狼になってもおかしくない

「カ…カミュが、狼になっちゃった……!!」

 キャンプ地にて。一行が食事の準備をしていた時、ナマエのそんな声が響き、彼らは一斉に振り返った。

「カミュが狼……?って本当だ!!」

 不思議そうに言ったイレブンも同じように驚きの声を上げる。

 そこには一匹の大きな狼がいた。

 青みのかかった銀色の毛並みに、青い瞳。人間で言うイケメンな顔立ち。

 どこからどう見ても、カミュだ。

 そのカミュは森に食材を探しに行ったきりだったが、狼になって帰って来たのか。

「まあっ!カミュさま……どういうことでしょう。ビーストモードの影響でしょうか」
「う〜ん、もしかしたら魔物の呪いって可能性もあるかも知れないわ。そういうイタズラもあるって聞くし」

 双子も不思議そうに狼のカミュを見て、頭を捻る。

「お伽噺なら元の姿に戻るなら、お姫さまのキスね!ロマンティックじゃない!」

 シルビアはうっとりしてそう言った。

「わぁ、カミュは毛並みが良いのね。モフモフ」
「狼のカミュもかっこいいなぁ」

 こちらもうっとりと。そう言ってナマエとイレブンは左右から狼のカミュに抱きつく。

 ――その姿を顔をしかめて見つめる男がひとり。

「いや、オレはここにいるんだけど」

 聞き慣れた声に、全員が振り返る。

「「カミュ!?」」

 人間のカミュがいるなら、こっちの狼のカミュはいったい……?

「本物はどっち……?」
「あのなぁ!本物がどっちも何も、そいつどう見ても野生のただの狼だろ?」

 首を傾げるナマエに、カミュは呆れて見た。こいつはその狼を本物のオレだと思ってたのか。心外だ。

「どう見てもカミュだよな」
「どう見てもカミュさまでしたわ」
「どう見てもカミュね。首輪を買って来ようかと思ってたところよ」
「カミュちゃん、そっくりな狼ちゃんもいたものね〜」

 イレブンに続き、双子とシルビアも同じように。「お前ら……」とカミュは怒りを通りこして項垂れた。

「あはは、ごめんって。だって、カミュはビーストモードがあるから狼になってもおかしくないっていうか」
 そうイレブンは軽快に笑う。

 当の狼はナマエに抱きつかれたまま、カミュを見上げている。
 毛色や瞳の色に、まあ自分と似ていないこともないが……。

「それにしても、野生の狼にしては人懐っこいな」

 カミュが狼に近づこうとしたら、狼は低い唸り声と共に牙を向けた。

「あら、カミュちゃんを警戒してるのね。同族嫌悪かしら?」
 ひと指し指を顎に当てて、シルビアが言う。「誰が同族だ」カミュは不本意だと踵を返した。

「だめだよ、カミュ2号」

 そんな彼女の声が背中に届いた。
 妙な名前をつけやがって……カミュは頭をかいた。

 先ほどからイレブンと共に、ナマエもあの狼に夢中なのが少し面白くない。
 だが、食事が出来れば食べるのが大好きな彼女は飛んで来るだろう。

「おいしそうなにおい〜」

 ……ほら。カミュはこっそりと口許に笑みを浮かべた。

「野菜とお肉のスープだね!……このお肉、カミュ2号にあげても良いかな?」
「はあ!?野生の狼にくれてやるものなんぞ……」

 ナマエの発言に顔をしかめるカミュ。
 そこにイレブンが彼女の肩を持つ。

「まあ、良いじゃないか。肉はナマエの矢で獲ったんだし」
「捌いたのと調理したのはオレだけどな」
「でも、カミュさま2号さんもお腹が空いてそうですわ」

 セーニャは丁寧に言い過ぎて、狼がおかしな名前になっている。

「もう、少しぐらい良いじゃない!アンタ、狼にまで焼きもち妬くつもり?」
「…おい。オレがいつどこでそんなの妬いて」
「あら、狼ちゃんが尻尾を振ってこっちを見てるわ!」
「やはりお腹が空いてるみたいですわ。行きましょう!」
「うんっ」
「あ、こら」

 カミュがベロニカと言い合ってる間に、ナマエはシルビアとセーニャに連れられ狼の元へ肉を持って行ってしまう。
 その楽しそうな後ろ姿に、カミュは何度目かのため息を吐いて諦めた。
 その横で犬のような目をしてスープを見ている彼に、皿を渡す。まったくこっちはマイペースな勇者さまだ。


「カミュ2号、行っちゃった……」

 焚き火の前で、ナマエは寂しそうに呟いた。狼は肉をもらい腹を満たすと、少しうとうとしていたが。ふらりと夜の闇に消えていった。野生の動物はそんなものだろう。むしろ、狼があんなに大人しくなついてきたのが驚きだ。
 見張りのカミュとは別に、他の者たちは寝床についたが、ひとり起きて狼を撫でていたナマエ。
 そんなにあの狼を気に入ったのだろうか。

「カミュの生き写しみたいに似てて…」

 隣に座ってきた彼女にそう聞いたら、そう答えが返ってきた。オレはもうつっこまないぞ。

「……そんなに狼が良いなら、なってやろうか?」
 そうニヤリとカミュが言うと、彼女は不思議な色をした目を見開ききょとんとした。
「……カミュ。なれるの?」

 驚く彼女に顔を寄せる。

「ああ……お前になら、オレが狼になってもおかしくねぇな」

 くつくつと喉で笑うカミュ。焚き火の明かりが反射したのだろうか、カミュの青い瞳に熱が見える。
 その視線に堪えきれず、頬に熱を感じながらナマエは視線を泳がす。

 すると、カミュの背後の夜空に大きな満月が浮かんでいるのが見えた。



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