5月の話

「ねえ、二人とも。今日は何の日か知ってる?」

 とある初夏の日に、イレブンとナマエはベロニカにそう訪ねられる。

「何の日……?」
「あ、分かった。こどもの日ね、師匠?」

 考えるイレブンの隣で、ナマエはぱちんと両手を合わせて答える。
 何をする日かは分からないが、町で噂を耳にしたのを思い出した。

「正解!"こどもの日"――つまり、私が主役の日よ!!」

 ベロニカが主役の日……?

 イシの村にそんな風習はなかったので、もちろんイレブンも何をする日か分からず首を傾げた。

「さあ!今日はこのベロニカさまを思う存分に敬い、褒め称えてちょうだい!」
「お姉さま…こどもの日はそのような記念日ではありませんわ……」
「そもそもお前はこどもじゃねえだろ……」

 ふふんと得意気に言うベロニカに、呆れ顔で返すセーニャとカミュ。

「あーら、私は"今は"こどもよ!」
「いつもはこども扱いすると怒るのに都合が良いこった…」
「師匠は大人とこどもの良いとこ取りねっ」

 同じことでもカミュとナマエによって、捉え方が真逆だと、イレブンは感心した。

「ねえ、前から気になってはいたのだけれど――ベロニカちゃんはセーニャちゃんのお姉ちゃんなのよね?」

 そう口許に人差し指を置いて、乙女チックに疑問を口にしたのはシルビア。

「そういえば、シルビアさんにはまだ話てなかったわね!かくかくしかしかで、本当は私は立派なレディなの!」
「まあ〜!そうだったの!レディなベロニカちゃんも見てみたいけど、今の姿も素敵よ♪」
「さっすがシルビアさん!分かってるわ!」

 褒め上手なシルビアにそう言われ、上機嫌なベロニカ。

「ところで、こどもの日ってどういう日なの?」

 タイミングを見計らってイレブンがずっと考えてた疑問を聞いた。

「こどもたちが元気に育ち、大きくなったことをお祝いする日ですわ、イレブンさま」

 説明したのはセーニャだ。

「ま、どっちにしろおチビちゃんには関係ねえ記念日だな」
「ちょっとその呼び方はやめてって言ってるでしょー!!」
「だって"こども"なんだろ?」
「えぇと、ベロニカはこどもの姿になったけど、これから成長したりするのかな?」

 言い合いになりそうな二人に、イレブンは話題を変えるように言った。

「まだハッキリとは言えないけれど、成長する可能性はあると思うわ!」
「じゃあ、師匠は栄養があるものをたくさん食べないとね」

 何気ないナマエの言葉に、イレブンはピンと来る。

「栄養なら牛乳が良いよ!よって今日はシチューにしよう!」

 イレブンの言葉に「そりゃあお前が食いたいだけだろ」と呆れながらも笑うカミュ。
 ベロニカも思わずくすりと笑う。

「…そうね!私もシチューが食べたいわ。今日は世界一おいしいシチューを作りましょう!」

 ベロニカの言葉に、イレブンだけでなくナマエも喜ぶ。

 至高のシチューを作るため、本日の夕飯は奮闘する彼らだった。


【五月病ファーリス】


 勇者一行がサマディー王国を去って数ヶ月――。

 今までの生き方が嘘のように、ファーリスは剣術や馬術の稽古をしっかり受けていた。

「……王妃よ。今日もファーリスは稽古に励んでおった」
「ええ、あなた。サマディー王国の未来も安泰ですわ」

 そうにっこり笑い合う王と王妃。

 一方、ファーリスは「今日も一日ボクは十分過ぎるほど頑張った」と全身に書いてよろよろと自室に戻る途中だった。

「王子さま!今日も稽古お疲れさまです!!」
「…このくらいどうってことないさ!何せボクは未来のサマディー王国を統べる男だからね!」

 通りすがりに見回りの兵士に挨拶され、途端にシャキッとするファーリス。
 少々見栄っ張りな性格は相変わらずであった。

「さすがです!王子さま!」と、兵士は感動の眼差しを向ける。

 そもそも後継者である王子として当たり前のことだが、そこをつっこむのは野暮というもの。

「私も王子さまを見習って今後も精進します!あ、でも、いくら王子さまでも頑張り過ぎはダメですよ?」

 五月病が流行ってるみたいですからと言う兵士の言葉に「五月病…?」とファーリスは不思議そうに繰り返す。

「ええ。この時期、新人兵士が陥り易いんですよ。稽古や仕事に頑張りすぎて、張り詰めた糸がぷっつんと切れるように、急に体調が優れなくなったり、気分が落ち込んでしまうのです」

 兵士の説明に、

(それだ……!!)

 と何やらファーリスは閃いた。
 兵士の両肩に手を置く。

「キミ、ありがとう」
「…へ?あ、いえ!恐縮です!!」

 突然お礼を言われて、何がなんだか分からない兵士をよそにファーリスは自室へ急ぐ。


「いいか?ボクは五月病になった!」
「………………ほ〜ん?」
「いやなんだその返答!?」

 自室に呼び出されたと思えば、ファーリスにそう宣言され、ユルい側近は思いっきり首を傾げた。

「五月病、ですか?」
「ああ。……簡単に言うとそろそろ体がしんどくて、少しお休みを頂きたい」

 そう言うファーリスに、ユルい側近は分からないでもなかった。
 今まで剣術の"け"も馬術の"ば"もやって来なかった彼が、あの件以来、毎日欠かさず稽古をしているのだ。

「五月病になったとなれば、仕方がないことで休むしかないだろう」

 そして、自分からは根を上げる言葉を言えないのも分かる。
 
 新たな期待とプレッシャーによって。

 毎日、王がこっそりその様子を覗いているからだ。
 王はバレていないと思ってるが、ファーリスはとっくのとうに気づいていた。

「……分かりました」

 しばし思案するようにした後、ユルい側近は頷き答えた。

「では、王と王妃にはそう伝えて起きましょう。ただし、三日間だけですよ。それ以上だとせっかくの王子の頑張りが水の泡になってしまいますからね〜」

 ユルい側近の言葉に「もちろんだ!以前のボクとは違うからな!」と調子の良いような頼もしいような言葉がファーリスから返って来た。

 五月病とは正式な病気ではないが、確かにこのままのペースでいけば、それこそぷっつんいきそうである。
 この辺りで休養を取るのは良いかもしれない。

 ユルい側近は王と王妃に伝え。

 三日間――約束通り復活したファーリス。
 そんな彼に酷く心配する王と王妃の過保護っぷりも、変わらず健在であった。



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