轟焦凍

 世間はバレンタインデーだという。
 祝日でもないこの日を、毎年特に気にも止めていなかった。

「チョコうめえ!義理でもうめえ!!」
「まーでも、本音は本命も欲しいよなぁ」
「贅沢言わないでおこうぜ」

 クラスの女子から貰ったチョコを見つめていると。
 何やら泣きながら食べる上鳴と、それに続く瀬呂と切島の会話が気になる単語が出てきた。

(本命………)

 そして、話題はみょうじが本命チョコを誰かに渡したとか何とか。

「緑谷」
「ん?」
「本命チョコってなんだ?」

 そう聞くと、緑谷が答える前に「お前のその手の中に大量にあるもんだよ!!」と、上鳴からすごい勢いで答えられた。

「これが本命チョコなのか」

 手の中にある箱や袋やらを見つめる。
 廊下を歩いていたら、見知らぬ女子から貰ったもの。

「うん、きっと轟くんなら、たぶんほとんど本命じゃないかなぁ」

 笑いながら緑谷は言ったあと、続けて本命チョコと義理チョコはなんたるかを説明をしてくれる。それを聞いて、考えた。

(じゃあ昨日、みょうじに貰ったチョコはどっちなんだ――?)

『焦凍くん。明日きっとたくさんチョコを貰うだろうから先に渡しておくね』

 芦戸らに問い詰められているみょうじを見る。彼女いわく、本命は貰った人にしか分からないらしい。

(もしかしたら……、その相手は俺かも知れねえのか)

 期待をしてしまう気持ちを抑えて。


「みょうじ!……話がある」

 帰る前に、彼女を引き留めた。

「昨日、お前がくれたチョコは――本命チョコなのか?」

 逸る気持ちのまま聞くと、みょうじは少し目を見開いて驚き顔をしたあと、くすりと笑う。

「単刀直入だねぇ」
「どうなんだ?本命なのか?義理なのか」

 ずいっと詰め寄ると、今度は戸惑いながら「ほ、本命です」と答えた。

 ……わりィ。ちょっと強引過ぎた。

 でも、そうか…。本命、か。

「それは、つまり……」
「…うん」
「俺のことが、好きということ…なんだよな?」

 少しの沈黙のあと、みょうじは初めて見るような表情で「…そういうことですね」と答える。

 何故敬語なのか気になったが、今気にすることはそこじゃないだろう。(顔赤くなってる…。……可愛い……)

「俺も好きだ」
「!」
「これからお菓子を買いに行かねえか」
「……お菓子?」

 良いけど…なんでお菓子?と不思議がるみょうじに。

「ホワイトデーまで待てねえから。今、お返しをしたい」

 そう言って、彼女の手を取った。

「…焦凍くんって、行動力あるよね」

 笑う彼女に「そうなのか?自分じゃ分からねえ」と答える。

 こんな風に、自分じゃ分からないことや――知らない自分を教えてくれる彼女だから、きっと俺は好きになったんだ。



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