自分がされて嬉しいことは、相手にもしてあげたいと思う。
だが、それが相手にとって嬉しいかどうかはまた別の話だ。
なら、どうすれば良いか――俺は直接本人に聞くのが間違いないと考えた。
「……というわけなんだ」
「…つまりはホワイトデーのお返しは何が良い?ということですね」
「ああ、話が早くて助かる」
俺の言葉に彼女――なまえは何故かおかしそうに笑った。
「何が良い?俺に出来ることならなんでも言ってくれ」
「そんな大袈裟じゃなくて良いんですけど……」
うーんとなまえは少し考えてから、あっと何かを思い付いたようだ。
「じゃあ環先輩と一緒にデザートビュッフェに行きたいです」
デザートビュッフェ……。
俺は行った事はないが、食べ放題のデザートバージョンだとは知っている。
「ホワイトデーでカップル割りしてお得みたいですし」
「カップル割り…!」
「先輩とデートしたいです」
「っデート…!」
「環先輩…?胸元抑えて大丈夫ですか?」
「気にしないでくれ……。俺にはハードルが高い言葉に少し動悸がしただけだ…」
「(動悸…?)」
この動悸は恋によるものだと、ミリオに教えて貰ったばかりだ。(ちなみに波動さんに言わせればこれは「きゅん」と言うらしい)
「ええと、無理はしなくて……」
「いや、行こう」
気を遣おうとしたなまえに、きっぱりと答える。
何より彼女が喜ぶ事を俺はしたいのだ。
バレンタインデーのお礼としてだけではなく。
「…けど、一つ問題がある」
「問題?」
「君と俺がカップルに見えなかったらどうしよう」
重要な問題。君みたいなキラキラした女の子に俺は釣り合わないなんて、もう言わないけど。
他人から見てとなると話はべ、つ……
「……。そんなに笑わなくても……」
クスクスと笑うなまえに、ほんの少し、うらめしく。(俺は真剣に考えていた)
「ごめんなさい。でも、大丈夫です」
――どこからどう見ても私たち、カップルにしか見えませんから!
「わぁ!環先輩、おいしそうなデザートがいっぱいありますよ!」
「色んな種類のケーキがあるんだな」
――根拠のない自信満々の言葉だったけど。なまえの言う通り、俺たちはカップルと認められて無事店内に入れた。(良かった、カップルに見えたみたいだ)
……が。
「カップルだらけだ……」
「私たちもカップルですから何も怖がることないですよぉ〜」
そ、そうか……。
なるべく視界に入れないようにしよう。(それはそうと……)
なまえの初めて見る私服姿。新鮮で、可愛いなと思う。
「先輩もケーキどれにするか迷ってます?」
いや、君に見惚れていた。
「そうだな……俺は――」
「あ、モンブランが好きなんですか?」
「味も好きだけど、元は栗だから…食べるとイガ栗の棘を再現できるんだ」
こんな時でも"個性"ありきで選んで考えてしまう自分に、困ったように思いつつも誇りにも思えるようになったのは。
「なるほど〜さすが先輩!しかも強そう!」
(きっと、君のおかげだな)
「ちなみに環先輩。電気ウナギ食べたらビリビリにできるんですか?」
「いや…どうだろう。食べたことないから…というか電気ウナギって食べられる…?」
「ウナギってつくくらいですし…。あ、あとワニ!ワニ再現できたら、強そうだなって」
「ああ、確かに。ワニ肉は話には聞くし…」
「熊!あ、イノシシ鍋…」
「……。ちょっと話の方向おかしくなってないか?」
これは甘いデザートを食べて話をする内容ではないと俺にも分かる。
「先輩の"個性"ってかっこいいから。他に何再現できるかな〜って考えるのが楽しくて」
――なのに。話の内容と似つかない笑顔でそんな事を言うから…困る。(ワニ肉……どこで手に入るんだろう)
「次、私もモンブランにします!あ、ナポレオンパイもおいしそう。でも、これ食べづらいんですよね〜」
「食べてる途中で崩れてぐちゃぐちゃになりそうだな。でも、食べたいものを食べるのが一番だと思う」
「じゃあ、先輩。どっちが綺麗に食べられるか勝負しましょう」
「…望むところだ」
──こんな風に、なまえと一緒にいると、自然と笑っている自分がいて。
ああ、これが恋であって、俺は彼女のことがとても好きなんだと思う。
ケーキをおいしいと食べるその幸せそうな顔を見れただけで、俺は嬉しい。
勇気を振り絞ってここに来たかいがあったと──崩れたパイの欠片を口に入れた。