◯◯にしたいNo.1ヒーロー!

 合理性を極める男に、合理的じゃない日常がやってきた――。

「相澤くん、相澤くん。今、女の子と一緒に暮らしてるんだって?」
「………………………」

 うきうきしながらそう聞いてきたのは、トゥルーフォームのオールマイトだ。
 マイクのヤツ……と、瞬時に原因の顔が思い浮かび、彼の顔が歪んだ。

 いや、元を辿れば、ぽろっとそんな話をこぼしてしまった自分が悪いのだが。

 何故こうも噂話は広まるのが早いのか。
 そして、何故こうも事実からねじまがって伝わるのか。

 そして、これかい?これかい?と、小指を立てながら聞いてくるオールマイトにげんなりしながら、相澤は口を開いた。

「……ただの親戚ですよ。期間限定で転がり込んで来ただけです」
「なあんだ、そうだったのか。てっきり私は相澤くんに春が来たのかと思ってね」
「さっきから古いんですよ、オールマイトさん。あなた一体いくつなんです?」
「おっと、年齢はトップシークレットだぜ!」

 HAHAHAと笑うオールマイト。

 No.1ヒーローで平和の象徴といわれる男だが、相澤の目の前にいる彼は、ただのガリガリの陽気なおっさんにしか見えない。

「でも、男女が一つ屋根の下で暮らしてるわけじゃない?なんもないの?」
「あるわけないじゃないですか。歳も離れてますし、あいつは妹みたいなもんです」

 ミッドナイトの言葉に、今度はうんざりと返す。
 自分が話の中心になるのも彼は好きではないが、面白そうな話題に彼らが放っておくわけもなく。

「まあ、何かあってもここでは言えないでしょう」
「あら、つっこむじゃない?セメントス」

 今日は一日中、眉間に深いシワを寄せて、過ごすことになりそうだ……。

「おっ!なんか盛り上がってんな!」
「マイク!お前、余計なことしゃべりやがって……」


 そもそも、さらに元を辿れば。

 元凶は昨日の夜になんの事前に連絡もなしに突然やって来た、あの跳ねっ返り娘のせいである――……


「消兄!お願い!少しの間で良いから家に置いてくださいっ!!」

 これには相澤も面食らった。
 パンっと顔の前で手を揃え懇願する、跳ねっ返り娘こと――なまえ。

 最後に会ったのはいつだったか。
 新卒で地方に就職したとは聞いたが。

「置いてくださいってお前……」

 一体、何があった。

「ちょっと色々あって、仕事を退職したの。それでこっちで就職活動したいと思って、決まるまでの間で良いから……!」

 そういえば、就職先は両親の伝だったという話も思い出した。
 勝手に退職した手前、実家にも帰れないらしい。(だからつって何で俺んとこに……)

 とりあえず入れ――と、相澤はなまえを家に上がらせる。

「よく、うちの住所が分かったな」
「消兄のヒーロー事務所行ったら教えてくれたよ?」

 ……。おい、どうなってるうちの事務所のコンプライアンスは。

「おじゃましまーす…って、何もなッ!」

 ミニマリストってやつ?と部屋を眺める彼女に「コーヒーでいいか」と相澤はがらんとしている食器棚からカップを二つ取り出した。

「あ、お構い無く。砂糖とミルクも一緒にお願い、消兄」
「どっちだ……。親御さんにはちゃんと言ってあるんだろうな?」
「退職したことは自分の口からは言ってないけど、当然知ってるはず。消兄の家に居候するのもまだ言ってないけど、ヒーローでもある消兄のところなら大丈夫だと思うわ」
「そもそも俺は、まだ居候させるとは言ってない」

 テーブルには煎れたてコーヒーが二つ。相澤は冷蔵庫から牛乳パックを取り出す。
 あとは砂糖だが、んなもんはこの家にはない。
 が、そこで彼は思い出して、これまたスッキリした引き出しからシュガースティックを出してぽいっとテーブルに置いた。

 いつだったかテイクアウトでコーヒーを買った時に勝手に付いてきて、放置してたものだ。

「お願い!ちゃんと居候代としてその分、お金は入れるし…。安心して頼めるのは消兄しかいないの……」

 それらをコーヒーに入れる前に、なまえは再び懇願した。

「……………」
「家事もするし、消兄のパンツも洗うからさぁ」
「年頃の娘がパンツとか言うな…」

 あっけらかんと言う姿は、昔のままと変わらないようだ。
 大人になって疎遠にはなったが、昔はそれなりに彼女のことを可愛がっていたことを相澤は思い出した。

「年頃の娘が家出とかやばいでしょ?」
(お前ぐらいの年頃の娘には家出とは言わん)

「…………………わかった」

 相澤は折れた。ここで断り、妙な行動を起こされても困るからだ。

「ありがとー消兄!」
「ただし、親御さんに連絡と、新しい職場が決まるまでだぞ」

 はーいと調子よく答えながら牛乳と砂糖を入れるなまえに「はーいじゃない"はい"だ」と生徒に言うように注意する相澤だった。


 ――こうして。


「寂しい独り身のアングラヒーローの家に、帰れば若い娘が待ってるなんて良かったじゃねえかイレイザー!!」
「……。人の回想に勝手に入ってくんじゃねえ」

 つーか、お前も独り身じゃねえか…。

 それに、勝手に寂しい独り身と決めつけられて心外である。


「消兄おかえり!お仕事ご苦労さま!」
「……ただいま」

 まあ、家に帰ると誰かがいてくれて、こうして出迎えてくれると言うのも、悪くないかも知れない。

「晩飯作ったのか」
「うん。今、料理勉強中で。食べたら感想教えて」

 もう消兄の家何もないから揃えるの大変だったよーとなまえは続けて言う。

 食に興味がなく、適当に食べて生活している相澤にとって、手料理を食べるのは久々である。

 出されたのは大皿のおかずにご飯と味噌汁と副菜と。
 詳しくはないが、バランスは取れているのではないだろうか。

「どうどう?」
「まあ…うまいが、ちょっと味付け濃くねえか」
「えーそっかぁ。男の人はこれぐらいがっつりの味付けが好きだと思ったんだけど……」
「お前、俺がいくつだと思ってる」
「三十路?」
「ん」
「消兄が三十路なんて、私も歳取ったわけだわ」
「そりゃあこっちの台詞だぞ」

 小さい頃から知ってる子が、社会人になっただけでもなんだか感傷深い。

「――次の就職先の希望はあるのか?」
「教師でもある消兄に聞かれると、進路相談を思い出すね」
「茶化すな。真面目な話だ」

 相澤の言葉になまえは少し考える素振りを見せ、やがて口を開く。

「消兄はすごい"個性"を持ってるじゃん?それでヒーローにもなったし」
「………」
「でも、私は大したことない"個性"で、生かせる職業もないし、生まれた時からある程度生き方って決まってるんだよね」
「…俺だって最初からお前が言うような、すごい"個性"じゃなかったよ」

 それはお前もよく知ってるだろ――相澤が言うと、彼女は自虐じみた笑みを浮かべる。

「…うん。そこで努力した消兄はすごいと思う。私はだめだった。両親が「お前でもできるだろう」って、仕事を斡旋してくれたけど、上手くいかなかった」

 どうやら仕事の方の問題だけでなく、両親とも確執があったらしい。

「…一度だめだったぐらいで人生終わったような顔をするな。お前自身を生かせる場所で働けばいい」

 まだ彼女は若い。いくらでもやり直しが利くのだ。

「ありがとう、消兄……。私もそう考えてね――」

 彼女は「じゃんっ」と打って変わって笑顔と共に、チラシを見せる。

「婚活、してみようと思って!」
「………………………」

 永久就職かよ――相澤は心の中でつっこんだ。
 チラシには「より良い結婚を求めるアナタのための出逢いの場」と書いてあり、婚活パーティーのチラシらしい……。

「高スペックな男性をゲットして、私、専業主婦になるわ!!」

 どうも彼女の知能は大人になっても成長しなかったらしい。
 真面目にアドバイスした自分に馬鹿らしくなって、すっと相澤は席を立つ。

「風呂入って寝る」
「お背中流しましょうか?」

 後ろから聞こえてきたにやけた声に「追い出すぞ」と言えば、慌てて「嘘です嘘です!」という声が返ってきた。

(……ったく)

 高スペック男を、なまえに捕まえられるかはともかく。
 真っ当な男が彼女の面倒を見てくれれば…と相澤は思った。


 ――なまえが居候して来て、数日経過。


「ねえ、消兄。婚活パーティーに着ていく服、どっちがいいと思う?」
「俺に聞くな…」
「えーいいじゃん。参考までに、ね?」
「……右」
「う〜ん、ちょっと地味過ぎない?」
「んじゃあ左」
「……。消兄、適当すぎ」

(仕方ねえだろ……)

 熱心に婚活に取り組んでる彼女を見て、はあと相澤はため息を吐く。
 その熱心さを新しい仕事探しに向けても良いと思うが。

「……なまえ。昔話した夢はどうなんだ?そっちの方面の仕事すりゃあ良いんじゃねえか?」

 相澤は昔、彼女が自分に話した将来の夢の話を思い出した。
 確かに困難な道かも知れないが、不可能ではない。

「……やだなぁ、小さい頃の夢だよ?今の私の夢は、お嫁さんなんです」
「…そうですか」

 素っ気なく相澤は答えたが、どうも彼女の本心は別にある気がした。


 相澤消太は教師だけでなく、現役プロヒーローだ。
 緊急の要請があれば、家に帰って来れない日もある。

 その要請が今であり、相澤は捕縛布でぐるぐる巻きにしたヴィランを片足で踏みつけていた。

「くっそ……"個性"が効かねえなんてそんなのアリか!?」
「効かねえんじゃねえ、"消"したんだ」

 程なくして到着した警察にヴィランを渡せば、任務完了だ。

「イレイザー、緊急に呼び出してすまないね。君は合理的だから、迅速にヴィランを確保してくれて助かるよ」
「それがプロヒーローの仕事だからな」

 顔馴染みの刑事の言葉に、相澤は大したことないと返す。

「そういえば、近頃若い女性の失踪事件が発生していてな。詳細がわかり次第、君にも依頼をするかも知れない」
「若い女性……?」

 その言葉に、つい相澤は反応した。
 ちょうど若い女性と言えるのがうちに居候しているからである。

「ああ。マッチングアプリだったり婚活サイトだったり、いわゆる出会いを求める場で拐われてるらしい。見知らぬ者同士、犯行を行いやすいからだろう」
「……………」

 相澤はまさかと思ったが。
 事件の状況が揃っている。

 一抹の懸念に、ちょっと失礼とその場で電話をかけた。

『お客さまのお掛けになった電話番号は……』

 返ってきたのは無機質な声。

「どうかしたのか?イレイザー」
「……いや、じつはな」


 相澤が刑事に事情を話した。
 彼の懸念通り――……


「馬鹿な女だぜ!!」
「……っ!」


 今まさに、なまえは事件に巻き込まれ、ヴィランに捕らわれていた。


「高身長?高収入?高"個性"?――そんな男はいね〜〜〜よ!!!」

 憎たらしく笑いながら言うヴィランを、縛られて猿轡をされている彼女は睨む。

「ンー!ンー!ン〜〜!」
「ん?なんだぁ命乞いかな?まあ、お前は売っ払っちまうから殺さねェけどな。――おい、外してやれ」
「へい」

 ヴィランは下っぱヴィランに命令して、なまえはぷはぁと口を解放される。

「あんたたち…!いい気になってるのも今のうちよ!」
「おうおう、威勢のいい姉ちゃんだな」

 ヴィランたちはなまえの言葉を強がりからくる戯れ言だと思って笑う。

「ヒーロー、イレイザーヘッドが絶対救けに来るんだから……!!」

 消兄――……なまえは心から彼が救けに来ると信じていた。

 確かに小さい頃はすごい"個性"じゃなかった。

 でも、"個性"を使わなくたって。

 彼はいつだって、面倒くさそうな顔をしながらも、単なる親戚自分を助けてくれた。

 犬に追いかけられた時、親に叱られた時、進路に悩んだ時――。

 それは、他人から見たら些細な事かも知れない。

 でも、幼いなまえにとって、確かに彼はヒーローだった。

「ヒーロー、イレイザーヘッド?」
「誰だそれ?」
「知ってるかお前?」
「知らねェ」

 ヴィランたちはポカンとした後、一斉にドッと笑い出す。

「三流ヒーローかよ!」
「むしろ呼んでもらうかぁ?」
「イレイザーヘッドなんてスカしたヒーロー名でどんなツラしてんか見てみてぇもんな!」
「――こんな顔してんだが」

 笑い声に混じって聞こえた声。

「想像通りか?」
「「!?」」

 ヴィランたちの後ろで、音も無くいつの間に立っていたアングラヒーローはニヤリと笑う。

「っ…消兄……!!」

 ――救けに来るの、早ッ……!!?

「このヤロウ!!」

 ヴィランの攻撃をさらりと避けると同時に、彼の首に巻いてあった捕縛布がほどける。

「ぐあっ!」
「うお!?」

 それに気を取られたヴィランに、一人は肘鉄を喰らわし、もう一人は蹴り上げて。(まずは、二人――)

 呆気に取られていたが、それを見て臨戦態勢を取るヴィランたち。

「……っ!」

 一人のヴィランがなまえを人質に取ろうと、襲いかかるが――ぴたりとその場で止まった。

「そいつに手を出すな」

 低い声と共に。

 そのヴィランの首に引っかけた布を、ぐいっと引っ張れば「ぐえっ」と蛙のような声がその口から。

 そのままヴィランごと振り回し、周囲からは悲鳴が響く。

「…ひえっ!」
「こいつ…強ええ!!」

 首が締まって泡を吹きながら気絶したヴィランをごろんと解放してやった。

 戦くヴィランたち。

 その後は相澤にとって消化試合みたいなものだった。
 自身の"個性"を使うまでもなく、全員、ヴィランは床に伸せる。

 その一連の光景を目にし、なまえはぽかんとしていた。

 つ……強い……!!

 イレイザーヘッドは滅多にメディアに出ないので、その活躍を初めて目の辺りにしたなまえ。

 そりゃあストイックな人だったから実力はあるだろうと思っていたが、予想以上だった。

「大丈夫か、なまえ。怖い目にあったな」
「あ…うん。でも、消兄が早く来てくれたから……」

 そうは口で言っても、立ち上がろうとするなまえの足は、震えて――

「無理すんな。……ほら」

 そうしゃがみ、背中を向ける相澤。
 おんぶをしてくれるらしい。

「……小さい頃、犬に追いかけられて怪我した時、思い出すな」
「…ああ、そんな事もあったな」

 なまえはその大きな背中に素直にしがみついた。

「イレイザー。お嬢さんが無事で良かったな。あとはこちらで任せてくれ」

 刑事の言葉に相澤は無言で頷く。
 ヴィランたちは捕まり、他の被害者の行方もいずれ掴むだろう――。


「消兄………」
「ん?」
「私、消兄みたいな人と結婚したい。どこにいる?」
「………お前、それは止めとけ。一番結婚に向いてねえ男だぞ」


 そう相澤が言うと、クスクスと笑う声が背中から響く。
 こいつ――怖い目に合ったのに、懲りてねえのか。
 彼はそう思ったが、どうやら違うらしい。



「消兄。私、婚活は止める。……代わりに、あの頃の夢を追いかけてみようと思う」

 どういった心境だ――と相澤は思ったが。

「夢だったヒーローを叶えた消兄…やっぱりすごくかっこいいよ。私も、叶えられるように頑張ってみるわ」

 そういやあ、ぽろりと自分の夢をこいつに言っちまったっけ……と思い出す。

「短い間でしたが、お世話になりました」
「ああ……まあ、なんだ。また困ったことあったら相談に来い」

 暇だったら乗ってやる――その言葉に「昔から変わらないね、消兄は」そう最後に笑って言うと。

 彼女はこの家を後にした。

 がらんとした部屋が、少し寂しく感じる感情は気づかないフリをして。 



 ――……



「HR、始まるぞ。さっさと席につけ」
「もう着いてますって、相澤先生ー」
「上鳴、私語」
「ウエ!?」
「…アホ…」


 相澤消太に、いつもの日常が戻った。


「ただいま……」

 っつても、あいつはいないのか――

「おかえり、消兄!お仕事お疲れさまでーす!」
「……………………」

 笑顔で出迎えたなまえに彼の眉間に深い皺が寄った。

 何故、いる。

「立ち話はなんだから入って入って」
「俺の家だぞ……」

 とりあえず、自分の家に入ることにしよう。

「つーか、鍵は?」

 合鍵はちゃんと返してもらったが…。

「大家さんに言ったら家に入れてくれたよ?」

 ……。おい、どうなってるうちのマンションのセキュリティは。

「家を、ね。探してたんだけど、なかなか良い物件が見つからなくて……。ほら、家賃とか高いし」
「……………」
「だから、もう少し……仕事が落ち着くまで居候させてもらえたらなーって」
「……………」
「お願い!消兄のパンツ洗うからさぁ」
「パンツは洗わんでいい」

 はあ……と相澤はため息をついた。

「仕事が軌道に乗ったら、ちゃんと出て行けよ」
「ありがとー消兄!」

 再び彼は、折れた。


 ――こうして。


 もうしばらく、相澤消太の日常は賑やかになりそうだ。


「なあ、今度お前ん家遊び行っていい?」
「(あいつとこいつを会わせたら面倒なことになりそうだな……)」



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