主人であるベアトリーチェ以外の獣人に会うのは、実を言うと初めてではない。飢えを満たすために、自らの腹におさめたことさえある。
それどころか、己を形作る沢山の「チェシャ猫だったもの」の中には、獣人の形をとっていた者もきっといるだろう。
それを踏まえた上で、ツヴァイは確固として感じた。……こんな獣人に会うのは初めてだと。
目の前で気持ち良さげに酩酊しているウサギの獣人であるシシスを遠巻きに眺めながら、そう思っていた。
「はにゃあ? お月様が浮かんでりゅぅ……」
焦点の合わない一対の眼が、つい、とこちらを見遣る。けれどツヴァイはチェシャ猫のように笑っているから、その姿が「口以外は」気づかれることがない。
シシスは薬の作用により正確な判断が出来ないでいるのか、どうやらツヴァイの口を三日月だと勘違いしているようで。
ツヴァイはそれがどうにも面白かったから、つい意地悪をしたくなってしまった。
両腕を地面につけて、ぐっ、と腰を上げる。ネコが獲物を狙うポーズそのものの体勢を取って、二度三度と呼吸を整えた。
当然シシスはその事に気付いていない。
とん、と地を跳ねる一匹の黒猫。否、縞模様の桃猫。……水猫だったか? 今はそのようなことは重要ではないから、後にするとして。
ともかく猫は一息つくよりも先にシシスの眼前に躍り出て、透明化を解いて見せたのだ。
「君って薬の味がしそう」
両手はシシスの肩を掴んだ。そのまま力任せに押してみると、抵抗のての字もないまま彼女は地べたへと倒れていく。
ツヴァイはその上に跨ると、ぐありと大きく口を開けて目を細めた。
「だから、食べていい?」
ゆらり、興奮を抑えきれていない尻尾が蛇のようにうねっている。
2017/12/17
猫だって狩りはするもの。
多田野ころぎさん宅、シシスちゃんお借りしました。