No.1ヒーロー、オールマイトの引退から数ヵ月後――……
大きな痛手を負ったヒーロー側は、新たなヒーロー体制や後進の育成に尽力していたが、状況は芳しくなかった。
勢力を増す敵連合。
抗争が激しくなるなか――。
此度、敵連合の一味の一人を捕らえたのは、ヒーロー側にとって大きな成果だった。
彼らの行方や"個性"、次の計画。何か一つでも情報を入手できれば、状況が覆す可能性がある。
「では……君の名前と年齢を教えてくれるかな?」
取調室で担当になった塚内は、あくまで穏和な口調で目の前の"少女"に尋ねた。
「みょうじなまえ、16歳。私、敵連合では最年少なんだよ、刑事さん」
物怖じせずに少女は答えた。余裕の笑みさえ浮かべている。
敵連合の一味とはいえ、少女だ。
尋問すればすぐに情報を喋るだろうと、警察は考えていた――が。
「どうやら、一筋縄じゃないかないようだ。口が堅いというよりは、のらりくらりと躱わされる」
塚内はまいった、という顔を浮かべて言ったあと、強面の刑事が口を開く。
「塚内、お前は温いんだ!少女といえ、敵だろ。少し締め上げればピーピー泣いて喋る!俺にやらせろ!」
「だめです。少女といえ敵ではなく「敵といえ少女」です。未成年の強引な尋問はあとあと我々の首を締めます」
「しかし、時間も限りがあるというのに……」
予想以上に取り調べは難航していた。分かった事は、彼女が敵連合にとって、重要な人物だということ。
何故なら――
『なぁ、俺たちの大切な仲間を返してくれよ。取り引きしようぜ』
死柄木自ら、彼女の身柄の受け渡しを交渉してきたからだ。
『あいつを無事に返してくれるなら、こっちも善良な一般市民を返してやるよ』
死柄木が持ちかけたのは、人質交換。
『まさか、ヒーローや警察が世間の目を前に人質を蔑ろにしねえよな。俺はどっちでもいいぜ?あいつも敵連合の一味である以上、覚悟はあるだろうからな』
ネット動画を介しての要求。その要求は呑んでも拒否しても……
『何故敵に屈した』
『要求を拒否して、人質を見殺しにした』
世間からの避難が待っている。警察もだが、ヒーローの地位もこれ以上落とすわけにはいかない。
それは、敵連合の筋書きを意味する。
それを回避するには何としてでもみょうじなまえから情報を吐かせ、人質解放と敵連合をここで捕らえる他なかった。
「塚内くん、ちょっといいかな?」
「オールマイト?まさか、君が彼女の取調でもするつもりか」
塚内の問いに「いや……」と、オールマイトは短く否定してから「彼にやらせてほしいんだ」と、答えた。
オールマイトの後ろから姿を現したのは……
「緑谷くんっ」
「僕に彼女と話をさせてください。同い年ですし、何か話が聞けるかも知れません……!」
まっすぐと強い眼差しで言う出久に、塚内はしばし考えてから「……分かった」そう許可した。
彼は仮免取得したばかりだが、今回の戦いの功労者であり、彼女を確保できた一因でもある。
――取調室で、なまえはただ時間が経過するのを待っていた。
あくびが出るほど生温い尋問だった。未成年とはいえ、敵ということにもっと苛烈な取調を受けると思ったが。
扉が開いて、次に入って来た人物を目にすると、なまえの口元に笑みが浮かぶ。
「君、知ってるよ。緑谷出久くん。ヒーロー名はデクだっけ。トガちゃんが君のことよく話してるから。今回、私の計画を潰しておいてよく顔を出せたね」
弔くんに怒られちゃう――。なまえが正面上親しげに話すとは反対に、出久は硬い表情のまま向き合うように席につく。
「敵連合について、知ってることを教えてくれ」
「なんで?そんな風に聞いて、今まで黙ってた私が話すと思う?」
「君が引き返すなら、今だと思うから」
……引き返す。引き返す?
「私は自分の意思で敵になったから、引き返す道なんてないよ」
「どうして……君は敵にっ……」
「ヒーローが憎いから」
その問いに、間髪を入れずなまえは答えた。
「……私の家族はね。事故に合ったとき、ヒーローに見殺しにされたの。私の家族より社会的に地位の高い人を守るために……」
そう話すと、彼の顔はみるみるうちに悲痛に歪む。その顔を見て、なまえはふっと笑みを溢してから再び口を開いた。
「嘘だよ、嘘!ごめんね。だからそんな悲しそうな顔しないで」
「……っ嘘って……!」
「出久くん。敵の言うことを鵜呑みにしちゃだめだよ。嘘つきなんだから」
特に、私は。
「あ、でも、私がヒーローが嫌いなのは本当かな。ううん、大嫌い」
「……本当は、それも嘘なんじゃないか」
静かな、だが、鋭さがある出久の返しに、ちらりとなまえは彼に目をやる。
「逆に聞くけど、出久くんはどうしてヒーローになったの」
「……僕は、救けたいと思ったから」
――困っている人を。救けを必要としている人を。
「じゃあ……出久くんは私も救けてくれるの?」
「君が救けを必要としているなら」
その問いに、今度は出久が間髪を入れず答えた。
その言葉を聞いて、なまえは瞳を閉じる。
そして、再び開けると同時に言った。
「君じゃ、私を救えない」
――救えない。その言葉は出久にとって、心を抉る言葉だった。
例え、敵の口から出た言葉だとしても。
救いを求めるなら、誰であろうと敵だろうと関係ないのだから。
あってはいけないのだから。
「ヒーローなのに。ヒーローだからこそ、君は私を救えない」
救けて欲しかったのに――。
そのなまえの言葉は、ゆっくりと出久の中に、まるで白い紙に黒いインクを垂らすように侵食していった。
「――すみません。僕は……、何も言えなかったっ……!」
「緑谷少年……!」
「いや、君は悪くない。我々が甘く見ていた」
――彼女は、紛れもなく敵だったのだ。
結局、なまえからは何も情報を得られないまま、取引の日が来た。
指定された場所は、古い廃墟と化したビルの中。
警察やヒーローたちが敵連合の面々と距離を取って対峙する。
ピリピリとした緊張感。
緊迫した空気の中では、息を飲み込む音でさえ憚る。
「まずは、そちらの人質を解放して貰おうか」
「おいおい、ふざけんな。なまえの解放が先だろ。人質渡した途端、お前ら俺らを捕まえに来るだろうが」
毅然として言った塚内に、死柄木は笑い飛ばす。
「さっきから殺気がただ漏れだぜ、ヒーロー共」
「それは貴様らも同様だろう……!貴様ら敵が人質を解放する方が信用ならんわ!!」
死柄木の言葉に、すかさずエンデヴァーが声を荒らげて反論した。
「確かにそりゃそうだ。……じゃあこうしようぜ。コンプレス」
死柄木が前を見据えたまま名前を呼ぶと、Mr.コンプレスは指の間にある小さな玉をヒーローたちに見せつける。
「大事な人質はこの玉の中さ。これを俺は互いの中心に置く。あんたらはなまえ嬢を解放する。これでフェアだ」
「……待て。玉の中から人質を解放して置け」
中身が本物かどうかも怪しいと言うベストジーニストの言葉に「……そうしてやれ」と、死柄木はMr.コンプレスに言う。
彼はゆっくりと対立する中心地に、丸い玉を置くと、元の位置まで後ろに下がっていき……
「ご覧の通り。種も仕掛けもございません」
パチン、と指を鳴らすと、人質になった三人の家族と見られる者たちの姿が現れた。彼らは全員、気を失っているようだ。
「……よし。じゃあ、こちらも解放する」
塚内の言葉に、なまえを拘束していた警察が、彼女の体を解放する。
「ゆっくり歩いて、向こうに行くんだ」
なまえは両手を上げ、塚内の言葉に従ってゆっくりと歩いた。
迷うことなく敵側へと帰ろうとする少女の背中を――彼らはどんな気持ちで見つめているのか。
ただ、彼女が足を一歩踏み出す度に、緊張感がその場に走っていた。
一挙一同、見逃してはならない。
今、この場で何が起こってもおかしくない。急に敵連合が攻撃を仕掛けてきてもおかしくないのだ。
――その逆もしかり。
なまえは真ん中辺りに差し掛かると、笑みを浮かべた。
敵連合にだけ見えるそれは、合図だ。
突然、なまえが駆け抜けると同時に、荼毘の青い炎が彼女の姿を隠すように燃え広がる。
瞬時にヒーローたちも動いた。
ベストジーニストは素早く糸を操り、人質たちをこちらに引き寄せ、エンデヴァーが業火を放ち、荼毘の青い炎を相殺する。
エッジショットが音速で動くも、すでにそこには敵連合の姿はなかった。
「じゃあな、ヒーロー。約束通り、仲間は返してもらったぜ」
黒い靄が消え行くなか、微かに響いたのは死柄木の勝ち誇った声だった。
僅かコンマ1秒の差が、彼らの勝敗を決めた。
敵連合が消えたその場は――……。
***
「弔くん!」
「おいこら抱きつくな、なまえ。人前で恥ずかしいだろ?」
「あはは、弔くんも嘘つきだね。私、どんな尋問されるか怖かったんだよ」
「そりゃお前の方が嘘つきだろ。たく、余計な手間かけさせやがって……」
「ギリギリのショータイムだったな」
「なまえちゃんっ、お帰りなさい!」
「ただいま、トガちゃん」
「よく無事に戻ってきたぜ!なんで戻ってきた!?」
黒霧の"個性"によって、隠れ家まで戻ってきた敵連合。
「……さて、なまえ。どこまでがあなたの計画だったんですか?」
こちらに向かって話す黒霧に「なんのこと?」と、彼女は笑う。
「何にせよ、生臭ヒーロー共に一泡吹かせてやったな!」
「あれ、スピナーくんいたの?」
「いただろ!?あの場に助けにきてやっただろっ!」
気づかなかったとあっけらかんと笑うなまえは続いて「ついでに呪いもかけてきちゃった」と、楽しげに彼らに話す。
「呪い?」
荼毘の興味深そうな目がなまえに向く。
「緑谷出久くんに、呪いの種を蒔いたの。次会うときには育っているといいな」
「……上出来だ」
なまえの言葉を聞いて、死柄木はその頭を撫でて褒める。緑谷出久……自分の手で粉々に壊してやりたかったが、内側から壊れるというならそれも一興。
なまえの"個性"は《呪種》
それはただの言葉であったが、彼がヒーローであろうとすればする程、心を蝕むだろう。
例え、手を伸ばせる距離にいようとも「この世には救えない人がいる」という事実が。
(私を救えるのは、ヒーローなんかじゃない)
「出久くんと何があったんですか!?もしかして、なまえちゃんが恋のライバルになるのですか!?」
「三角関係か!?俺入れて四角関係!あ、俺の"個性"でそいつ増やしたら解決じゃね?」
興奮するトガと、解決になっていないトゥワイスの言葉に、なまえは声を上げて笑う。
「……三人揃うとやかましいったらありゃしねえな」
一歩引いた目線で言う荼毘に、死柄木が三人を見ながら口を開く。
「まあ、そう言うな。あれでもうちに必要な人材たちだ」
「泣ける人材不足だ……」
仲間を正義の手から奪還した敵連合。
「なまえを取り戻したところで……死柄木弔。次の作戦を……」
「ああ……そうだな」
ニタリと笑う、死柄木の次の一手は――。