雄英高校を卒業して、早数週間。
無事免許も取得し、私はグラヴィティハット事務所で期待の新人サイドキックとして活躍しながら勉強の日々に。
『――なまえ。お前、今日非番だろ。会えねえか』
恋人である勝己くんに誘われ、この日はカフェでお茶をしていた。
会話はもっぱらヒーロー活動の情報交換で色気は皆無だけど。
「俺たちが追ってるヴィランが日本海の島に逃げ込んだっつう情報が入って、暫く遠征に行くことになった」
…なるほど。どうやらそれを伝える為に勝己くんは今日会おうって言って来たらしい。
その勝己くんはベストジーニスト事務所の期待の新人サイドキックだ。
卒業したらてっきりフリーか、いきなり独立するかと思ったけど、学ぶべきことがあるらしく、しばらくベストジーニストの元でお世話になるという。
「でも、島に逃げ込んだなんて見つかるのは時間の問題な気がするね〜」
島なんて逃げ場なさそうだけど。
「あ?敵が潜伏に厄介な"個性"なの、お前も知ってんだろ」
「え、知らない。ニュースでやってたっけ?」
「表沙汰になってねえからやってねえ。つか、HN見てねえんか」
HN――ヒーローネットワーク。
プロ免許を持つ者だけが使える、ヒーロー専用のネットワークサービスだ。
ここで「はっ」と私は思い出す。
「私、まだ登録してなかった!」
そういえばそんなシステムあったなぁ。
「普通、初日に登録すんだろ…事務所に言われなかったんか」
「言われたけど、忘れてた」
「お前、ベストジーニスト事務所だったらぶっ殺されてんぞ」
ぶっ殺すは彼特有の表現だろうけど、ベストジーニストはびっちりしてるからそういうところ厳しそう。
「うちは身内みたいなもんだから緩くてね〜」
同じようにサイドキックをやってるみんなの話を聞くと。うちは人間関係は良好で、良い職場だと思う。在籍ヒーローたちが個性豊かでトラブルは多いけど…。
「他の事務所じゃやってけねえな…」と呆れる勝己くんの言葉に「私、いずれ独立するから」と返すと「てめェより先に独立したるわ!」と若干キレられた。
勝己くんは学生時代よりだいぶ丸くなったけど、負けず嫌いなのは相変わらずだ。
「とにかく、今はよ登録しとけ」
「うーん…一度は登録しようとしたんだけどよく分からなくて……」
スマホを取り出しながら言う。
この手の登録は回りくどいし、何故こうも面倒なのか。
「勝己くん、やって」
無理かなぁと思いつつ可愛いらしくお願いしてみると。
「………貸せ」
案外彼はあっさり引き受けてくれた。
やった〜と私はスマホを渡す。
「ヒーロー免許証」
「はい」
取り出して渡すと、それを見ながら手早く勝己くんは登録してくれる。彼と付き合って驚いた事は、出来ない事はないんじゃないかということ。
デジタルにも強いし、料理もできるし。ド器用。何でもそつなくこなしてしまう。
「ほら」「わぁ、ありがとう!」
ものの数分で登録してもらい、返って来たスマホを受け取った。早速サイトを見てみる。(へぇ、これがHKか〜)
「勝己くん、パスワードは何にしたの?」
同級生だったみんなのヒーロー名を検索しようとしたら要求された数字4桁に、私が聞くと。
「…俺の誕生日…」
コーヒーを飲みながら小さな声で呟いた勝己くん。私のスマホをタップしようとした指が一瞬止まった。
"0420"と入力すると解除されるロック。
「文句あっか」
「いやいや、やってもらって文句なんてないよ〜覚えやすいし」
「…そうかよ」
(待って。きゅん死にしそう)
にやけそうになる顔を、私も紅茶を飲んでごまかす。(どうしよう…っ、勝己くんを可愛いと思う日が来るなんて……!)
「あと……」
「?」
「登録住所は俺ん家にしといた」
「……!!」
えっと…それってつまり……?
頭がフリーズする。
「そもそも、今日はこれを渡しに来た」
そう言って、テーブルに置いたのは真新しい鍵。
「俺もお前も同じヒーローだ。今後はどうしたって、すれ違いが増えんだろ」
少なくとも。一緒に住めば、多少はその距離を埋められる――
「俺が遠征行ってる間にでも準備しとけや」
既に決定事項と言うように。
構わない。私の答えは決まっているから。
嬉しくて――死んじゃいそう。
「勝己くん」
「…」
「私、これを付けるキーケースが欲しいから買いに行きたい」
鍵を受け取って、笑顔で言えば。
「出るか。――行くぞ」
すぐさま伝票を持ち席を立つ。
彼のその口許も密かに笑みを浮かべていた。
ヒーローとしてもプライベートも、これからもっと忙しくなりそうだ。
きっと、未来は明るい色しかない。