ずっとストイックに前だけ見てるじゃない?
付き合ってるはずなのにあなたの気持ちが全然見えなくて、とても怖かったの。
だから逃げ出すことにしたの。
「手紙、もう見たかな」
深夜2時。
一緒に暮らしてたマンションに書置きひとつ残して衝動的に飛び出してきた。
当座の着替えとわずかな現金と、電池が切れそうな携帯だけボストンバッグに詰め込んで。
合鍵は、施錠した後ドアポケットに投げ捨ててきた。
もう帰らないんだって、決めたから。
あなたのことがわからない、なんて馬鹿みたいなセリフを吐いたことはない。
どんなに勝己が荒れてたって物わかりのいい女でいたつもり。
もう、限界だった。
急な仕事で家を飛び出されるのも。
連絡のないまま夜を明かすのも。
いつだってあなたの瞳に写るのが私じゃないことも。
なんで私と一緒にいたんだろう。
なんで、隣に立つ女に私を選んだんだろう。
私はあなたが思うほど強い女じゃない。
「…怒るかな」
「どちゃくそ怒っとるわ、クソ女」
突然に後ろから聞こえたのは今一番聞きたくない声。
振り向くとなぜここにいるのかわからない彼氏の姿。
「なんで…」
「探したわ。こんな書置き一枚で出てけると思うなよ」
ぼんっと小さな爆発で粉々になる私の別離の決意。
混乱と諦念で固まる私を、勝己は壊れ物を扱うようにそっと抱きしめてきた。
こんな抱き方できるなんて、今初めて知る。
どうして、どうして、逃げ出そうとする前に。
もうだめだ。
好きの気持ちと怖いの気持ちが瞳から溢れて涙の形で零れ落ちていく。
「勝己…」
「うるは、」
耳元に吹き込まれる勝己の声が私の身体を甘く縛る。
「勝手に俺から逃げんな」
どさり、と手に持ったボストンバッグが落ちる音がなぜか遠くの方に聞こえた。
ああ、どうやったってこの腕からは逃げられない。