この日、轟焦凍は気になっていた。
相澤のいつも通り、当たり障りのないHRが終わり。
一限目の授業が始まってから――若干隣の席の彼女の行動に。
「………なあ、みょうじ。それは一体何をしているんだ?」
放課後に、焦凍は思いきって聞いた。
多少前より丸くなったといえ、他人に興味がない彼だったが、授業中にも関わらず何やら熱心に何かをしているなまえに好奇心を駆られた。
「これ?年賀状に向けて消しゴムスタンプ作ってるの」
消しゴムスタンプ……?
聞きなれない言葉に焦凍は首を傾げる。
ちょっと待っててもうすぐ出来るからと続けて言ったなまえに、焦凍は素直に待った。
少し身を乗り出して、なまえの手元を見てみると。何やら彫っている……?
「できたー!」
なまえはそう声を上げると、消しゴムをほらと嬉しそうに焦凍に見せた。
「…絵が彫られてるな」
「スタンプだよ。年賀状に向けて作っていたの」
そう言ってなまえはインクを取りだし、ノートの隅にぽんっと押してみせる。
「…おお」
焦凍は思わず感嘆な声を漏らした。
紙には横浜のマスコットキャラで、彼女が好きな"びゃっこ"の絵が。
「すげえな」
「来年は寅年だからびゃっこ!」
「それをずっと授業中に作ってたのか」
……何故、授業中に?
「授業中に作るのが毎年の恒例でねぇ」
質問の答えになってない言葉が返って来たが、焦凍は気にしない事にした。
元々彼の性格は細かい事は気にならない性格だ。
「結構手先が器用なんだな」
「私の師匠が毎年、芋版の年賀状を送ってくれるから、私は消しゴムスタンプを作るようになってそれで年賀状出すようになってね」
(師匠、いるのか)
「焦凍くんも住所を教えてくれたら、年賀状送るよぉ」
その言葉に焦凍は少し間を置いて「じゃあ…」となまえのノートの隅に住所を書いた。
「代わりに焦凍くんも年賀状送ってよ」
「わかった」
言われるままに焦凍はそう頷く。
すぐに話を聞き付けたクラスメイトがなまえの周りに集まって来て、二人の会話はそこで終わった。
「なにそのスタンプ可愛い!みょうじ、アタシにも送ってー!!」アタシも送るからさ!
「俺も俺も!」
皆の要望に笑顔で答える彼女に、もしかしたらクラス全員に送ることになるかも知れないなと、焦凍はその光景を見ながら思った。
(年賀状、か…………)
わかったと頷いたが、年賀状は姉の冬美にまかせっきりで、自分でちゃんと出した覚えがない。(どんなもんが良いんだ…?みょうじが喜びそうなもの……)
とりあえず、家に帰ると。
年賀状の準備を始めているだろう姉に相談してみる事にした。
「――姉さん。年賀状、俺も個人的に出したいんだけど……」
「あら、珍しいわね。何枚?」
「いち……」
言いかけて、焦凍は思い出す。
そういえば飯田がクラスメイトたちに住所を聞いて回っていて、自分も例外なく聞かれた。
それに緑谷もそんな雰囲気だったので、送ってくれるかも知れない。
「とりあえず…3枚」
まあ、他はいつものように来たら返せば良いかと考えた。
「分かった。一緒に作っちゃおうか?それとも絵柄だけ印刷してハガキ渡そうか?」
その時、みょうじしか住所を知らないのを焦凍は思い出した。まあ、あとで聞けばいい。
「絵柄だけ印刷してくれ」
焦凍の言葉に、冬美は笑ってパソコンを操作する。
どの絵柄がいいかと真剣に悩む弟の姿を微笑ましく見守って、アドバイスして。(送り先の一人は女の子かなぁ)
選んだ一枚は、とっても可愛い寅の絵のものだったから。
焦凍にとって、年末年始は世間が思うような特別な日ではなかった。
年越し蕎麦は何故冷たいやつじゃないのかと思うし、普段あまり家にいない父親が帰ってくるし。
親戚つき合いは煩わしいく、特に母方の親戚と顔を合わせる時は、苦く忌々しい感情を抱いていた。
母、冷の両親――焦凍にとっては、祖父と祖母は今年も来ないらしい。
当然だ、娘があんな目にあったのだから。
それとは反対に、その親戚は身内が酷い目に合ったというのに、元凶である父親のご機嫌取りに来る――。
(新年の朝の空気は好きだな。突き刺すような冷たさが心地いい)
それでも今年は、いつもと少し違う感情を抱いて、新しい年を迎えた。
"個性"上、寒さに強い焦凍は薄着のまま玄関を出て、ポストを確認する。
ヒーローである父の炎司や、職業柄、付き合いが多い冬美に向けての大量な年賀ハガキに混じって、届いた焦凍の分。
自然と彼の口許に笑みが浮かぶ。
初めて出来た友達からの年賀状。
他のクラスメイトからも届いて焦凍は驚いた。
その中に――あの時、見せてもらった手作りのスタンプのびゃっこを見つける。
『明けましておめでとう!去年はお世話になりました。今年もよろしくね』
焦凍くんにとって、素敵な一年になりますように――。
吹き出しの中に書かれた、まるでびゃっこが喋ってるようなメッセージ。
(素敵な一年か………)
自分は一言「今年もよろしく」と添えただけだが、喜んでくれたなら良いなと思う。
(あいつはどんな風に過ごしてるんだろうな)
なんだか無性にあの屈折なく笑う笑顔に会いたくなった。
とりあえず、焦凍は家に戻る。
まずはクラスメイトへ年賀状を返さなければ。