Halloween Bad Night

 10月最後の日に訪れる祝祭。
 ハロウィンが日本に根付いたのはいつからだったか。
 そして、いつの間にやらこの町が仮装パーティー会場になったのか。

 おかげで私たちヒーローは、事故犯罪防止の為に、こうして警備に駆り出されていた。

「…あそこ、ステインの仮装をしている人がいるんだけど。不謹慎じゃない?ちょっと注意してくる」
「よせって。いらぬトラブルに巻き込まれるぞ。ああいうのは警察に任せて、俺たちはいつも通りパトロールをしてりゃあいいんだ」

 向かおうとした所、同僚ヒーローに止められた。
 確かに……こうやって同じ目的で集まってる人間は気が大きくなりやすい。
 一つの注意に、逆恨みでもされたら堪ったもんじゃないか。

 ヒーローが怖いものはヴィランより、民間人だったりする。
 ヒーロー飽和状態の今、活躍だけではなく、彼らの支持なくしてはプロヒーローとは呼べない。
 世知辛い世の中だ。
 そう考えると、ステインのあるべきヒーロー像の主張は一理あるかも知れない――。
 主張方法は間違っているし、私は絶対に認めたくないが。

 奴はインゲニウムさんをヒーロー引退に追い込んだ張本人だ。
 私も先輩ヒーローとしてお世話になった人。
 あの人こそ、本来あるべき姿のヒーロー像に近かったのに。

 ――そういえば、ステインがヴィラン連合と組んだせいで、志願者が増えたという話を耳にした。


 その中には、あの男も――……


「それにしても……みんなハロウィンをコスプレイベントか何かと勘違いしてない?」
「元々ハロウィンってどんなイベントだったっけ?」
「私も詳しくは知らないけど…子供が楽しむイベントじゃない?」

 トリック・オア・トリートってお菓子を貰うぐらいだし。

「あ!ヒーロー…ですよね!?一緒に写真撮ってくださ〜い!」
「え?俺?いいよいいよ!撮ろうぜ〜」

 ……呆れた。魔女やら猫耳やらの姿の女子高生に写真をせがまれ、デレデレしちゃって。

 それにしてもよくこの仮装の中でヒーローと分かったものだ。(彼は有名ヒーローでもないのに。……私もだけど)
 誰が同僚か紛らわしいから止めて欲しいのが本音だ。

 それに、それこそヴィランが紛れていたら分かりにくい。
 だからこそ、私たちヒーローがこうしてパトロールしてるのだけど、中止にして欲しいのが本音……

「ヒーローのお姉さん。俺と写真撮ってくれよ」

 声をかけてきたのは、フード付きの黒いコートを着た青年……?
 仮面を被って声がこもって聞き取り難い。
 死神の仮装だろうか。ずいぶん悪趣味な仮面だ。

「ごめんなさい。生憎、私はイベント時以外はお断りしてるの」
「相変わらず、妙な所が固いな。ファンサービスは大事じゃねえの」
「……?」
「なあ、ヒーロー」

 そう言って、男は仮面をずらす。
 その下から見える繋ぎ合わせたような皮膚。

「……!!」
「久しぶりだな」

 まるで、悪魔の仮想の中に混じっていた本物の悪魔。

「荼毘……ッ!」
「俺の名前、覚えてたんだ」

 忘れる筈がない。左腕の火傷の痕がズキリと痛む。
 私が、捕り逃したヴィラン……!!

「すげえ殺気。この人混みの中で俺と戦ってみるか?怪我人どころかざっと100人ぐらいは死ぬがな」

 そんなの分かりきっている。
 こいつの"個性"は手から青い炎を噴き出すからだ。

 その炎で、私は重度の火傷を腕に負った。

 全身に負っていたら助からなかったから、片腕だけだったのが幸いだったと医者は言ったけど、それがどれほど屈辱だったか……!

 私は、負けたのだ。
 ヒーローがヴィランに負けたなんて有ってはならないのに――

「何が目的……!?どうしてこんな所に……!」

 抑えきれない感情を押し殺しながら、目の前のヴィランに問う。

「ハロウィンパーティーに混ざってたら、あんたの姿が見えたから会いに来た」

 ハロウィンパーティー……?
 一体何を企んで……――

「なあ、一時間ぐらい俺とデートしね?」
「…………は?」


 "付き合ってくれたら目的を話すよ"

 嘘とも罠とも言える言葉だったけど、無視する事は出来ない。

 奴の後に着いていく。

「ヒーローともあろう者が、こんなクソみてぇな祭りの警備をするとか泣けるなァ」
「…あんたみたいなヴィランがいるからでしょう」
「ああ、言えてんな」


 連れて来られたのは路地裏。
 路地裏といっても大通りからは筒抜けの場所。(ここで戦闘になったら被害は避けられない…)

「その腕……」
「腕……?」

 !?

 唐突に腕を掴まれる。
 反撃しようとしたら、耳に飛び込んできた楽しげな声に、一瞬の躊躇いが生まれた。
「何もしねえよ。見てえだけだ」

 コスチュームの袖が捲られる。
 露になった腕に消えなかった火傷の痕。

 自分が付けたそれを見て――

「綺麗だな」

 うっとりというように呟くこいつは、狂っている。

「教えてやるよ。…仮装集団の中に俺たちの仲間が潜んでいる」
「!」
「あの人混みの中でヴィランが暴れたら、本物の地獄のような絵になるだろうな」

 早く……

「決行は1時間後だ――」

 早く、他のヒーローたちに知らせないと!!

「っ…!」
「逃がさねえよ。言っただろ、俺と1時間ぐらいデートしねえかって」

 ――二人で楽しいことでもしようぜ、なまえ。

 死神のような笑みを浮かべて、荼毘は私の本名を口にした。

 私は、弱くても知名度が低くたってヒーローなのだ。

 今、私に必要なのは――刺し違えてもこいつを倒す覚悟。



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