お犬さま騒動

 夜の来訪者は厄介ごとと共に。


「おや、敦くんに龍之介くん。こんな時間にどうしたんですか?」

 ――二人が家に来ることは珍しくないけど、夜遅くは珍しい。お風呂上がりに髪をタオルドライしながら、安吾さんの後ろから顔を出す。

「夜分遅くにすみません。じつは……」

 困った苦笑いを浮かべる敦くんの、腕に抱えているその目と合った。

「チワワ?」

 犬種の中でも1、2位を争う人気の犬だ。人気の理由はその小ささとつぶらで大きな瞳だろう。
 確かに敦くんの腕にいるチワワもすごく小さい。

(でも、このチワワ、目付きが悪いというか……チワワってもっと宇宙人みたいな顔してなかったっけ?)

「うん、このチワワが問題なんだけど……」
「この犬はただの犬ではない」

 言いにくそうな敦くんに痺れを切らしたのか、龍くんが代わりに口を開く。

ヴィランの"個性"によって犬にされた中也さんだ」
「「……………………」」

 衝撃発言が飛び出した。少しの沈黙に、安吾さんが不自然な咳払いをする。私もぴくぴくと上がりそうになる口角を必死に抑える。

「と……とにかく立ち話もなんですから中に……」
「わたし、お、お茶淹れるね……」

 笑うのを押し殺す声で、そう室内に促す安吾さんに耐えきれなくなりそうだ。(だって、中也さんが犬になったらチワワって!一番小さな小型犬って!)

「必死に笑いを堪えんじゃねェよ!!!」

 そう吼え……キレたチワワはまさに中也さんの声と口調だった。

 あ、しゃべれるのね……。


「――事情は分かりました。そのヴィランを取り逃したとなれば、特務課の方でも警戒をしておきましょう」
「俺が犬にされたぐらいで動揺しすぎなンだよ、てめェは」
「……すみません」

 しゅんとする敦くんは、まるで飼い主に怒られた犬のようだ。この場合は犬が犬に?伏せた耳と尻尾が見えそう。まあ、敦くんは虎だけど。

「涼しい顔してンが、てめェもだぞ。龍之介」
「……面目ない」
「まあ、二人ともプロヒーローデビューしたばかりですしね。大事には至らなかったわけですし、良い経験になったんじゃありませんか」

 フォローする安吾さんをギロリと中也さんは睨む。そこにチワワの面影はない。

「大事に至らなかっただと……!?ふざけんなよ、教授眼鏡!俺がこんな姿になって一大事だろうが!!」

 ぐるるると唸る中也さん。眼力はすごいけど、怖くはないかなぁ。
 ちなみに「教授眼鏡」とは安吾さんのあだ名である。今のところそう呼んでいるのは中也さんしか聞いたことがない。まあ、言いたいことはわかる。

「太宰くんに触れてもらえば一発で戻るじゃないですか」

 安吾さんは当然のようにさらりと言った。
 確かに。太宰さんの前にはどんな"個性"もただの"無個性"に変わる。
 それは"個性"による効果も同様で。
 異形系も関係ないし、本人いわく例外はないらしい。

「こんな姿を奴に見せてみろよ……どんな嫌がらせをされるか……!」
「張り切ってするよね」
「太宰さんだからね……」
「『太宰の敵の不幸は相手が太宰だということ』という逸話があるぐらいだからな。中也さんへの嫌がらせなど、赤子の手を捻るようなもの」
「おい、龍之介……てめェ元に戻ったら覚悟しておけよ……」

 龍くん、太宰さん信者なのになんで中也さんの下でヒーローやってるんだろう……。

「相手が太宰くんならそれは避けられませんよ。諦めましょう」

 追い討ちをかけるように、安吾さんまでも笑顔できっぱり言い放った。なんか妙に言葉に重みがあるのは気のせいじゃないはず。

「あの青鯖に頼むぐれえなら一生このままの方がマシだ!!」
「「………………」」

 え、そこまで?聞くところによると、中也さんと太宰さんの二人は初対面から仲が悪かったらしい。

 ちなみに「青鯖」とは太宰さんのことである。

 太宰さんは中也さんのことを「蛞蝓」と呼んでいるからどっちもどっちである。

「……というわけで、ここに来たんです」

 まとめるように困った顔の敦くんが言った。

「はあ……分かりました。犬の姿になった中也さんの保護と、犯人確保の協力ですね?」
「いや、違ぇ」

 中也さんは否定しながら何故か私を見る。

「雄英にイレイザーヘッドがいるだろ?そいつの"個性"を使えば、俺にかかってる"個性"も消えて元に戻るはずだ」
「あ、なるほど……」

 確かに、相澤先生の"個性"は太宰さんと似たものだし、余計な事が嫌いな先生なら口も堅そうだ。

「そういうことでしたか。しかし、ヒーローとはいえ、なまえの担任の先生にご迷惑をかけるのは……」
「テメェは世間体を気にする保護者か」
「彼女の保護者は現段階で後見人である私ですが、何か?」

 その言葉と共に安吾さんの眼鏡がキランと光る。

「ふ、二人とも冷静に……」

 ここで敦くんのヘタレ発揮だ。オロオロする敦くんは助けを求めるような目で私を見た。まあ、面倒な事になる前に。

「じゃあ明日、中也さんも一緒に登校して、相澤先生に"個性"を使ってくれるよう頼んでみるよ。先生なら快く引き受けてくれると思う」

 たぶん。自分で言うのもなんだけど、大人的な対応をした。

「おう。悪ぃな」

 にっと笑うその表情は、チワワでも中也さんのもの。

「では、菓子折りでも用意した方が……ああ、でもこの時間ではお店は閉まってますし、朝一で開いてるお店は……」

 そう安吾さんは考え込む。逆に菓子折り用意されても、相澤先生なら困るのでは……。

「なまえちゃんのことになると、安吾さんは周りが見えなくなるね……」
「相変わらず子煩悩だな」
「子煩悩……なの?」


 そして、翌日。


 チワワの中也さんは鞄にすっぽり入って、いつものようにフェリーに乗り込んだ。

「まさか、チワワの中也さんと雄英に一緒に行くなんて、人生何が起こるか分かりませんね〜」
「……チワワ言うな」

 いつもより少し早く雄英に着いて、職員室にいるであろう相澤先生に中也さんを会わせればミッションコンプリート──……

「!?うえぇっなに!?」

 私が通ろうとしたら、いきなりゲートが閉まりとおせんぼされた。なんでー!?

「センサーが鳴って来てみりゃあ、なんだテレポートガールじゃねえか!」

 立ち往生していると、小走りに現れたのはマイク先生だ。

「なんか知らないですけど、ゲートに不審者扱いされて……」

 普通に通ろうとしただけなのに。

「んー?なんか不審物とか持ってねえか?……って、おいおい、こりゃあアウトだぜ」

 マイク先生は私の鞄を覗き込で言った。……あ!

「いくら可愛いからって学校にペット連れて来ちゃあ……。つーか、ペット連れて来たやつ、初めて見たぜ!」
(センサーに反応した不審物って中也さん――!!)
「(俺かよ――!!)」
「つーわけで、このチワワ没収。放課後、迎えに来るように」

 ひょいっと中也さん(チワワ)をマイク先生は抱っこする。

「マイク先生、待って下さい!その人、チワワだけどチワワじゃないんです!」
「チワワだけどチワワじゃない?確かにチワワにしては目付き悪ぃな……」
「(悪かったなァ!!)」
「いや、そうじゃなくて……えっと、相澤先生に会えば……」
「イレイザーならヒーローでの依頼があって、今日は臨時で休みだぜ」
「「!!」」

 なんですってー!重症でも学校に来る先生が、こういう時に限っていないなんて!

「え、じゃあ相澤先生は今日ってもう学校には来ないんですか?」
「いや、午後には顔を出すって言ってたな。さては……はは〜ん。安心しろ!イレイザーには黙っといてやるよ!」

 あいつ怒るとこえぇもんなーすぐ除籍言うし、と笑うマイク先生。いや、そうじゃなくてですね!(でも、これで除籍は嫌だな!?)

「じゃあ、チワワの面倒は俺にまかせて、テレポートガールはしっかり授業受けろよ!」
「あっ」

 中也さーーん!!

 マイク先生に連れて行かれる中也さん…………ま、いっか。
 どうせ相澤先生が登校するのは午後らしいし、いざとなったら中也さん、しゃべれるし。

「あ、おはよう!飯田くん」
「ん、みょうじ君か。おはよう!今朝は早いな」

 一番に登校しているらしい飯田くんに挨拶して、自分の席に着いた。
 そういえば、相澤先生じゃなければHRは誰だろうと考える。


「HRに〜〜」

 この声は!

「ヒーロー業で不在の相澤くんに代わって私が来た!!!」

 スーツ姿のオールマイト先生が教室に入って来た!
 ……朝から見るにはちょっと濃すぎるな。

「じゃあ、出席番号でも取ってみようかな!」

 ウキウキしながらのオールマイト先生のSHRが始まった。


「じゃあ、今日は抜き打ち小テストやるよ〜」
「「えぇ〜〜!!」」


 ――普通に授業を受けて。


「……爆豪くん。その真っ赤な料理、なに」
「激辛肉炒め」
「お肉どこ!?唐辛子しか見当たらないんだけど」
「爆豪がリクエストした激辛メニューらしいぜ……」
「ランチラッシュもよく受けたね……」


 ――今日も食堂でおいしいお昼ご飯を食べて。


「わーたーしーが、再びヒーロー基礎学で来たぞ!!」


 ――午後の授業を受けて。


「じゃあ、また明日ー!」
「また明日ー!」

 なんだかんだでもう下校時刻だ。

 相澤先生も最後にはちょこっと顔を出して、私もみんなと一緒に教室を後にした。(あれ?なんか忘れているよーな……)

「ああ!!」
「うっせえな、クソテレポ!」

 中也さんのことをすっかり忘れてた!(それとその台詞、爆豪くんにだけは言われたくないっ)

「みんな、先に帰ってて!私、ちょっと用事思い出した!」


 ***


「え、あっ、みょうじさん!?」
「消えてしまった……」
「なまえちゃん、どないしたんやろ?」


 ***


 慌ててテレポートして、職員室のドアをノックし「失礼します!」と、開けたそこには――

「よぉ、ちっとばかし来るのが遅せえんじゃねえか」
「中也さん……!良かった、元に戻ったんですね!」

 そこには、元の人間の姿に戻った中也さんの姿があった。

「おまえ、俺の存在忘れてただろ?」
「えっとぉ……うふふ」

 ここは笑ってごまかす。

 中也さんは相澤先生が職員室に出勤して来た時に、自己主張をして抹消を使ってもらい元に戻ったらしい。「犬がしゃべった!!」と、マイク先生がめっちゃ驚いたらしく、それは見たかった。

「わざわざ雄英ここに来んでも、武装探偵社には無効化の"個性"を持つヤツがいるんじゃなかったか……?」
「まあ、色々あって……」

 相澤先生の疑問に曖昧に答える。

 何はともあれ……。こうして『中也さんがチワワになった騒動』は無事に解決して、めでたしめでたし!


 ***


「あーあ、犬になった中也に嫌がらせしたかったのに……早々に元に戻ったなんてじつに残念だ」
「太宰さん、知ってたんですね」
「隠し撮りしかできなくて、本当に残念だよ」

 ふふ、と太宰さんは悪い笑みを浮かべる。(十分嫌がらせしてる!!)
 ぴらりとコートの内側から取り出されたのは、一枚の目付きの悪いチワワの写真だ。

 中也さんの苦悩はこれからだと、私は心の中で合掌した。



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