最強王子と二人の護衛

「私は優秀なメイドさん〜♪」

 鼻歌交じりに歌いながら仕事をする彼女の名はナマエ。

 彼女はメイドではなく、暗殺者だ。

 その界隈でも有名な殺し屋。
 彼女に人の命を奪う罪悪感はない。

 何故ならこの世は弱肉強食だから。

 強い者が生き残り、弱い者が沙汰されるのは当然な理屈だ。
 魔物と戦うのと同じである。
 例え自分が命を奪われても、それは相手より己が弱かっただけで、自然の摂理だとナマエは思うだろう。


「ちょっとあなた!こっち来てごらんなさい!そう、新人メイドのあなたよ!」

 使用人の女性に呼ばれて、彼女は言われるまま窓から下を覗く。
 
「あそこを歩いてらっしゃる方が、この国の王子のイレブンさまよ!」
「まあ、凛々しいお方」

 肩まで揃えられたサラサラ髪を靡かせ歩く姿。
 遠くからでも気品と王族らしい佇まいを感じさせた。

「私ら使用人にも優しく、賢いお方さ。本来なら次期王子になるはずが、突然の事故で王と王妃が亡くなり、王位を揉めていてねぇ」
「あら、でも王子はイレブンさまだけでしょう?何を揉める必要があるのですか」

 彼女が聞くと使用人の女性はきょろきょろと辺りを伺い、声を潜めると……

「ここだけの話なんだけど……大臣を支持する者たちが多くてね。王子がまだ齢16歳とお若いこともあって、大臣を王にしようと話が上がってるのさ」
「王族でもない大臣がですか?」

 ナマエは驚いた顔をしてみせる。

「あたしもキナ臭いと思うんだけどさ。それだけ権力を持っているってことらしいのよ。今は前国王のロウさまが急遽治めてるけど、あの方もお年だし、この国はどうなることやら……」

 使用人の女性は憂いを帯びた表情をして、持ち場に戻って行った。
 何も知らないような顔で聞いていたが、ナマエはこの城の事情は知っている。

 何故なら、彼女の今回の暗殺の標的こそが、その王子だったからだ。

 暗殺を確実に成功する為に、標的の身辺を調べるのは欠かせない。
 ナマエは暗殺とはいえ、仕事に対しては真面目でプライドを持っていた。

 メイドとして城に潜入しただけでなく、プロフェッショナルにきちっと完璧なメイドを演じるほどだ。

 そして、依頼を受けたからには必ず遂行する。

 今回、暗殺の依頼を受けたのはナマエだけではなかった。同業者にターゲットを横取りにされるのも彼女は良しとしない。
 なので、王子を次々と狙う暗殺者も無論始末した。
 どうやら、依頼主はよっぽど王子を亡き者にしたいらしい。
 依頼主は匿名だが、きっと大臣側の人間だろう。もしくは大臣本人かも知れない。

「(暗殺するより表向きだけ彼を王子に仕立てて、裏で操った方が円滑に事を運べそうなのに)」

 少し疑問は残るが、ナマエは着々と計画を練って、その機会を伺う――。


 その機会がやって来たのは、とある満月の夜だった。


 王子の寝室には、予め鍵を細工した窓から簡単に忍び込めた。

 王子は何も知らずにベッドでスヤスヤと眠っている。
 ちょっとやそっとでは起きないだろう。

 彼の飲み物にゆめみの花から作った特製の睡眠薬を入れたからだ。
 毒味が飲んでも気づいた時には後の祭り。
 なるべく悲劇の王子を苦しまずに死なせたいという、ナマエの僅かばかりの思いから。

 太腿のホルダーからナイフを引き抜く。
 ――一刺しで、殺してあげる。

「…………」

 月明かりに照らされた、穏やかに眠る王子の寝顔。
 一瞬、ほんの一瞬だけ直角に向けられたナイフは躊躇いを見せたが。

 次の瞬間、まっすぐと彼の心臓目掛けて降り下ろされる――!

「……っ!」

 気配。ナマエはそれを見ずとも首を反らして避けた。
 ベッドを挟んだ白い壁に刺さったのは短剣。

「……へぇ、よく避けたな。さすが噂になるだけある。あんた、"悲劇の魔女"と呼ばれている暗殺者だろ」
「………………」

 ナマエは答えず、冷たい目をして振り向いた。

 開かれたままだった窓。風ではためくカーテンの向こうのバルコニーに、青年が手すりに片足を立て腰掛けている。

 月光が照らされても青年の顔は見えない。
 何故なら、すっぽりとフードを深く被っているから。

「悪いな。その王子はまだ殺されちゃ困るんだ。そいつを殺すなら、ユグノアの秘宝をオレが手に入れてからにしてくれ」

 涼やかな声が話す。――計画にはない予期せぬ侵入者は、どうやら宝目当てのこそ泥らしい。

「私の邪魔をするなら貴方も殺してあげる」
「ハッ、…やれるものならやってみろよ」

 彼女は足を踏み出しすと同時に、指の間に挟んだ小型のナイフを投げつけた。

 瞬時に青年は手すりから飛び上がり、それを避ける。

 満月を背に宙を回転する青年。

 その手に短剣が握られていることに気づき。
 ナマエは長いスカートを後ろに蹴り上げ、脹ら脛に忍ばせた細身の短剣に手を伸ばす。

 二人の刃が互いに届く前に。

「――うん。君たちなら頼りになりそうだ」

 まだ少年っぽさが残るが、凛とした声が突如響いた。
 二人はぴたりと動きを止め、声がした方を見る。

 イレブン王子がベッドの端に座り、こちらを悠然と眺めていた。
 いつ、起きた――怪訝な顔をする二人に王子は言う。

「とりあえず二人とも。武器を下ろして、僕の話を聞いてほしい」

 二人は互いに目だけ合わせると、やがて、同時に武器を下ろした――……。


「グラスに睡眠薬を入れたはずなんだけど…」

 彼女の疑問に王子は微笑を浮かべて答える。

「飲むフリだけで、最初から飲んでなかったからね。……この城に、僕の味方は少ないから」

 最後の言葉は悲しそうに彼は言った。
 毒味係も信じておらず、最初から口にするものを彼は疑っていたのだ。

「……そのようね。私は貴方の暗殺の依頼を受けて殺しに来たから」
「あ、その依頼出したの僕」
「……。はああ!?」

 さらり言った王子の爆弾発言に、ナマエは一拍置いてすっとんきょんな声を出した。

 どういうことだ。自分で自分の暗殺依頼をしたとは。

「優秀な味方が欲しかったんだ。成功報酬は膨大な額にしたから、きっと集まって来たものは我先にと争う。その中で、一番最初に僕の喉元に刃を突きつけた者が優秀な暗殺者ってなるだろ?」
「呆れた……」

 ナマエは話を聞いてそう呟いたが、同時に温室育ちの王子にしては度胸があると感心もした。
 それだけ追い詰められていると言えるかも知れないが。

「一歩間違えれば、貴方は死んでたのに」
「賭けではあったけど、色々対策はしてたよ。ほら、寝巻きの下は鎖帷子を着てるし」
「……。綺麗な顔してやるわね…」
「はは、オレが止めなくても暗殺に失敗してたな」

 笑うフードの青年に彼女はぎろりと睨んだ。

「もう一つ、ユグノアの秘宝の噂を流したんだけど……、君はそれ目当てみたいだね」
「ただのこそ泥じゃない」
「オレはこそ泥じゃねえ。盗賊だ」

 不本意そうにフードの青年は訂正したが、似たようなものじゃないと彼女は呟く。

「それで本題なんだけど、君たちに僕の護衛をしてほしいんだ」

 真面目な顔と声で王子は言った。

「知っての通り、今この国の城は王位を争っている。争っているというか、一方的に奪われようとしてるんだけど……」
「大臣ね」
「ああ……僕の両親もたぶん奴の手先に……」

 苦々しいその言葉には、二人は驚かなかった。

 彼の両親――王と王妃は隣国からの会合の帰り道に、魔物に襲われて亡くなったという。
 出来すぎている話だと思ったからだ。

「僕が王位を継ぐには『勇者の紋章』をこの左手に宿す必要がある」
 彼は自分の左手の甲を見ながら話す。
「それには、ユグノア王国と由縁がある聖地ラムダで試練を受けなければならないんだ」
「それでオレたちを護衛ってわけか」
「ああ、君たちなら実力はあるし、信用もできる」
「信用?何故」

 間髪入れずに彼女は聞き返した。

「だって、君たちは自分に利があるうちは僕に協力してくれるから」

 王子の話に、フードの男が口を開く。

「確かに…オレは秘宝が手に入ればそれでいいが、そっちの暗殺者の姉ちゃんは王子に協力する利はないんじゃねえか」
「あるよ」

 王子はにっこりと笑って答えた。

「君は受けた任務は必ず遂行してるし、自分の仕事にプライドを持っているタイプだ。ユグノア王子暗殺依頼を取り下げるとしよう。君は先ほどの最大のチャンスを生かせなかったわけだけど……その後に自分が殺せなかった標的の僕が、他の誰かに殺されたら暗殺者としての君のプライドが傷つくんじゃないか?」
「……言ってくれるじゃない」

 むちゃくちゃな理屈だが、彼女にとっては一理ある。
 どうやら、彼が優秀と言うのは本当のようだ。

「……いいわ。今の私はメイドでもあるし、メイドは主人の露払いをするのもお役目。付き合ってあげましょう」
「ありがとう。君がいれば心強いよ」
「そんなこと言ってあっさり寝首を掻くんじゃないか。暗殺者なんて信用ならねえぜ」
「それはこそ泥の貴方もでしょう。あっさり裏切るんじゃないの」
「オレは盗賊だっつってんだろ。おい、王子。やっぱこいつを仲間にするのは危険だぜ。護衛なんぞオレ一人で十分だ」
「王子。こんな盗賊なんかと組むのはおすすめしません。今すぐ手を切りましょう。大丈夫です。任務とあれば護衛もしっかり全うしますから」
「……君たち、仲良くね」


 何はともあれ――ユグノア王子に、頼もしい仲間ができた。


「とりあえず自己紹介しようか。僕は知っての通り、ユグノア王子のイレブン」
「「知ってる」」
「だから知っての通りってつけただろう?人間関係は最初が大事だからね」
「すでに最初は最悪だと思うが……。オレはカミュだ」
「君は……」
「私は……マヤ」
「…お前、それぜってー偽名だろ。まずマヤって顔してねえ」
「どういう顔をしてればマヤなのよ」
「オレの妹の名がマヤなんだよ」
「あら、そう」
「へぇ、カミュには妹がいるのか。でも、僕も本当の名前が知りたいな。名前って最初に自分を認識するものだし、本当の名前で君を呼びたい――」

 王子に真摯にそう言われ、ナマエはおずおずと口を開く。

「……ナマエ」
「素敵な名前だ。これからよろしく、ナマエ」
「まあ、ナマエって顔してんな」
「だからどういう顔なのよ……」


 ――聖地ラムダに出発の日。


「なんでオレまでこんな格好に……」
「王子の護衛をする建前よ」

 執事の格好をしているカミュ。
 ナマエとカミュは念の為、用意された馬車を確認する。

「細工はされてねえみてえだな」
「ええ」
「乗り込むか」

 馬車に乗り込もうとしたカミュの脛をナマエは思いっきり蹴った。

「いって…!…っ何すんだよ…!」
「どこの城に王子より先に馬車に乗り込む執事がいるのよ!」
「オレは本物の執事じゃねえんだから別にいいだろ!」
「王子の護衛に盗賊だってバレたら問題になるのわかってる?」「暗殺者のメイドの方が問題だろ…」「さあ王子、どうぞ」
「…ありがとう」 

 執事のフリだけするカミュと、メイドを完璧に演じるナマエ。そのやりとりに苦笑いを浮かべながら王子は馬車に乗り込む。
 そして、今度は先にどっちが乗り込むかぎゃあぎゃあと揉める二人に。

「二人とも……仲良くね?」

 以前と同じことをもう一度王子は言った。
 笑顔だが、その裏に凄みを感じて二人は思わず「はい…」と素直に返事をする。

 彼の背後におにこんぼうが見えた。

 あ、怒らせたらいけないタイプの人間だ――と、肝に銘じる二人。


「……先に乗れよ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」


 こうして――自国を守るため、腕利きの盗賊と優秀な暗殺者を従え、ユグノア王子は旅立った。


「……囲まれてるな」
「殺気を隠さないなんて大した者たちじゃないでしょう。さっさと片付けるわよ、カミュ」
「ちょっと待っててくれ、王子サマ」


 早速現れた刺客たちを二人はあっという間に一掃した。
 二人を見て、イレブンは自分の目に間違いはなかったと確信する。

(父上、母上……ユグノアに巣くう悪は、僕が必ず払うから……見守っていてください)

 人知れず、そう胸に誓うイレブン。
 再び馬車は何事もなく聖地ラムダへと向かう――。



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