「君は自身の残酷さを理解してはいないようだね」
問われた言葉の意味を、理解することが出来なかった。咄嗟に聞き返そうとして、アルコルは言い淀む。人の頃から今に至るまで、残酷だなどと言葉をかけてきた者はついぞいなかったからだ。
微かに星位置の脈拍数が上昇するのを感じ、口の端がひくつく。アルコルは小さく微笑んだ。どう返答するべきか分からない。ただただ戸惑いばかりが浮かんでいくのを感じる。残酷とは、どういう事なのか。考えても結論には達せそうになかった。
目の前で優雅に頬杖をついているアンタレスは、ご自慢の口髭をホットミルクの泡で白く染めている。彼の背後には錆色が照っているサソリの尾が、上機嫌と言わんばかりに揺れていた。
「分からんかね?」
アンタレスの眼光が、無遠慮にアルコルを射抜く。リーゼントの似合う青年は息を飲んだ。
聞けば、彼はロス128と同じ時を過ごした軍人に他ならないらしい。なるほど、妙な威圧感があるのはそのせいか。アルコルは腑に落ちた様子で、けれどそれはそれとして現状に緊張が走っている。
「わ、……分からないであります」
「はっは! 素直で宜しい」
老人は軽快に笑って見せた。彼なりにこの緊迫した空気を読んだつもりでいるらしい。しかしながら、戦争とは無縁の時代を過ごした一学生にはその気持ちもほとんど無意味に過ぎず。アルコルはむしろ、失礼な真似は許されないと身を律してしまっていた。
アンタレスは僅かに瞳を細め、アルコルを視界に捉える。動揺した様子の青年がありありと映り出された。
「君のその優しさだよ。優しいのはとてもよい事なのだがね。在り方は時として人を傷つけかねない、ということさ」
優しさが人を傷付ける、とは。はて、それはいかほどのものか。アルコルは思わず首を傾げた。言いたいことは何となく伝わる心持ちでいる。が、核心を突けない。
迷う態度を隠さない彼を前に、老人はホットミルク片手に言い募る。
「自らにも気をかけなさい。君も誰かにとって大切な星なのだ、母上を泣かせた事を忘れてはならないよ」
老害の小言にしか聞こえないやもしれぬが、と。そうアンタレスは続けて、静かに腰を上げた。微かに椅子の擦れる音が響く。けれどそれはやがて星屑に吸い込まれ、どこにも消えてなくなってしまった。
老兵は軍帽を被り直すと、弾けんばかりの笑顔を学生に向ける。それから緩く手を振ると、夜の闇へと失せてしまう。
「……母さん、」
アンタレスが去った後、アルコルは顔を伏せて静かに泣いた。もう二度と会えはしない、戻れやしないあの頃を今でも鮮明に思い出せてしまうから。
2020/03/31
アルコルとアンタレス。