「わたしね、誰の名前も呼ばないようにしてるんだけど、それってとってもふべん」

 当たり前の顔をして、ぼくのポテトを摘みながら言う。
 名前を呼ぶのは好意の証だから。わたしは誰も好きでないから、誰の名前も呼ばない。らしい。

「ぼくを呼ぶのは?」
「菊地原センパイはいいの」
「何が」
「なんでも」

 何がいいのかさっぱりわからない。

「風間さんの名前はよく呼んでるよね」
「え〜、呼んでないよ〜」
「風間隊に入れてってよく言ってくるくせに何いってんの」
「それはいいの〜。固有名詞だもん」
「名前でしょ」
「風間さんのことは呼んでないもん」

 いま、呼んだくせに。

「とーにーかーく、ふべんなの!」

 不満げに頬を膨らませて、ストローを噛んでいる幼馴染みを見る。
 誰の名前も呼ばないなんて、そんなこと、きみにできるはずがない。小さい頃からぼくの名前をしつこいくらいに呼び続けて、雛鳥よろしくぼくの後ろをついて回ったきみに。
 好きである証だから、好きではないから、と名前を呼ばないようにしている時点で、きみはその誰かが好きなくせに。好きではないと言い聞かせるように、名前を呼ぶのを拒むのは、いつかの未来が怖いからでしょ。たいせつになってしまった誰かを、失う未来を想像しているから。
 名前を呼ばないように、って意識して、言い掛けた名前を飲み込んでいること、ぼくには聞こえているのだと、知らないのだろうか。ぼくの耳が欲しいと宣うくせに、肝心なときには忘れている。
 そもそも、きみは迂闊で間抜けだから、誰もきみがそんな決まりを作っているなんて知らないよ。平気な顔して、当たり前のように、誰かの名前を呼んでるでしょ。

「ねえ、しろーくんったら。聞いてるの?」

 ほら、いまだって。

「きみが、間抜けだって話なら聞いてる」
「そんな話ししてないよねぇ?」

 間抜けな顔して、ぼくの名前を呼んでるくせに。