Pull The Trigger
武闘大会当日、切崎は少しばかり眉をしかめながらこつこつと靴音を鳴らして廊下を歩いていた。眉間にしわが寄っている理由は、武闘大会を嫌悪しているからではない。ただ単に外野が騒がしいことを好んでいないからだった。
十組の切崎は武闘大会の参加権を与えられていない。それ故、今日彼がすることと言えばただの見学、それだけだ。
なんとつまらないのだろう、と切崎は思う。けれど行事に参加しないとなると、教師が目を光らせるに決まっている。これ以上マークされるのは少し……否、かなり困る。
様々な思慮が渦巻く中、彼はうんうん唸りながら廊下を行ったり来たりする。そうしている間にも試合は進行しているようで、外野が発する騒音のボリュームは時折小さくなったり、大きくなったりを繰り返していた。
「ねえ」
「……はい?」
そんな時、不意に声をかけられた。聞き覚えのない声色に多少の警戒を抱きつつも、切崎は声が掛かった方へと頭を振る。
視界に飛び込んできたのは、マッシュルームヘアーの男子生徒。黒髪を揺らした彼は口元をにやつかせながら切崎を見やる。
その後ろに控えているのは、髪を赤色に染めた女子生徒と青いエクステを散りばめた男子生徒だった。いかにも不良、と言いたげな風貌の彼等を一瞥した切崎は「はて」、と首を傾げる。彼等のことは全く記憶になかった。
嫉妬の因子が暴走して見境いなく生徒や教師を襲う切崎は、度々報復を受けることがあった。なのでこうして一見初対面に見せかける人物の訪問は、別段彼にとって珍しいものでもない。
しかしながら、今回ばかりは本当に覚えがないのだ。
もしかしたら彼等は武闘大会をサボタージュしようと目論んでいるのだろうか、そしておれは同族と思われて声をかけられたのだろうか。自分なりに思案している最中、リーダー格らしいマッシュルームヘアーの男子がゆっくりと口を開く。
「あんた、確か『ジジ』だよね?」
「ああ……うん、そうですけど」
随分と当たり前なことを聞くものだな、と切崎はどうにも腑に落ちない態度で答えた。黒髪の男子は口角を上げる。それと同時に、鋭い視線が切崎を刺した。
執拗にねぶるようなそれは、切崎を不快にさせるにはあまりにも十二分すぎて。彼は反射的に嘔吐感に襲われ、思わず手を口で覆い、その後に半歩後退った。
その直後、胸に鋭い鉄パイプが突き刺さったことに切崎は気付けなかった。
「……え?」
疑問形の言葉を吐き出すと共に、ごぽりと喉から赤黒い鮮血が溢れ出す。脳内で原子爆弾が弾けたような衝撃に見舞われ、切崎は現状の把握がまるでついていなかった。
ぐらりと視界が揺らぐ。突如訪れた激しい痛みに立ってもいられず、切崎は膝から崩れ落ちてそのまま廊下に倒れ込んだ。続いてからん、と鉄パイプが地面に転がる音が響いた。
「あれ? あっけなさ過ぎない? 『ジジ』ってセン公殺したぐらい強いんじゃなかったっけー?」
「いやいや、不意打ちは酷すぎだろお前! 『ジジ』かわいそうじゃん!」
崩壊していく意識の中で、切崎は頭上にいるであろう三人組の会話を静かに聞き入る。その傍ら、脳裏に過ぎったある文字列のことを思い出していた。
武闘大会の催しを告げるプリント。その紙類には、いくつかの注意事項が確かに記されていたのだ。
―― イベント中は、場外乱闘や暴行事件が起こる可能性が高いので各自自衛を行ってください。
別に自分には関係ない、とは思っていなかった。普段の行いで問題を起こしているのだから、こうした行事で出来た隙を突いてくる者がいるとも思っていた。
それなのに防げなかったのは、完全なる自分の責任だ。切崎はやりきれない気持ちで歯軋りをした。倒れた際に抜けた鉄パイプが、赤く光っていた。
「かわいそうと言えば……『ジジ』、最近美化副委員長と絡んでるよね」
ごめん、痛すぎて返事できないっけ? 黒髪の男子がわざわざこちらに歩み寄り、しゃがんで耳元でそう言った。切崎の心中には僅かな殺意が、ふつふつと成長を始めていた。
「まさに月とすっぽんなあんたと美化副委員長、なんか企みがあって近づいて来たとか思わないわけ?」
煩い、緋色のことをそんな風に悪く言うんじゃない。彼はお前らとは違うんだ。
どんなに言い返したくとも、今の切崎には呻き声を出すことしかできなかった。それがあまりにも情けなくて、悔しくて。目尻からじわりと涙が滲んだ。
「あっ、そうだ! あんたの代わりにあいつ潰してきてあげよっか?」
甲高い女特有の声に、何となく赤髪の女子生徒が喋ったのだということがわかった。
「それいいねー、あいつ今闘ってるんだっけ? 試合終わったら攻めてみない?」
まるで幼子が次にする遊びを決めるかのような口ぶりに、切崎は目眩を覚えずにはいられない。
けれど目眩を引き金に、彼は昔からある強い衝動を静々と思い出しつつあった。心に秘めた殺意が眼を開く。それはにこやかな笑みを浮かべたまま剣を携え、そして緩やかに口を開くのだ。
遠慮はいらない、君の好きなようにしろ、と。
「…………あーあ」
緋色と出会ってからは、無駄な争いを避けるよう心掛けていたのになあ。切崎は自嘲的な微笑を称えると、仄かに拳に力を入れた。
「『銃創造』」
武闘大会第一回戦を終えた緋色の目に飛び込んできた現実は、あまりにも酷な物だった。
友人が、血だらけの状態で拳銃を構えて立っている。その側には既に力尽きた三人の生徒がごろりと「転がって」いた。
「っ、……じ、ジジ……何、これ……?」
受け入れ難い現実に動揺を隠せない彼は幾度も口をつぐみつつ、それでも己の抱える疑問を外に押し出した。緋色の問いに答えるかのように、切崎は溜息を吐いた。
とにかく彼がどのような状態なのかを知らなければならない。そう思った緋色は切崎と目を合わせようとした。しかし、切崎と視線がぶつかった際、彼があまりにも冷たい目をしていたため反射的に背筋がぞわりと逆立ってしまう。
人間はここまで感情のない瞳になれるのかと、息をすることも忘れて恐怖した。
「襲われたから、やり返した」
切崎はそう呟くと、もう口を開くことはなかった。
「……やり、返したの?」
緋色の言葉に肯定した切崎は、小さく頷く。
緋色はこの状況を前に冷静でいられなくなっていた。場外乱闘や暴行事件なんて表現じゃあ、あまりにも可愛すぎる。まるでこれは、
「ねえ、ジジ、これ、殺人だよね」
殺人にほかならないじゃあないか。
正確に言えば、この学園の生徒が死に至ることはない。しかしながら、死なないからと言ってこのような行為を甘んじていい筈がない。
友が過ちを起こした場合、それを正すのが本当の友人だ。そうだと心内で自分に言い聞かせるかのように呟いた緋色は、震える喉に生唾を通して握り拳を作った。
今まさに目の前の嫉妬の因子の頬に拳を叩き付けようかと思った時、彼は手に持っていた拳銃を自身の口元に持っていく。
「……ジジ? 何する気なのさ、ねえ」
「緋色、ごめん」
その言葉を最後に、切崎は拳銃を慣れた様子でくわえると戸惑う素振りを一切しないままにトリガーを引いた。
耳をつんざく銃音が、緋色に真実の残酷さを知らしめていた。
どういった意味の『ごめん』なのか、どうして彼は自害したのか。緋色は目の前の問うべき相手が地面に落ちていく様を、しっかりと見届けていた。
2014/12/23
十一月お題「武闘大会」より。緋色くんお借りしましたトラウマ植え付けてごめんなさい。
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