異世界からトリップしてきたナマエが、この世界の暮らしにも慣れてきた頃。
「あれがソルティコの町ですね……!」
「綺麗な海辺の町並みだろ?ロトゼタシアでも有数なリゾート地だ」
船の上から身を乗りだし、眺める彼女にカミュが説明した。
青い海を面して、真っ白な建物のコントラストが美しい。
ソルティコの町に、ナマエはギリシャのとある絶景リゾート地を思い出した。
自分には縁がないと思っていたが、まさかこんな形で似たような場所に訪れる事になったとは。
トリップした頃は早く生活に慣れなくては、どうやったら元の世界に帰れるだろうと悩むことが多かったが……。
「ずっと船旅で退屈だったんじゃねえか?今日は羽伸ばして楽しめよ」
カミュの気遣う言葉にナマエは頷き微笑む。
彼女にとってこの世界で初めての町であり、一旦忘れて今日は楽しむことにした。
カミュに案内される形で町を歩く。
町には見たことない花が飾られ、見たことない物が売られていて、まさに異国の町だ。
「迷子になるなよ?」
「もうっ…そんな歳じゃないですよ」
きょろきょろと楽しげに町並みを見渡す彼女に、カミュは笑いながら言った。
観光のように町を見て回る。
町の者から一目置かれているカミュは、有名な海賊らしい。
「何か欲しいものがあるか?何でも買ってやるよ」
遠慮するなとカミュは気前よくそう言ったが、素直に甘えるのは気が引けてしまう。
「希少なももいろサンゴのネックレスだよ!格安の1万ゴールドだよ!」
……日本円だといくらなんだろう?
希少とつく限り高そうだが。
(あ、これ可愛い……)
彼女が自然と目を引かれたのは、青い貝殻を加工したもの。
「それはこの辺りの海岸にしかないソルティアナシェルのお守りだよ」
「へぇ、お守りか。持ってとけよ」
彼女が何か言う前に、カミュはさっさと購入する。「ほら」
戸惑いながらも差し出すその手のひらにそっと置けば。
「あ…ありがとう、カミュさん…!」
嬉しそうに笑顔で喜ぶナマエを見て、安い買い物だとカミュは思う。
海が見えるオープンレストランで食事を取り、二人は砂浜にやって来た。
船に乗り、毎日海を見てきたが、大海原と波打ち際はまた別物だ。
「…沖縄の海みたい…」
「オキナワ?」
「あ、私の世界にある海なんですけど、こんな風に透き通っていて綺麗で……」
懐かしむような感傷的な瞳で眺めている彼女を――。
ああ、その表情も良いなと思う自分は酷い男だろうか。
「大丈夫だ、オレがついている」
「カミュさん……」
あくまでも優しく、カミュは彼女に接した。
そんな風に海を眺めていると、話しかけて来たのは一人の画家だ。
「貴女の海を見る横顔がとても印象的でした。良かったら貰って下さい」
彼女が受け取ったのは、鉛筆でさらりと書かれた自分の絵だ。
「すごい……上手な絵」
「よく描かれているな」
彼女の憂いを閉じ込めたような絵だった。
――次にカミュが彼女を連れて来たのは、華やかなドレスがずらりと並ぶ店である。
「えっと、カミュさん…これは?」
「正装をしねえと、カジノのVIPルームには入れねえからな」
カジノ……?確かにこの町にはカジノがあると聞いたけれど。
「こいつに似合うドレスを見繕ってくれ」
「かしこまりました」
強引にナマエは試着室へと連れて行かれる。
「貴女にはこっちの色が合うわね。デザインはこっちがいいかしら?」
何がなんだか分からないうちに、何着かドレスを当てて考える店員。
「あ、あの……」
「これがいいわ!これがぴったりよ!さすが私ね!さあ、これを着てみてちょうだい!」
彼女の意見はまったく無視で、自画自賛の言葉と共にドレスを押し付けられた。
仕方なくナマエは着ることにする――……
「やっぱりよく似合ってるわ!さすが私の見立てね!靴はこれで、髪型とお化粧もちゃんとしなくちゃ!」
再び自画自賛の言葉と共に、ナマエはまな板の鯉のように店員の思うままに身嗜みを整えられた。
(こんな華やかなドレス、生まれて初めて着た……)
鏡に映る自分は、貴族の娘のような姿だ。初めて見る自分の姿に驚いていると――
「似合ってるじゃねえか。どこのお嬢サマかと思ったぜ?」
同じく正装姿のカミュが現れた。
「初めてこんな格好をしたので、大丈夫でしょうか……。カミュさんはとても似合っていて素敵です!」
眼帯はそのままだが、いかにも海賊と分かる服装とは違うスーツ姿も、彼はばっちり着こなしている。
「準備もできたし、カジノに行くぜ」
そう言って、カミュはすっと手を差し出す。
「お嬢様、お手をどうぞ――」
異世界の海賊は女性のエスコートも完璧なのだろうか。
二人が訪れたのは、カジノでも一般客が遊ぶ場所ではなく、VIPルームだ。
いかにも貴族という者たちが、優雅に遊んでいる。
「その様子だとカジノは初めてか?」
「はい…」
「んじゃあ、ビギナーズラックを狙えるかもな」
あまり文明が発達していない異世界だと思っていたので、スロットマシンが置いてあったのは意外だった。
マジックスロット――略してマジスロというからくりと魔法で動く不思議なスロットらしい。
それも気になったが、二人はポーカーで遊ぶことになった。
ポーカーならナマエもルールを知っている。
「…アンタ、海賊の女にしちゃ勿体ないな。おっと斬らないでくれよ。VIPルームでは荒事は御法度だぜ」
見回りをする兵士にナマエは声をかけられ、カミュは片目を鋭くさせ、牽制した。
確かに。今の彼女はお世辞ではなく、本物の令嬢のようだ。
案外、こういった華やかな服装が似合うんだなとカミュは思う。
女性として魅力的な姿にどうしたもんかねぇとカミュを悩ます。
今までの自分だったら、無理矢理にでも自分のモノにするような性分だが、ナマエに対しては優しくしてやろうと思っていたからだ。
そういった感情を抱かせるナマエという女は、やはり自分にとって特別なのだと思う。
だが、彼女を見る周りの男の視線にも――それに気づいてないような危うい彼女にも、心を揺さぶられる。
――今すぐ自分のモノにしてしまいたいと。
所詮、海賊は気まぐれなのだ。
「……なあ、オレと賭けをしねえか?」
「賭け?」
カミュは自分の欲求に素直に従うかどうか、運任せに決めることにした。
だが、一つだけ確かなことは
どちらに転んでも、彼女の運命は彼の手の中だ。
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