文スト組で七夕

「今年は梅雨が長引くらしいですね」
「実りの雨とはいえ、こうも続くと嫌になるよ」
「もうすぐ七夕ですのに、今年は織姫と彦星は会えないかも知れませんわね」

 そんな会話を与謝野先生とナオミちゃんとしてると、賢治くんが不思議そうに口を開く。

「僕、七夕のお話ってよく知らないんですけど、どんなお話なんですか?」
「元は中国の伝説が伝わったとされるな」

 賢治くんの疑問に真っ先に答えたのは国木田さんだ。 
 太宰さんが濡らした床を拭いて、雑巾を絞っている。
 口ではなんだかんだ言いながらも、後始末をやる国木田さんは苦労人である。

「織姫と彦星という仲睦ましい夫婦がいたが、二人は結婚してからというものの…」
「――国木田くん。そんな語り口調じゃあ味もそっけもないよ」

 そう言って、着替え終わった太宰さんが戻ってきた。
 あ、横浜チャリティーイベントでオリジナルで作られたTシャツ(黄色)を着ている。(太宰さんのカジュアルな服装は珍しい)
 腕の包帯は相変わらずなので、暑くないのかなぁとこの時期は毎年思う。

「似合ってるかい?なまえ」
「似合ってますよ」
「おい太宰。七夕伝説を説明するのに、味もそっけも関係ないだろ」

 呆れて言う国木田さんに何やら楽しげに答える太宰さん。

「国木田くんの頭の堅い説明じゃあ、賢治くんもイメージが浮かばないだろう。ちょうどぴったりな役者も揃ってるからね、ここは……――」
「「役者……?」」



 ***



「むかーしむかし、天の川が流れる天界に織姫と彦星という働き者の二人がいました」

 そう与謝野先生の語り口調で始まったのは、太宰さん監督の探偵社劇場「七夕伝説」である。

「織姫は天の神様の娘で、機を織る仕事をしていました」

 現れたのは織姫衣装を身に纏ったナオミちゃん。織姫のイメージぴったり!(衣装はどうやって用意したかのつっこみは野暮)
 椅子に座って機を織る仕草をする。

「神様からも評判な着物を織り、よく働く立派な娘でしたが、織姫はずっとひとりぼっちでした」
「お仕事は楽しいけれど、ひとりぼっちでさびしいですわ」

 しくしくと泣き真似をするナオミちゃん。

「それを見た天の神様は、結婚相手を探すことに決めました」
「織姫に相応しい者がいると善いのだが……」
「!?」「社長!?」

 現れたいつもの和装の社長に、ぎょっとした声を上げたのは国木田さん。

「太宰!貴様、社長に何をやらせてるんだ!?」
「だって、星の神様役だよ?この場で社長ほどの御仁しか勤まらな」「そういう問題ではいッ馬鹿者!」

 太宰さんの肩を掴み、激しく揺さぶる国木田さん。(それはそうとして、社長もよく参加を……)

「社長!申し訳ございません。太宰の阿呆のせいでこのような遊びに付き合わせてしまい……」
「いや、よい」

 社長の返答に、国木田さんは「は…?」と唖然となる。

「子供たちが七夕という行事を学ぶ為だ。私も協力しよう」
「面白そうだし、社長も良いって言ってるんだから劇の続きをやってよ」

 社長だけでなく、乱歩さんの言葉もあり、国木田さんはたじたじで劇は続行。

「社長も案外乗り気……?」
「猫と子供には甘いみたいですから」

 隣の賢治くんとこっそりと話していると、国木田さんは解せぬという顔をして下がっていった。

「うふふ、安心したまえ。ちゃあんと国木田くんにも役を用意してあるよ。牛の役」「やらんわ!!」「じゃあ天の川役」「どういう役だ!?」

 こっちのコントも気になりつつ……劇に集中。

「織姫の結婚相手を探す神様は、天の川の向こう岸に暮らす、牛飼いの彦星という男性と出会いました」

 彦星役はもちろん、潤くんだ。

「そこの牛飼いの青年。よき働き者とお見受けしよう。ぜひ、我が娘と見合いをしてはもらえぬか?」
「天の神様の願いなら断る理由はございません。ボクで良ければ、お受けいたしましょう」

 ちなみに、織田作さんと国木田さんが両端から青い布をゆらゆらしているのは、天の川をイメージ…しているらしい。

「こうして、お見合いをした二人は、お互い一目で恋に落ち、結婚しました」
「ナオミ、兄さまと結婚しますわー!」
「ナ、ナオミ、これは劇だから…!」
「「………………」」

 演技ではなく、いつもの二人がそこに。

「織姫、彦星。結婚おめでとう。これからも誠心誠意、仕事を頑張るのだ」
「もちろんですわ!」
「天の神様、約束いたします。そして、織姫をボクが幸せにします!」
「よろしい」

 すでにイチャイチャしている二人を前にして、真面目に演技する社長、すごいなぁ……。

「しかし、働き者だった織姫と彦星は、結婚した途端、仕事もせずに二人で仲良く遊んでばかりいました」
「織姫といると毎日が楽しいな」
「彦星さま!今度は何して遊びましょうか」

 二人にギンッと目を光らせる社長。
 演技とは思えぬ迫力…!

「何度注意しても聞かない二人に、天の神様の堪忍袋の尾はついに切れます」
「毎日、仕事もせずに二人して遊び更けるとは言語両断!罰として、二人は離ればなれに暮らすのだ!」
「そんな……!彦星さま……!」
「織姫……!……いくら天の神様といえど……!」

 ……ん?何やらふつふつしてる潤くん。

「妹と離ればなれにするなんて…!神だろうとボクは許さない……!!」
「「!?」」

 潤くん、なんかガチギレしてる……!
 劇と現実がごっちゃに……!

「落ち着け谷崎!劇であって妹ではないし、相手は社長だぞ!?」
「…ハッ!社長スミマセン!!我を忘れてましたッ!」

 慌てて謝る潤くんに「…よい」と一言答える社長。(我を忘れるってどういうこと…?)

 それに、普段大人しい人が怒ると怖いっていうのは本当かも……。

「なまえちゃん。織姫と彦星は禁断の愛なのでしょうか?」
「違うよ!?演じた二人があれだっただけで健全な愛だよ!」

 賢治くんの疑問に慌てて訂正した。

「……天の神様の怒りを買って、天の川を挟んで暮らすことになった二人。毎日泣いてばかりの織姫に、さすがに神様は不憫に思いました」
「では、お前たちが以前のように真面目に働くのなら、年に一度、7月7日にだけ会うことを許そう」
「それ以来、織姫も彦星も以前のように一生懸命働きました。そして――」
「今日は7月7日、ついに織姫と会える!」
「彦星さまと会えますわ!ああ、でもなんてことでしょう。雨が降って、天の川の水かさが増し、渡れませんわ…!」

 二人を阻む天の川――国木田さんと織田作さんが激しく青い布をゆらゆらさせている。

「雨が降って渡れないときは、どこからか無数のカササギがやってきて、天の川に自分の体で橋をかけてくれました」
「織姫…!」
「彦星さま…!」
「こうして二人は再開を喜びましたとさ。おわり」

 劇が終わり、賢治くんと一緒に拍手を送る。

「面白かったかい?」
「はい!新訳七夕伝説って感じで斬新でした」
「褒めてるかどうか微妙な口振りだな…」
 褒めてますよ、国木田さん!
「賢治はどうだった?七夕の話があらかた分かったんじゃないかい?」

 与謝野先生の言葉に「はい!とてもよく分かりました。皆さん、ありがとうございます!」と、賢治くんは元気よく答える。

「労働は神様から与えられた大事な使命であり、働かないと恐ろしい罰を受ける…ということですね!」
「ちょッと違うんじゃないかな!?」
「まあ、当たりもせずとも遠からずな意見じゃないかい?」
「受け止め方は人それぞれだからな」
「嫌な神様だね〜まあ、僕には関係ないけど!」
「(乱歩も労働してるかとなると……)」
「太宰に対してだけは存在してほしいものだな」
「私が入信してる神は労働こそ罪だと言ってるけどね」
「太宰……お前に信仰心があったのか!?」
「国木田さん、そこじゃないと思います(つっこむところは)」
「私は雨の日も織姫と彦星が会えると知って、安心しましたわ」


 ――そして、七夕当日。


 喫茶うずまきの入口に笹が飾られるので、毎年そこで探偵社のみんなと願い事を書いた短冊を飾るのが恒例だ。

 今年は賢治くんと鏡花ちゃんも一緒に。

「願い事……何を書こう……」
「そうですね。僕も悩んじゃいます」
「なまえはなんて書くの?」
「私は毎年決まっててね」

 願い事を書いた短冊を鏡花ちゃんと賢治くんに見せる。

「太宰さんが「自殺が成功しますように」って書くから、私は「太宰さんの自殺が失敗しますように」って書いて、相殺してるの!」
「だから太宰さんは自殺未遂を繰り返してるんですね!」おー!
「……。なまえ、せっかくならもっと有意義な事を書いた方がいい」

 正反対な反応を見せた二人。
 後ろから「うふふ」と独特の笑い声が響く。

「今年の私の願い事はひと味違うのだよ
、なまえ」

 得意気に太宰さんがぴらりと見せた短冊には「美女と心中できますように」と書かれている。
 美女と心中、ねぇ……。

「じゃあ、私は「太宰さんが男と心中できますように」って書きます」「それはやめてくれないかい!?」

 よっぽど嫌だったのか、太宰さんは渋々と書き直すらしい。
 新しい短冊には「蟹を死ぬほど食べられますように」と、若干平和的になった願い事が書かれていた。

(私はなんて書こうかな?)

 少しだけ考えて、ペンを走らせる。

「……書けた」
「僕も書けました!」

 私も書き終え、短冊を鏡花ちゃんと賢治くんと並んで結びつけた。

 雨続きだった空は、今日は清々しい青色をしている。久々の晴れ間。
 これならカササギがいなくても、織姫と彦星は逢瀬する事ができるだろう。

 夏を感じさせる風が吹いて、色とりどりの短冊が涼やかな音と共に揺れた。



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