バレンタインデー……か。
当日、そわそわしているクラスメイトに――俺はいかにも興味がないという風に横目に見る。
が。本当はまあ、ほんの少し興味があったりする。
(みょうじさんは誰かにあげるんだろうか)
交遊関係が広い彼女なら、あの性格からしても、義理チョコやら友チョコやらあちらこちらに配ってそうだが、そんな彼女が渡す本命チョコの行方が気になっていた。
そんな対象がいるかは知らないが、いてもおかしくないとも思える。
その相手が俺だったらなんて、そんならくしない事を考えてしまうのは、それこそ――……
「…………………は」
不意に視線を下にずらし、思わず間の抜けた声が自分から出た。
いつの間にか机の上に現れた綺麗にラッピングされた箱。……。待て待て。どういうことだ。いつ、現れた。
慌てて周囲をぐるりと見渡す。
変わらず周りは、バレンタインの話で盛り上がっている。
(…………っマジか)
机の上にあるそれをじっとみつめた。
これは……紛れもなくバレンタインのチョコ……だよな?
気づかれずに一瞬のうちにチョコを机の上に置く――それを"個性"で出来て、こんなことをしそうな人は一人しか知らない。
少なくとも、俺の知り合いには。
「あれ、心操、チョコもらったのか!?」
「それ、本命チョコじゃない?」
「おー誰から貰ったんだよ?」
集まって来た声に「名無しさんから」と答えれば、彼らは不思議そうな表情を浮かべる。
とりあえず。このチョコは家に帰って、ゆっくり味わうとしよう。
「あ――心操くん!」
翌日。廊下を歩いていると、声をかけて来た例の"名無しさん"。
「心操くんは昨日、誰かにチョコ貰った?」
そう声を弾ませ聞くみょうじさんに、あーと俺は口を開く。
「そういや、名無しのチョコ貰ったんだけど、心当たりがないから欲しいやつにあげてさ」「なぁ!?」
俺の言葉に、まるでギャグコミックの衝撃を受けたような顔をするみょうじさん。
吹き出しそうになる。
「あんな風に渡す人、私しかないくない!?」
いや、自分で言うのか。
「せっかく心操くんのために心を込めて作った本命チョコを……!」
そう言って、肩をがっくり落とすみょうじさん。
――……そうか。
不確かだった期待が確信に変わって、顔がにやけそうになるのを抑えた。
「あれ、本命チョコだったんだな」
「あ…」
「――さっきの嘘だ。おいしかったよ」
「!」
今度は「してやられた!」という顔をしている彼女に、声を出して笑う。
みょうじさんと一緒にいる俺は、よく笑うと思う。
ただ一緒にいると楽しいという、単純な理由で。
「心操くん、かまかけたね!」
「意外にみょうじさん、引っ掛かるよなァ」
頭は良いはずなのに、根が素直なせいか、こんな風に口を滑らせて。
……まあ、そういう所も可愛いと思っているけど。
「チョコ、ありがとう。…すげー嬉しかったよ」
ホワイトデー、期待して待ってて欲しい。
その時に、俺の気持ちもちゃんと伝えようと思う。
「……とういうことは?」
「ここで伝えるのはムードがないだろ」
それまで、せっかくだからこの甘くてもどかしい関係を楽しみたい。