テレビではプロヒーロー爆心地の活躍は連日連夜放送されているけれど、私の愛しい爆豪勝己にはとんとお目にかかれていない。
『いい子にしとれ』なんて私の髪に口付けてベッドから早々と姿を消してから電話はおろかメールのひとつもない。
「勝己…」
特別な名前を口に出してみる。
初めて抱かれた日から呼び名は“爆豪くん”から“勝己”に変わった。
特別だと、そう思っていたのに。
最初は香水。
私の知らないクロエの香りが首筋に漂っていた。
次に抱き方。
丁寧に解きほぐすような手つきと、お伺いを立ててくるようなキスから始まるセックスが、自分勝手に引きずり倒して失神するまで好き放題抱かれる乱暴なものに変わった。
とどめは口紅。
べっとりと白いシャツの襟に、見せつけるように。
隠そうともしないその明確な他の女の痕跡にきっと私たちの関係は絶たれるのだろうと思っていたけれど。
勝己は、そのままずるずると私を抱き続けてきた。
彼氏彼女では絶対にない。
ふたりで外へ出かけたことなんてない。
勝己が用意して家賃まで払っている私のマンションの部屋でただまぐわうだけの逢瀬。
ただ、セフレというにはあまりにも割り切れない。
ああ、そうだ。
私、飼われているんだ。
籠を用意され、行動を制限され、ただ戯れに愛玩されて。
もう今更自由に羽ばたけない。
風切り羽根はとうの昔に切断されているのだから。
ぐるぐると終わりのない思考の海に沈んでいると、テーブルの上に置きっぱなしの携帯が震えた。
『行く』
勝己からのメール。
ひと月ぶりだというのになんとも簡潔な。
まるで今朝分かれたばかりであるかのような。
私も簡潔に返す。
『待ってる』
だらだらと女々しいものを送らないほどには賢明でいたい。
なかなか勝己は帰ってこない。
時刻は深夜2時、もう日付は“今日”を終え“明日”に切り替わってしまった。
『行く』とだけ送られてきたメールだから“いつ”来るとはわからないのだけれど。
テレビもつまらないので消してしまったし、暇つぶしに広げていたファッション誌ももう2度ほど眺め終わってしまった。
そして、襲い来る眠気。
勝己が選んで置いてくれたソファのスプリングはとても柔らかで、眠気ごと私の体を優しく包み込んでくれる。
でも、『待ってる』って送ったんだもの。
「ちゃんと待ってないと…」
ここで意識は途絶えた。
…息が苦しい。
酸素が、吸えない。
微睡みのなかにいた意識が一瞬で浮上すると、酸欠。
胸倉を掴まれて、噛みつくように合わせられている唇。
襲い来る獣のような姿は、待ち人。
「『待ってる』て寄越したのはテメェだろが、うるはチャンよぉ」
あまりの苦しさに胸倉を掴んでいた右手に両手を添えると、ようやく私の唇を解放してにやりと悪い笑みを浮かべた。
「…勝己、おかえり」
呼吸の合間に紡ぐとまた噛みつかれる。
角度を変えて、舌を差し入れて。
唇から溶け合ってひとつになるくらいのキス。
次に解放されたときにはもう指先を動かすことすらも億劫になっていた。
ぐったりと、最高に柔いソファに身を預けていると、今度は首筋に鼻を押し付けられる。
くすぐる様に、上から下へとゆっくりとなぞられると、押し殺しきれなかった吐息が漏れた。
「テメェの匂いが一番落ち着くわ」
そう言って笑う勝己の首に縋りつくと、大好きな大好きな勝己の匂い。
甘い甘いニトロの匂い。
どれだけつれなくされても、どれだけ乱暴にされても、やっぱり私はどうしようもなく勝己を愛してる。
「抱くぞ」
寝んなよ、と首筋に歯を立てられる。
返事の代わりにそっと足を絡めた。
「声、抑えんなよ」
逃げ出す理由など、ひとつもないのだから。
なんでもない顔で現れて私を好き勝手抱く度に、きっと何度だって赦してしまうんだ。
不毛だってわかってるのに、バカみたい。
でも、わたし、バカだけど幸せになりたいの。