表・裏

 今回の任務は、基本的に群れないはずの鬼が二体いて、さらに連携をとっているという厄介なものだった。
 捕まっていた少年を鬼の手から奪い返したは良いが、奪われた鬼はもちろん二人がかりで襲ってくる。背に子供を庇いながら二体の鬼と戦うことは難しく、何度も仕損じ、やっとのことで一体にとどめを刺せるという瞬間だった。「にいちゃん!!」と甲高い声が夜の町に響く。
 見れば、あづさが今背に守っている子供より幼い女の子がこちらに向かって走ってくるのだった。あづさの方を向いていた鬼がぐるんと向きを変え、幼子に手を伸ばす。
 助けに行かなければならない。そのためには、いま目の前にいる鬼を倒さなければならない。それじゃあ間に合わないのだ。かといって目の前の鬼を仕留めずに行けば背後の少年が狙われる。どちらを先に倒すか。どちらを優先して守るか。優先順位を決めなければならない。こんなに小さな子供たちの命の優先順位を、あづさが。──わたしが鬼の一体に手間取っていたから。どうする? どうすれば良い? 何をしたら二人を助けられる?
 あづさの腕の長さ、伸ばせる限度、刀身の長さ。自身の間合いと守りきれる範囲。それが瞬時にあづさの頭に浮かんで、だめだ、と思う。そんな絶望を感じながら刃を振るい、目の前の鬼の頚を斬る。早くはやく次の一歩を。斬り払った勢いのそのまま足を踏ん張り、踏み込む。幼子の眼前に鬼の爪が迫る。
 瞬間、鬼の頚が夜空にぽんと飛んでいた。
 あづさではない。あづさは今やっと一歩を跳んだばかりだ。ひらりと薄紅色の刀身が閃き、払われた血が塵のように消えていくのを見ているところだ。真白い横顔が鬼の消滅を見届けてあづさの方を向く。
 栗花落カナヲ。同期の少女だ。

「あ、ありがとう……。ごめんなさい、わたしが手間取ってしまって」

 カナヲはにこりと微笑んだ。その足元に女の子がすがる。わんわんと泣くのをカナヲはぼうっとした目で見ている。あづさははっとして、背後に守っていた少年を連れてそのそばへ寄った。

「怖かったね。でも、もう大丈夫よ! 怖い鬼はおねえさんたちがやっつけちゃったから! ほら、お兄ちゃんも元気だよ。ね」

 少年がこくこくと何度もうなづいて幼い妹を抱きしめた。妹も小さな腕をいっぱいに回して少年に抱きすがる。二人がわあわあと泣くのを背をさすってやりながら聞いて、彼らが落ち着きを取り戻したあたりであづさは立ち上がった。カナヲのほうを見れば心ここに在らずといったふうで、ぼうっと電柱の張り紙を読んでいる。不思議な子だなあ、とあづさは首をかしげる。それに気づいたのか、カナヲがあづさに顔を向けた。それにほっとしながらあづさはひとつ提案をする。

「あのね、この子たち、おうちまで送って行ってあげたほうが良いと思うの。次の指令がまだないなら、一緒に来てもらえると心強いんだけど……」

 カナヲは相変わらず薄らと笑みを浮かべて黙っている。そういえば、まだカナヲの声を聞いていない。ふとそんなことを考える。
 返事のないまま様子を伺うような間が空いて、カナヲが動いた。ポケットから取り出したなにかをピンと弾く。コインだ。くるくると回ったそれをカナヲが手の甲で受け止め、開く。あづさも思わず覗き見る。表。

「いいよ」
「本当? ありがとう! それじゃあ二人とも、歩けるかな。怖かったら、わたしと手をつないで行こうね」

 あづさが子供たちに向き直って言うと、飛びつくように妹のほうがあづさの手を握った。少年は余った妹の手を握って横に並ぶ。二人がぐいぐいと引っ張るので慌ててついていきながら、カナヲはと振り返ると、ゆったりと微笑みながら後ろをついてきていた。
 二人を無事に送り届け、あづさとカナヲは帰路につく。まだ暗いが、もう半刻もすれば日が昇るだろう。藤の家紋の家に世話になるほどではない。

「さっきは助けてくれてありがとう。わたしじゃダメだと思っちゃったから、カナヲちゃんが来てくれて安心したよ」
「……」

 歩きながらあづさはカナヲに声をかける。しかしカナヲはなにも答えない。あまり喋らない子のようだ。
 カナヲのことは師である蜜璃から聞いていた。蜜璃と同じ女性の柱で、蜜璃の友人でもある蟲柱。彼女の継子があづさの同期の女の子なのだと。だから、もしも会うことがあれば仲良くなりたいなあと思っていたのだ。

「カナヲちゃんのことは師範……えっと、恋柱様から聞いていて」
「……」
「わたしたち、同期で、継子どうしなのよ。でも、わたしがずっと手こずってた鬼をカナヲちゃんはすぐに倒せたでしょ? すごいなあ」
「……」
「わたしもカナヲちゃんみたいに強くなりたいわ」
「……」

 カナヲはずっと答えない。あづさは初任務で人はときに無視をするのだと学んでいる。その経験から言うと、これは間違いなく無視されている。どうしてだろう。なにか怒らせるようなことをしてしまっただろうか。そこまでの関わりがそもそも無いようにあづさは思ったのだが。
 そのあとも何度か話しかけてみて、しかしカナヲはひとつも返事をよこさない。「蟲柱様ってどんな方?」「蝶の髪飾り、素敵ね」「朝日が昇ってきたね」あづさがあれこれと話している間、カナヲはずっと薄い笑顔を浮かべているばかりだった。
 けれど、と思う。あづさがされていることは間違いなく無視だが、玄弥がしたのと違って、わざと無視をしているようには思えない。あづさの声がカナヲに届いていないのだ。耳には入っても、頭までは届かずに、右から左と流されている。そんな感じがしていた。
 なるほど。あづさは隣を歩くカナヲの顔を覗き込む。

「わたし、あなたとお友達になりたいわ」

 カナヲがちらりとあづさを見た。あ、届いた。その嬉しさからあづさは言葉を続ける。

「同期で女の子どうしで継子どうしって聞いたときから、お友達になれたらなって思ってたの。でも今日会ってみて、やっぱりお友達になりたいなって思ったの。カナヲちゃんって綺麗で強くて、憧れになっちゃったから。カナヲちゃんとお友達になれたら、きっとすごく楽しいと思うんだ」

 あづさが目を輝かせながら言う。カナヲははじめて張り付けたような微笑みではなくぽかんとした表情をして、しかしすぐに薄らと口元に弧を描いた。
 それからカナヲが取り出したのはさきほど見たコインだった。慣れた手つきでピンと弾く。手の甲で受け止める。開く。今度は裏。そういえば、これは何を決めているのだろう。
 不思議に思っているとカナヲがにこりと笑って口を開いた。

「ならない」
「えっ」

 思わず足が止まったあづさを置いてカナヲは歩き続ける。小走りで追いつき、「どうしてでしょうか」と理由を問う。カナヲはにこにこと笑顔を向けるばかりでなにも答えない。
 言いたくないほどの理由があるのだろうか。あづさは昨日の自分の行動を思い返してみる。しかし、どんなに考えてみても嫌われるほどのことはしていないように思えた。確かに好かれるほどのこともしてはいなかったが。結局のところ、関わりが少ない。それに尽きる。それでも、きっと。

「嫌われるようなことをしてたんだよね、きっと。ごめんね。気がつくように頑張ります……」

 しょぼしょぼと萎れながらあづさが頭を下げる。あづさはめいっぱいの愛情を受けてきた自信はあるが、そうは言っても捨てられっ子のうえに、人里離れた山で老爺に育てられてきたのだ。同世代の女の子と関わった経験はかなり少なく、だから、何がいけなかったのかはわからずとも、自分が気づかないうちに何かしでかしてしまったのだろうことだけは気がついた。
 仲直りをしたいなあ、となおも頭を下げるあづさの頭上でカナヲがコインを弾く音がした。思わず顔を上げる。ちょうどコインがカナヲの手の甲に落ちたところだ。どちらが出たのかは見えなかったが、薄らと笑みを浮かべたカナヲがコインからあづさに目を向ける。

「嫌いとかじゃないの。どうでも良いの。あなたとお友達になる・ならないも、どうでも良いから銅貨で決めたの。裏が出たから、あなたとはお友達にはならない」
「どうでも……?」
「そう。全部どうでも良くって、だから自分で決められないの。あなたのことも」

 カナヲはそう言うとまたにっこりと笑って見せた。
 どうでも良い。友達になる・ならないすらどうでも良くて、自分で決められない。それはあづさには理解の難しい話だった。けれど、とりあえずの納得はした。裏が出たらあづさとは友達にならないとカナヲが決めて、裏が出た。そういうことだ。よくわからないけれども。
 それならとあづさはうなづく。

「わかった。それじゃあ、今はお友達にならなくってもいいわ。すごくすごく残念だけど。本当に残念だけど」

 力を込めて「残念」の部分を強調するくらいは許してほしいとあづさは思う。だって本当に残念なのだ。こんなに素敵な子と友達になれたらきっと楽しいと思ったのに。
 カナヲが一つうなづいてふたたび歩き出す。その隊服の裾を掴んで引き止め、でも、とあづさは続ける。

「でも、もしこれから先、カナヲちゃんがわたしと仲良くなりたいって思ってくれることがあったら、そのときは絶対に教えてね。わたしはいつでもカナヲちゃんとお友達になりたいから!」

 きょとんと首をかしげて、カナヲがあづさを見る。

「約束……は、ちょっと一方的すぎるから、しないけど。教えてくれたら嬉しいわ」

 二人の頭上で鴉が鳴く。ちょうど分かれ道に差しかかったところだった。カナヲはやはり言葉の一つもなくあづさに背を向けた。あづさも「またね」とその背に声をかけて自分の道を行く。
 ちょっとかっこつけすぎたかな、やっぱりお友達になりたかったな、とひとり反省をしながら。