キスをしないと出られない部屋

 最近、巷を騒がせている犯罪事件――

 "条件を満たさないと出れない"という部屋に閉じ込められる悪質な悪戯のような事件だ。

 あろう事か、

「これって、その事件だよねぇ」
「うん…ニュースでやってた特徴と一致するからたぶんそうだと思う」
 
 僕とみょうじさんが閉じ込められていた――。

「みょうじさん、"個性"使えそう?」
「無理みたい。無効化されてる感じ」
「僕の方もだ」

 脱出するには条件をクリアするか、外部からの救助か……。
 これまでニュースで被害にあった人たちは条件クリアして脱出したものがほとんどだ。(まあ、そのクリア条件が……ゴニョゴニョ)

 僕たちに与えられた条件は――

『この部屋はキスをしないと出られません。もちろん頬や手の甲などアウト!』

「……!!」
「……。ふざけてるね〜」

 そう宙に映し出された文字。
 ドッドッドと心臓が高鳴る。

(キキキキスぅ………!?)

 みょうじさんとッ!?

 思わずみょうじさんの横顔――の、唇に目がいく。
 色良し、形良し、触れたら甘くて柔らかそうな――……

「愉快犯の仕業だよね……、でっくん?」
「ッスミマセン!!」
「へ?」

 不意にこちらを向いたみょうじさんに慌てて謝ってしまった。まずい、不埒な想像をしてたことがバレてしまう……!

「別にでっくんが謝ることじゃないでしょ?悪いのは犯人だよ」

 くすりと笑ってそう言うみょうじさんに、ほっとすると同時に真面目な口調で言った彼女に申し訳なく……。

「うん……たぶん、どこからか反応を見てるんだと思う」

 再び辺りを見渡しながら。

 "個性"は使えない。
 ドアもない。
 自力では脱出不可能な空間。

「脱出するには……じょ、条件クリアか救助を待つしかないみたいだね……。僕たちがいなくなってくれたことから、このことに気づいてくれると良いけど…」

 気づいたとして、"個性"の持ち主に辿り着けるか……。

「ぼ、僕としては条件クリアもみょうじさんが、よ…良ければだけど…。どんどん過激にならないとも限らないし、ね…」

 ドキマギしながらみょうじさんの反応を伺うように言う。

「……願ったり叶ったりと言うか…って何を思ってるんだ僕は!!そんな犯罪を大義名分にしてみょうじさんの唇を奪おうなんてヴィランと一緒じゃないか……ブツブツ……」


「………………………………」
 ――でっくん。気づいてないみたいだけど、思考回路タダ漏れしてるよ……。


「みょうじさん!諦めずに他の脱出方法がないか考えよう!」
「あ、うん」

 この不可解な現象が"個性"なら、必ず何か突ける隙があるはずだ。

「ねえ、でっくん。真剣に考えてるところあれだけど……大丈夫だよ」
「?」
「私の後ろ楯が最強なことをでっくんも知ってるでしょ」
「……へ?」

 う、後ろ楯?

「泣く子も黙る特務課の安吾さん!」
「無効化という驚異の"個性"を持つ太宰さん!」
「無個性にして世界一の名探偵、乱歩さん!!」

 ね?と得意気に笑うみょうじさん。(た、確かにヴィランは裸足で逃げ出し、ヒーローも苦戦しそうな最強の後ろ楯だ…!!)

「暇潰しにしりとりでもして、救けが来るのをのんびり待ってよぉ」
「そ、そうだね…」
「じゃあ私から。…テレポート!」
「ト…虎!」
「ラグドール!」
「ル〜〜…ルール!(小大さんのヒーロー名)」
「…じゃあルミリオン!あ」
「あはは、みょうじさんの負けだ」


 いつの間にかヒーロー名しりとりになっていると、みょうじさんの予想通り僕らはあっさり解放された。


「なまえ、大丈夫でしたか…!?嫌な思いは――」
「安吾さん、大丈夫だよ!でっくんと一緒だったし」

 みょうじさんの言葉に、安吾さんの視線が隣にいる僕に移る。

「ああ、緑谷くんと一緒なら安心です。…ですね?」
「みょうじさんには指一本触れてませんっ!」

 朗らかな笑顔なのにそう言わざる得ない圧に。(いや、本当に指一本触れてないけど…)

 元凶のヴィランはもちろん逮捕され、僕らの事情聴取もそこそこに終わった。

「みょうじさん、港まで送るよ!」

 自由に帰っていいとのことで。
 帰り道、みょうじさんと並んで歩く。

 すっかり陽が落ち、夕焼けの海は綺麗だ。

「ねえ、でっくん」

 ふとみょうじさんが立ち止まり、海を見ながら僕の名前を呼んだ。

「私、嫌だったんだ」
「っ!」

 い、嫌だったって………

「見世物になるのも。誰かの意図で動かされてるみたいなのも」

 みょうじさんはこちらを振り返り。
 まっすぐと見つめられる。

「だから……これは、」

 徐々に縮まる距離。

「私の意思」

 彼女の綺麗な瞳が閉じられる。

「―――」
「……っ送ってくれてありがとうでっくん。また、明日!」

 照れ臭そうにはにかみ、みょうじさんは"個性"を使ってパッとその場から消えてしまった。

 ――僕の唇に触れたそれは、紛れもなく。

 残された僕はひとり、その場に佇む。

(い、今のって…。自分の意思ってことは…………??)

 残ったその甘く柔らかい感触を指でなぞった。

(っみょうじさん〜〜〜!!!)

 ――きっと僕は、彼女に一生勝てない。

 後から込み上げて来た感情。
 顔が熱い。
 このまま、海沿いをうおおぉと叫んで走りたい。

(明日、みょうじさんと顔を合わせたら、絶対顔がにやけてしまう自信がある…!それに、ちゃんと僕の気持ちも……)



 *



「(あああ……勢いでやっちゃった!)」

 ――恥ずかしい!!

「(気持ちを伝えたかったとはいえ、大胆過ぎたかも……このまま海に見投げしたい……!明日どういう顔ででっくんと会おう?)」



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