嚆矢濫觴


 審神者にならないか、と政府直々の誘いを受けた時は脳みそを直に殴られたような衝撃を覚えた。一言返すとしたら「何言ってんだこの人」、が的確である。

 誰だって戸惑うと思うのだ。ある朝マイホームに設置されたインターホンのベルがけたたましく鳴り響き、挙句「開けないなら実力行使に出る」とまで脅されてもみろ、いかに怪しい人物であろうと招き入れるを得ない。
 目の前で正座しているサングラスにダークスーツを装った大柄な男が、「お宅のお嬢さんには審神者の才能がある、いやもっともあなた方の家系そのものに素質があるのだが」とつらつら言葉を並べ始めた際は昏倒すらしそうになった。
 そもそも審神者とはなんだ。これはどんな押し売りセールスだ、父親の怒りのパラメータがふつふつと音を立てて込み上がっているのだがそれは大丈夫なのだろうか、と一人やきもきしている中急に名指しされてみろ、目玉が飛び出る思いをするぞ。
 口を開けば私は未来から来た、歴史修正主義者の暴走を止めるため力を貸して欲しい、だのと何処ぞの淫獣を彷彿とさせるような事ばかりを口走る目の前の男の言うことを誰が信じようか。国家機密? 知らんがな、である。

 張り詰めた空気に嘔吐きそうになりながらも、僕は何やら他人行儀に男が話す内容を頭にとどめていた。もしこいつの言うことが本当ならば、と非凡に憧れる人間は静かに期待していたのである。
 そんな中、男は大きな鞄から五振りの刀を取り出した。途端に戦闘体制に入る父親、悲鳴を上げる母親と妹達、あっけらかんとした態度のままの僕。この温度差は一体なんなのだ。

「この刀達に宿る魂を形にした者を使役して歴史の改変を阻止するのが、主な任務になります」

 そんな奇特な力が自らにあるというのならば、面白いことこの上ない。他人事のように聞いていた僕も、不思議とだんだん話に聞き耳を立てていく。
 もとよりゲーム等で現実離れしたことに惹かれる気質があった父親は、半ば疑いながらも男の言うことに興味を持ち始めたようだった。

 魂を形にする、とは? ――要は付喪神を使役する、ということになります。
 神を人が使うのか? ――あくまで力を借りるだけにございます。
 危険性は? ――万が一の事を考えて、配慮はしております。

 父が問いかけ、その問いに男が答える。静まり返ったリビングで質疑応答が繰り返される奇っ怪な状況下で、僕はただ男が手に持った刀を見つめていたのである。
 長々と続いた二人の会話が途絶えた頃、父親は僕に話しかける。男の話すことを完全には信じきってはいないものの、多少なりとも期待した様子で僕にあの刀に触れてみろ、と命を下す。
 母親が父親の案を咎める。当然だ、いつもは諭す側にいる父親がそのようなことを言うものだから、口論になるのも致し方ない。

「お嬢さん、この五振りのうち一振りをお選び下さい」

 男がつい、と視線をこちらに投げかけそう告げた。なるほど一本しか選べないのか、と僕は唸る。さながらポケットモンスターシリーズで三体のうちから最初の相棒を選ぶ心持ちだった。

「……これ、は宜しいでしょうか……?」
「ああ、山姥切国広ですね。どうぞ」

 なんだかいけないことをしている気分になる。幼少の頃家にカマキリの卵を持ち込んだエピソードを思い出し、ふっと目を細めた。こっそり持ち込んだ翌日、朝起きたら自室がカマキリの子供だらけになっていた。それはもう母親がカンカンに怒りつつ、それでいて顔面を真っ青にしつつえんやこらとホウキでカマキリチャイルドを掃き出していたっけ。
 背筋がぞわぞわする感覚に身震いして、僕は震える指先でつつ、と一振りの黒い刀に触れた。
 刹那、それは淡く光を抱く。例えるならそれは、ホタルの放つ光のような優しさで。僕は知らず知らずのうちに口角を緩ませていた。

「おめでとうございます」

 男がそう言うと同時に、ああ、本当に審神者なるものを求めているのだなあと確信した。まだ夢見心地で、これが本当に現実なのか、もしくはただの夢中なのかは定かではないけれど、どことなく納得がいってしまっていた。
 僕が審神者に成るか否か、その決定権は自らに託されている。正直現実味のない、既にライトノベルで描かれていそうな話の展開だと心の中で嘲笑しつつも、僕は溢れ出す好奇心を抑えることが出来なかったのだ。

「……わかりました、審神者やってみます」



 後日、未来にタイムワープするだの、現代にはなかなか帰って来られないだのと追加説明を受けて家族から猛反対を受けるのはまた別のお話。
 未来に着いた僕がいざ刀を具現化するも、出てきたのが目を覆うほどの美青年で思わず失神してしまうのも、また別のお話。

 神であり、道具であり、人でもある彼らから寵愛を受けることになるのも、また別のお話。





2016/05/09
執筆日は2015年3月13日でした。





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