――明日。
ついにこの日がやって来てしまう。
カレンダーを見てため息を吐いた。
明日は、勝己くんがアメリカ留学に旅立つ日だ。(アメリカ……テレポートで行ける気がしない)
遠距離恋愛――私にとって未知の世界。
恋愛自体経験が少ない…というか、現在進行系で経験人数は勝己くんだけで。
それまで何もかも初めてのことだったけど。
そこには必ず好きな人がいて、二人でして来たのに。
遠距離恋愛は当然、孤独。
遠く離れた恋人を想いながら一人で頑張らなくてはならない。(私に堪えられるかな……)
だからと言って別れる選択肢はなし。
好きなのに別れるとか意味が分からない。
勝己くんが留学を辞めるという選択肢もない。
一度決めたら曲げない性格だし、私も曲げて欲しくない。彼が曲げたのは雄英時代のあの期末試験だけで十分だ。
それに、彼の留学は原点であるNo.1ヒーローになるという信念に関わること。
あのオールマイトが通った道なのだから。
私が留学についてく――これも現実的ではない。
私にも私のヒーロー活動があり、生活があり、人生がある。
なので、必然的に遠距離恋愛を成功させるという選択肢しかない。(いや、私一人じゃ成功させられないけど)
不安だってある。心変わりしないかとか、向こうの女の人はガンガン来そうだし…とか。(勝己くんを信用してないわけじゃないけど……)
何か離れていても私のことを思い出してくれるような――。(あ!)
そして、当日。
「勝己くん、行ってらっしゃい!」
「ああ、行ってくる。…マメに連絡入れっからなまえも――」
長いお別れだけど、永遠じゃない。
泣きそうなほど寂しいけど、ちゃんと笑顔で見送りたい。
「勝己くん…左手見て!」
私の言葉に不思議そうに時計を見るように左手を見つめる勝己くん。
私は、その薬指に指輪をテレポートさせた。
「……は……」
「シンデレラフィット!」
サイズはばっちり。勝己くんの指に似合うようなシンプルなデザイン。
呆気に取られる勝己くんに、私はイタズラが成功したようににっと笑う。
「悪い女の人が近づかないようにお守りっ」
これでいつだって勝己くんは私のことを思い出せるし、他の女の人からの牽制にもなるかなって。
「――……っ、俺より先にっ……!!マジで油断も隙もねえなァ…!」
何やらワナワナしてる。
……。あ、あれ、怒ってる?
「……散々、悩んだ俺が馬鹿だったわ」
――こいつを置いて行くかどうか。
「?」
――俺が、こんなトンデモ女。置いて行ける筈がなかったわ。
「連れて行く」
「は……!?」
「一便遅らす。おまえの分のチケットを取んぞ」
「いやいやいやいや!?」
私の手を掴んで、ずんずんと進む勝己くん。
今度は私が呆気に取られる。
「何言ってるの!?荷造りとか、パスポートも今持ってないし…!」
第一ヒーロー業とか、諸々の生活上の手続きとか何も準備してない!
「知るか。パスポートだけ取りに家に帰れ。後のことはおまえが頼めば、誰かしら何とかすんだろ」
(誰かしら……!?)
さらにテレポートならすぐ帰れんだろとか、必要なもんは現地で揃えりゃいいとか。
こちらの言い分を一蹴する勝己くん。
窓口で「搭乗便の変更とチケットの追加をしたい」と平然と問い合わせしている。
(本気だ…!本気で連れて行かれる…!!)
まさか。
数時間後――空の上にいるなんて。
(いや、本当…なんで私、飛行機乗ってるんだろう……)
「なまえ」
「?」
「現地に着いたら……」
現地に連いたら…?
「まずはおまえの指輪を買いに行くぞ」
頬杖つきながら窓の外を眺める勝己くんが不意に言う。
その声はえらくご機嫌だ。
「おまえが選んだより、その指に似合うヤツ選んでやる」
そして、こっちを見てにっと彼は笑う。
握り締められた左手。
指先が私の薬指をなぞりながら。
「覚悟しておけ」
それはどういう意味の覚悟なのか。
強引に連れて行かれて覚悟も何もないと思うけどなぁ。(でも、まあ…)
覚悟なんてとっくの昔に出来ている。
爆豪勝己という、このむちゃくちゃな人を好きになったその瞬間から。