▽ 全て滅ぼしてやる



 人殺しの心境を考えてみたことはあるだろうか。俺はない。考えたって至極無駄だとわかっていたからだ。
 息を吐く度に己の口から漏れる小さな花火が、眼前を明るく照らし出している。
 俺は至って真剣に真面目な人間だ。だから無駄なことをしようとは到底思えない。
 明るみに出てくるのはコンクリートに染み込んだ大量の血液と、生臭い、鼻をつまみたくなるような異臭を放っている焼死体だった。
 そんな俺が初めて人を殺めたのはいつのことだったろう。桜散る出会いと別れの季節だったろうか、それとも雪降る死の季節だったろうか。射殺すような灼熱の太陽が図々しい顔して居座っている季節か、物憂げに枯葉が踏みつぶされている季節だったのかもしれない。
 スナギクはついぞ興味もなさそうに小さくため息を吐く。呼気から溢れた火炎は、行き場のない空気中に突き出されたショックで自ら姿を消していく。
 この俺が人殺しになるだなんて、人生何があるかわからないものだ。
 彼は学生ズボンに仕舞い込んだ浅葱色のスマートフォンを取り出すと、焼死体には目もくれず無言で電源を入れる。板状の機械が映し出したのは、照れ臭そうに視線を背けている少女の画像だった。
 正義ってのは争いしか生まないとどこぞの指揮官が言っていた気がするが、なるほどあいつの言い分は間違えていなかったらしい。
 スナギクは画面上にいる少女に向けて微笑んだ。

 あの娘の優しさにつけこもうとする悪など、俺が全て滅ぼしてやる。

 サラマンダーの口からは、乾いた笑い声と炎が溢れ出していた。




2015/09/13
一人称と二人称を交互に混ぜて書いてみた。ただの遊び心。読みにくそうだな。
お題は「正義」、作品指定は「病ンデレ男子」でした。




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