)気もしたけれど、僕が意見を言うよりも先にこの骨達は話を進めていく。

「お前は駄目だね。論外だ」

 とサンズ。

「なら俺様の家はどうだ? 兄弟の許可がいるけど……」

 僕はペットと同じ扱いなのかよ、と内心突っ込む。スワズは口を尖らせてそわそわしている。

「サンズはフリスクがいるからね。スワズか僕の家がいいんじゃないか?」

 アウズはパーカーのポケットに両手を突っ込むと、ふっと両目を伏せてそう言った。さっきから思っていたけれど、アウズは仕草がいちいちかっこいい。……ような気がする。
 四人の骨が(正確にはサンズ以外が)僕の居場所で揉めている様は、なんだか面白くて。思わず口がにやけてしまう。
 ふふ、と小さく笑いを噛み締めて、僕は未だ手のひらに乗ったままのソウルを胸元に寄せた。それはスゥ、と小さな音を立てて体内に吸い込まれていく。
 こうして収納するのか、と一人で感心していると、サンズと目が合った。何を考えているのかわからないニヤケヅラに、思わず首を傾げる。

「なあ、こいつ自身に決めさせたらいいんじゃないか」

 三人の口が止まった。ちょっと待ってよ、と制止しようにも、拒否権は最初からないらしく、ゲームでいう選択肢をえらぶ状況下に置かれてしまったらしい。
 選択肢自体は、なんにも見えないし浮かんでもこないけど。
 赤と青と群青の眼が、じっと僕を見ている。あんまり見つめられると穴に入りたくなってくるので、やめてほしいのが本音だ。
 とはいえ、誰と暮らしたいのか、誰だと被害がなさそうなのかは流石の僕にも分かるので。

「え、じゃあ、……アウズ? さんで」

 迷いなくアウズを選択させてもらうことにする。
 まず、フェルズは危ないので有り得ない。スワズは……スワズが良くとも、スワパピがあれだから、心配が残るのだ。
 だから結果として、一番安全なのはアウズということになる。

「Well well,僕か」

 アウズは選ばれたことをどう思っているのかは知らないが、とにかくポッケに手を入れたまま「へへ、ふふふ」と笑っていた。
 数秒後、団体一名様(ここで除かれるのはやはりサンズである)の喧嘩が始まることを知らない僕は、そんなアウズが可愛いなあなんて呑気なことを思っていた。

 これが夢なのか現実なのかは、僕にはまだ理解できない。
 けれどあとちょっとだけ、……ちょっとだけ、もし夢なのなら、覚めないでほしいと思い始めていた。
 アウズの家に連れていかれるのが楽しみだなあ、なんて妙な期待を抱きつつ、僕は決意で満たされた。




2017/05/19


ALICE+