オラクル いつも笑顔でいる彼女が泣いていた。もぬけの殻と化したただの肉塊にすがり付いて泣き喚いているその姿は、とてもじゃあないが神とは呼べやしなかった。 彼女は星神と呼ばれていた。その呼称の通り皆を照らす満点の星のような存在だった彼女は今、脱け殻に必死に感情をぶつけている。思いの丈を伝えようと躍起になっている。 その様の、なんと無様なことか。 「何も泣くことはないじゃあ、ありませんか」 気休めにもならない言葉をかけてみる。返事はなく、彼女は双方の瞳から大粒の滴を垂らすばかりである。 滴が地面に落ちる度、その付近からぱっと光の粉が舞う様子が伺えた。彼女はまごうことなき神様なのだ。証拠として、……ああほら、彼女が垂らした小さな水溜まりから植物が発芽している。 「“それ”はもう彼ではありませんよ。帰りましょう」 夜が待っているよ。告げども、彼女は死体から離れようとしない。 譫(うわ)言のように「ごめんね、ごめんね」としきりに同じ言葉を繰り返し呟いては声をあげて泣いている。 ――おや、おかしいな。彼女は確か口が利けないはずだったのだが。 「……星神様、貴女は」 口が利けないふりをしていたのか、利けない元凶がこの死体に生命が宿っていた者だったのかはわからない。詮索できるほど器用ではないので、ここはぐっと口を噛んでおこう。 何はともあれ、初めての体験だった。 「わたしのせいなの」 彼女はそう言うと、泣き崩れた。 貴女のせいなはずがあるものか、そう横槍を入れてやろうかと思ったけれど、どうせ聞く耳を持ってもらえないことは明白なのであえて言葉を飲み干す。 「誰のせいでもないですよ」 そう、これは仕方のないことなのです。 彼女が愛していた人が能力に浸食され、こうして亡き者となってしまったことは仕方のないことなのです。 「だから、早く退いてください。殺せないでしょう」 僕の仕事は、この世界に落ちた魂を輪廻へと導くこと。 この世界の厄介な造りにはほとほと呆れ返っているが、どうやら僕のような死神がちゃんと魂を斬ってあげないと生まれ変わることができないらしいのだ。 だからこそ僕はこの世界に呼ばれたのだろうけれど、僕は仕事を好いていない駄目な人種ゆえ、どうにも仕事に身が入らない。 だって嫌じゃあないか。僕の一振りで目の前の命が今までに培った関係をすべて放棄して、知らぬ顔で別の道へと進んでしまうだなんて。 彼女は身動きひとつせず、首だけ動かしてこちらを向いた。 僕をじっと見据える黒豆のように大きな眼が何を言いたがっているのか何て、聡明な僕にはまるわかりだった。 「……いいよ」 鎌を振り上げる。彼と運命を共にしようだなんて、ずいぶんとまあロマンチックな行動にこの神様は出てくれたわけだ。 このパターンの最期を見るのは実を言うと初めてではない。もう何度かお目にかかった。けれど、僕自身この最期は気に入ってしまっている。 人の死に様を気に入る、だなんていかにも死神らしくて反吐が出そうだ。 彼女は目をつぶった。覚悟を決めているのはその状態から見てとれる。すらりと伸びた刃は鈍く光っていた。 この後は、夜に怒られるだろうなあ。そう思いながら僕は、半ば憂鬱な気持ちで鎌を持ち直した。 2014/04/26 紙神と死神。 |