All the world's a stage.


 どうやら僕には前世の記憶とやらが脳みそにしっかりと刻み込まれているらしい。

 僕は外見からして、明らかに人間ではない生命体だった。二足歩行をしてはいるものの顔面は猫を思わせる形状をしているし、指の数は三本だし、気味の悪い、針金を引き伸ばしただけのような尻尾まで生やしている僕は確かに人外と認識されるべき存在だ。
 だというのに、過去の僕はどう見ても人間の少年だった。おぼろ気で陰りを帯びた記憶。病室のベッドで横になり、咳き込んで苦しげに息を溢す僕は確かに人間と認識されるべき存在だ。
 記憶の中の少年と現在の僕の姿はまるっきり別の者だった。人の姿をした少年が何故僕だと思うのかは、僕にもわからない。けれど心の奥底で本当にそうなのだと、事実なのだと確信を持つ強い意思が存在しているのは紛れもなき真実だ。
 最初は戸惑った。姿は違うものの、今の僕も遠い記憶に根付いている僕も「水月」なのだと確証を得ている自分が怖かった。頭がおかしくなったのかと思った。このことに気づいた時、精神がついにやられてしまったのではないかとすら思った。
 けれども、僕は考える。バケツに入れられた色とりどりの花を指先で弄びながらぼんやりと思慮に耽る。恐らく、僕は元いた世界からこちらに連れてこられてしまったのだろう、と。
 脳裏にちらついていたのは、灰色の体毛と悪魔のような尻尾、こちらを恨むようなじっとりとした視線を寄越す赤目を持った神様のことだった。
 彼女は精神状態が異常だった。それは誰がどう見たってわかるほどに。
 だからこそ、彼女は神であるのにも関わらずぺらぺらとこの世の摂理をいとも容易く口にした。他所の星から魂を奪い、それを使ってこの世界に命を産み落としたのだと。
 それを聞いてしまった僕はますます思案に拍車がかかる。僕はきっとそれに当てはまるのだろう。当てはまるのだろうけれど、別の世界にいた頃の記憶が残ったままなのはどうにも宜しくないことなのでは?
 そこで一つの結論に至る。僕は異端児なのだと。
 母である「海月」はその名を裂いて僕達「KURAGE」と読める漢字名を持った子供を創った。それはこの世界に住む誰もが知っていることだ。僕もそのうちの一人で、「水月」ももちろんのことKURAGEと読める。……もっとも、僕はSUIGETSUと名乗っているのだけれど。
 KURAGEの面々は、海月が言う通り本来は他所の世界に住む生命だった。しかし海月は僕達をこの世界に連れてきて、他所の世界にいた頃の記憶を消して別の命へと創り変えた。
 しかしながら、僕だけは記憶が消去されていなかったらしいのだ。きっとこのことを海月は知らない。知っていたならば、ああ易々とこの世の摂理を口走るはずがないのだ。

 元いた世界で僕は、ひどく病弱だった。結核という病に侵されていた僕は、常にベッドに身を預け喀血する日々を送っていた。
 そんな僕にも夢があった。将来は結核を治し、花屋として働きたいと強く願っていた。
 けれどそんな僕の思いなど露知らず、病状はよくなるどころか悪化する一方だった。

 人間の頃の記憶はここまでしかない。
 僕は薔薇を手に取ると、鋏で茎を切り落とした。ビニールの包みにそれを入れると、青いリボンを根本にくくりつけて店頭に飾り付ける。
 こちらの世界で僕は、花屋として生計を立てていた。とはいっても、何もなく殺風景で、空腹にもならない此処で稼げることなどはっきり言うとありはしない。
 ただ何となく、少しは景観がましになる気がして、何よりも此処で暮らす住人の心を癒せたら良いな、という親切心で経営していただけのことだった。
 あちらの世界では志半ばで果てたものの、思いもしない形で僕の夢は叶ってしまっていた。妙な因果を感じずにはいられない。

「よう」
「ああ、久羅下じゃあないか。どうしたんだい、まだ開店前なんだけどさ?」

 目の前で白いスーツを着込んだ、レモン色の体毛に茶色い模様を耳や手足に垂らした片目の男がズボンのポケットに両手を突っ込んで立っていた。右目は眼帯に隠れていて、今までに一度だって見たことがない。……その理由を、僕は知っているのだけれど。
 この男も、KURAGEのうちの一人であった。久羅下もKURAGEと読めるのである。彼はKUKURASHIMOと自らを呼んでいたけれど。

「通りかかったから声をかけただけだ」
「あっそ。じゃあもう行くのかな?」
「古書の整理をしなければならない」
「ふうん、図書館の管理も大変だね。ばいばい」
「じゃあな」

 彼は「ただ此処を通りかかったから」という理由だけで僕に声をかけたらしかった。それはそれで構わないけれど、もう少し愛想を良くしてくれたらこちらもいい気分になるのに。
 そんなことを心中で呟いて、僕は作業を中断すると背中が遠くなっていく久羅下へと手を振った。

「あっ……まあ、良いか」

 もう一つ、僕には他の人と違うことがあった。

「毎回言うの忘れちゃうんだよなあ」

 困ったそぶりで肩をすくめると、僕は頬を掻く。この展開に出くわすのは五回目だ。

「……同じ運命を歩んでいるってのは、やっぱり勘違いじゃあないよねえ」

 どうしたものか。苦し紛れに言い捨てると、僕は野菊を掴んで根本に生えている葉を丁寧に切っていく。

 最初は動転して彼の後を追ったのだ。しかし時すでに遅し、彼は彼女を助けようとして桃色の泉に身を投げて、それっきりだった。
 次は出会ってすぐに事の顛末を話してみた。しかし信じてくれるはずもなく、彼は僕のことを怪訝そうな目付きで見つめただけで結末は変わりやしなかった。
 僕が彼女を助けようと思ったが、彼はいつも僕よりも先に彼女と交流を持っていた。
 彼を止めようとして、彼をこの手で殺したこともあった。

 今度はどうなるのだろう。何度も何度も同じ結果に向かうこの人生は、何に基づいて形成されているのだろう。そもそも、このサイクルに気づいたのはいつからだったか。何度死んで生き返ったのか、そのことを忘れないようにすることすら億劫になりそうだ。

 僕の気が確かなら、僕はこの世界でも記憶を失うことなく何度も人生を送り直していることになる。
 世間ではこれを選ばれし者とでも呼ぶのだろうか。だとしたら、僕は一生平民で良いのにと、切実に思う。




2014/09/06



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