恋花火

 ――放課後、近くでやってる花火大会に皆で行こうよ!

 最初にそんな提案をしたのは誰だったか。
 もはや分からないほどにクラスは盛り上がって、当たり前のように花火大会に訪れていた。

「たこ焼き買おうぜ!たこ焼き!」
「暑いからかき氷食べようよ!」
「焼きそばーー!」
「俺は綿飴だな!糖分!」

 皆の口から飛び出す屋台の定番たち。
 本当に楽しそうで、その様子を見てくすりと笑ってしまう。

「お!その制服、雄英の生徒さんたちか!うちのたこ焼き食べて来なって…あんた良い"個性"してるね〜うちでバイトしない?」

(障子くん、たこ焼き屋の勧誘受けてる……!)

 もちろん障子くんは丁重に断っていた。確かに障子くんの複製腕ならたこ焼きを焼くには最適だ。

「――あ、林檎飴」

 そう呟いて、引き寄せられるように、そちらへ向かったのはみょうじさん。
 台には真っ赤で丸い飴がいくつも並べられている。

「なまえちゃん、林檎飴好きなん?」
「うん!林檎飴って屋台でしか食べられないし、見つけると必ず買っちゃう」
「おいしいよね。ウチも好きだよ」
「私は初めて見ましたわ…!可愛らしいお菓子ですね!」

 そう他の麗日さんや耳郎さん、八百万さんたちと話ながら、彼女たちはそろって林檎飴を買うらしい。
 なんだかすごく女の子らしいなぁと思う。

 学校帰りに来たから制服だけど、浴衣姿だったらさらに絵になりそうだ。

(みょうじさんの浴衣姿見てみたいなぁ…)

 すごく、綺麗なんだろうな。
 頭の中で想像してみる――。

「デクくんは林檎飴買わないの?」
「へっ?」

 突然、麗日さんに声をかけられ、間の抜けた声が自分の口から出た。

「めっちゃ見とったから」
「あー…」

 林檎飴というかー……それを食べるみょうじさんをというか……。
 ――そんなことは口を裂けても言えないので。

「うん、僕も林檎飴買おうかな」
「ふむ、林檎飴も祭りの定番だな」

 そう言った飯田くんの手には、これぞ祭りの定番の熱々のたこ焼きが。
 気づけば、みんな好き好きに屋台の食べ物を買っているようだ。

「俺も……一緒に買おう」
「常闇くん、林檎好きだもんね」

 常闇くんも一緒に林檎飴を買う。

「林檎飴なんていつ以来だろう」

 そう呟きながらかぶりついた。
 ……ああ、懐かしい甘さが口の中に広がる。

「常闇くん、すごく嬉しそうな顔して食べてる」
「本当だ」
「……美味」

 みょうじさんの言葉に微笑ましく常闇くんを眺めた。
 彼は器用にくちばしで食べている。

「あ…えっと、みょうじさんはよく夏祭りは行くの?」
「毎年、安吾さんとか探偵社の人たちと地元の花火見に行くよ」
「横浜の花火大会、有名だもんね」
「でっくんは?」
「僕は…町内会の夏祭りの手伝いをするぐらいかな」
「楽しそう!あ、じゃあ爆豪くんも?」
「かっちゃんはお母さんに言われてしぶしぶって感じだけど、なんだかんだ毎年手伝ってるよ」

 そんな他愛ない会話をしながらみょうじさんと並んで歩く。
 そうしたいなって意識したからだ。

「なあ、お前らも他になんか食べんだろ?」
「林檎飴だけなんて腹が膨れねーぞ」

 瀬呂くんや峰田くんに声をかけられ「食べるよ〜!」とみょうじさんは元気よく答えて、意識をそちらに向けた。

「緑谷が食べてるそれはなんだ?」
「林檎飴だよ。轟くんはかき氷にしたんだね」
「ああ」
「なあなあ!みんなで光るブレスレットつけねえ!?」
「僕、いっぱい付けたらもっと目立つかな!?どう思う?☆」
「…っ…っ」
「クソダセェ」
「と、言いつつ爆豪も最後は付けんだろ?」
「んだとしょうゆ顔!付けるか!!」
「ほら、爆豪の分だ」
「付けねえって言ってんだろアホ髪!!」
「君たち、店前で騒ぐのはやめたまえ!!」

 ――皆でわいわいするのはもちろん楽しい。
 だから、もう少しだけ彼女と二人で並んで歩きたかったと思うのは……きっと贅沢な悩みだ。

「うひょー!浴衣美人がうようよいるぜ!」
「峰田、あんた……」
「峰田さん、ジロジロ見るのは失礼ですわよ」
「峰田くんの場合、見るだけでアウト!」
「ホント、鼻の下伸ばしすぎー」
「でも、私たちも浴衣着たかったね!」
「そうね、透ちゃん。今度は私たちも浴衣着て夏祭りに行きましょうか」
「わ〜!賛成!」
「おい女子、浴衣着るときはちゃんと正しくノーブラ…ぎゃ!」 

 セクハラ発言をした峰田くんは蛙吹さんの舌によるピンタを受けていた。(!?ノー……え!?)
 ……峰田くんも本当に懲りないよなぁと思う。

「そん時は俺たち男子も呼んでくれよな!」
「俺らも浴衣着るからさ!なっ」
「あ、俺、甚平派」
「俺も。浴衣だと尻尾を出すのが難しくてさ」

 みんなで浴衣を着て、か。必然的にみょうじさんの浴衣姿が見れるし、実現したら良いな。
 そしたら、僕、浴衣持ってないから買わないと――

「でっくん」
「っ!」
「花火見に行かないの?始まっちゃうよ〜」
「花火?」

 あれ、気がつけば皆の姿がない。
 あっと思う前に、手を引かれる。

「行こう!」
「…っうん!」

 みょうじさんの手首に、お揃いのブレスレットが暗闇に光っていた。


 ――花火が打ち上がる音が聞こえる。


「あれ……みんなどこ行ったんだろー」

 花火が観覧できる場所は、屋台の通り以上に人混みに溢れていた。

「みょうじさん、こっち」

 その手を逆に掴んで、誘導する。
 クラスで一番背が高い障子くんの頭が見えたからだ。

「あ、緑谷とみょうじさん!」
「二人ともこっちこっち!」

 障子くんの側にいた尾白くんに、葉隠さんが分かりにくいけど手招きしているらしい。
 側には常闇くんと青山くんの姿もあって、彼らの元へ行くと、慌ててぱっとみょうじさんの手を離した。

 意識してなかったから出来た行動を、意識してしまった今、遅れて胸がドキドキしてくる。

「……合流できて良かった。と言っても何名かでバラバラになったみたいだが……」
「この人混みならしょうがないね。花火が終わったらみんなと合流しよう」
「あ!ほらっもうどんどん打ち上がってるよ!」

 障子くんとみょうじさんの言葉を遮るように、葉隠さんの興奮ぎみな声が花火の音と共に響いた。

「俺の後ろは見にくいだろう。二人ともこっちの前の方に行くといい」
「ありがとう、障子くん」

 障子くんに人の隙間を誘導され、みょうじさんとそちらに移動する。

「花火、綺麗だねぇ」
「うん、やっぱりいいね」

 並んで夜空を見上げて。

 体に響く轟音と共に、色とりどりの傘がぱっと開くように咲いた花火。
 キラキラと火の粉になって消えて、また新しい花火が打ち上がる。

 その美しい夏の風物詩を、ただ目に焼き付けていた。
 そして、君と隣で見ているこの空気も噛み締めるように。

 ふと、その花火に照らされた横顔が見たくて盗み見る。

 ――心臓が跳ねた。

 みょうじさんが先に僕のことを見ていたから。

 微笑んでる唇が動く。

 花火の音と僕の心臓の音、どちらがうるさいか。

「来年も見に行きたいねっ花火」

 花火に負けない眩しい笑顔と共に。

「…うんっ。来年も、見に行こうよ!」

 みんなで、とはあえてつけなかった。
 だからと言って、二人でとも言えない勇気のない僕。

「……みんなで?」

 小首を傾げて意味深に聞いてきたみょうじさん。
 質問の意味を考えて、一瞬、時が止まった。
 花火の音も回りの声も、自分の心臓の音さえも聞こえない。


「僕と、二人で――というのはどうでしょうか?」


 緊張する口から出た精一杯の返事は、何故か敬語になって。
 少し間を空けてから、みょうじさんはおかしそうに笑った。


「……いいよ。浴衣、着ていこうね」


 思わぬ浴衣デートの約束。
 夢みたいでふわふわするのに、心の中でガッツポーズする。

 みょうじさんは前に向き直ると「たーまや!かーぎや!」そう無邪気に花火に向かって叫んだ。

「なまえちゃん!なんかさっき笑ってたけど何かあったの?」
「んー……内緒!」

 葉隠さんの言葉にそう答えるみょうじさん。
 ちらりとこちらに視線を向けて――

 むしろ、来年といわず今年じゃだめだろうか。

 そんな顔を見て、来年まで待てそうにない。



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