母、引子は見た


 世の母親の多くは、日々成長する子供の姿を目にするのが何よりの幸せだ。

 ――一児の息子を持つ、引子もその一人だった。

 息子の出久は、少し気の弱い所もあるが、優しくて思いやりがある子だ。

 小さい頃からオールマイトが大好きで、ヒーローになることに夢を持ち、今もその夢を追いかけ続けている。

 突如出現した"個性"のリスキーパワーには心配はしているが、雄英に通うようになって、目に見えて日々逞しくなっていく息子の姿に――引子は誇らしく思っていた。

(早くお父さんに、成長した出久の姿を見てほしいわ)

 洗濯物を畳み終えると、出久の分の洗濯物を自室へと持っていく。

 ほんの少し開いたドアの隙間に「出久、洗濯物……」と、声をかけようとして、慌てて口を閉じた。


「「みょうじさん、今度の日曜日、一緒に遊園地に行かない?」……いや、唐突過ぎるか?」

 ………!

「「もし、遊園地とか好きだったら、チケットが二枚あるから一緒にどうかな?」……こっちの方が……」

 ………!

「もっとかっこよく誘えたら良いけど……。とりあえず、本番は絶対緊張すると思うし、まずは噛まないようにしないと……ブツブツブツ」


 息子が彼女をデートに誘う練習をしている……!!


 ……いや、彼女じゃなくてもしかしたらまだ片思いの子かも知れない。

 どちらにせよ、好きな子がいるのだ。

 あんなに真剣に、デートに誘う予行練習をするほどに。

(出久も好きな子ができるぐらい大人になったのね……)

 年頃の男の子だし、あえてそういった話はしてこなかったが、あまりにも出久はヒーローのことばかりなので、少し心配になっていたのも事実だ。

 ほんの少し寂しさも感じるが、喜びの方が大きい。

(どんな娘さんか気になるけど、あの根っからのヒーローオタクの出久が好きになった子だもの)

 きっととても魅力的で、素敵なお嬢さんなんだろう。

 引子は目尻に溜まった涙を人指し指で拭ってから。

(出久、頑張るのよ――ファイト!)

 心の中で出久にエールを送り、音を立てないようにそっとその場を離れた。



「あ、出久。そこに洗濯物置いてあるから持っててね」
「うん、ありがとう。……お母さん、何か嬉しいことでもあった?」
「ふふ、なんでもないよ。お母さん、いつだって出久を応援してるからね!」
「?ありがとう…?」


←back
top←