二人旅

 ひっそりと夜の帷に溶け込むように旅立とうと思う。

 魔王が勇者とその仲間たちの手によって倒され、平和が訪れたこの世界に――己の生きる道を探して。

 魔王に唆されたといえ、私の罪は決して赦されない。
 例え、勇者が、デルカダール王が、私の友人が――赦してくれたとしても。

『死は罪滅ぼしじゃない。あなたは生きて、罪を償ってほしい』

 自ら命を絶とうした私に、勇者が言った言葉を思い出す。
 故郷を焼き尽くした男など、今も憎んでいるはずなのに、彼の目には憐れみではない、慈悲が滲んでいた。


 だから、旅に出るのだ。
 この国に、私はいてはならない。


 デルカダール城に、頭を深く下げ、別れを告げる。
 正気を取り戻した国王に、次期女王のマルティナ王女、名高い騎士――グレイグがいるのだ。

 この国は安泰だ。きっと、最初から私はこの国に必要なかったのだと、もっと早くに気づけていたら……多くの罪を犯さずに済んだのかも知れない。

(……今となってはすべてが遅すぎる話だな)

 ――……!

 兵士に見つかぬよう、城を出ると待ち構えるようにその者は立っていた。
 誰にも見つからぬよう、宴の最中に静かに出てきたというのに。

「……お前は……」

 かつての部下であったナマエだった。
 魔王に心酔した私の思想に反発し、私の部下から外して以来に顔を合わせる。

 最後に恨み言の一つにでも言いにきたのだろうか。

「ホメロス将軍……。いいえ、ホメロス殿」

 雲が流れ、月明かりの下、まっすぐと私に視線を向けるナマエの口から出た言葉は、驚くべきものだった。

「旅は道ずれと言いますでしょう。私も一緒に行きます」
「は……」

 デルカダールの鎧でも正装でもなく、動きやすい私服。武器に荷物に旅立ちの準備は万全なナマエの姿が目に映る。

「……何を言っている。これは私の旅だ。何より、お前はグレイグの下につくことになったのだろう。さあ、早く城に戻るのだ」

 説得を試みるものの、彼女は頑として首を縦に振らなかった。

「戻りません。私も一緒に旅に出ます。もう決めたことです。貴方は無理やり私を部下から外したのですから、それぐらいのお願い聞いてくれてもいいじゃないですか」

 そこを突かれると私は何も言えない。
 お互い譲らないなか「ほら、早く行かないと門番に見つかりますよ」という彼女の言葉に、仕方なく共に旅立った。


 一人旅ではなく、二人旅。


 ……――旅に出て、早くも数日が経過した。
 何故ナマエが私の旅に同行したのかずっと考えているのだが、全く分からない。

 最初は私への嫌がらせの類いかと思ったのだが、どうも違うと彼女の様子を見て分かった。

「デルカダールでは見たことない花が咲いてますよ」
「この町は独特のにおいがしますね」
「これ、すごくおいしいです!ホメロス殿、交換こしましょう」

 自然の景色に、新しい町に、その土地特有の食事に……ナマエは心から楽しんでいた。

 きっと、一人で旅に出ていたなら、私は気づかなかったことだろう。

 こんなにも世界は美しく、色んな者たちが今を生きていて、食事は誰かと共にすると楽しい――と。


「……この辺りは町がない。暗くなる前にここでキャンプをするぞ」
「では、準備をしましょうか」

 遠征に出るので野宿には慣れている。
 ナマエもそうだろう。慣れた手つきでテキパキと準備を初めている。

「……先程の残党モンスターは強かったが、お前も以前より剣技が上達したな」
「…ふふ。下っぱ兵士と共に魔物退治に出てたからかも知れないですね」
「…………すまなかった」
「別に今のは嫌味を言ったわけじゃないですよ」

 メラ――と唱えて、ナマエは焚き火に火をつけた。
 バチバチと音を立てる炎が彼女の顔を赤く照らす。

「今晩はシチューにでもしましょうか」

 こちらを見て微笑むナマエに「ああ」とだけ答えた。

 すぐに陽は落ち、静かな夜が訪れる。
 いつもは宿屋で別々の部屋を取るので、こうして同じ夜を共にするのは初めてかもしれない。……邪な意味はなく。

「ホメロス殿は料理ができるんですね」
「私とて最初は一兵卒だったからな。料理や雑用は下っぱの役目だろう」
「そうですね。そこから将軍に登り詰めた話は、私たち兵士の憧れでした」
「結果、このあり様だがな」

 そこで会話が途切れた。きっと、私は何の面白みもない卑屈な男だろう。

 しばしの沈黙に先に口を開いたのは、

「……何故、」

 私の方だ。

「何故、お前は私の旅についてきたのだ?」

 ずっと考えていても分からなかった答えをナマエに尋ねる。

「……分かりませんか」
「分からないから聞いている」
「きっと、旅の終わりに分かりますよ」

 旅の終わり。

 この旅の終わりはどこなのだろう。
 そして、考えれば分かる話なのだが、このとき私は……この旅に終わりがあるのだと、初めて気づいたのだ。

「……それは、この旅が終わるまで、共にいるということか」

 旅の終わりに、ちゃんと私は見つけられるだろうか。
 彼女が同行した理由も、この言い知れぬ感情の正体にも。

「長い旅になりますね」
「ああ……。……だが、悪くない旅だ……と思う」

 一言「ありがとう」とも言えぬ私に、彼女は嬉しそうに笑うのだ。


「……明日は、この地方に行こうと考えてるんだが……。ナマエ。お前の意見も聞きたい」
「いいですねえ。賛成です」


 例え、答えを見つけられぬとも――この二人旅が終わらず続いて欲しいと願ってしまう私は。

 きっと、変わり始めているのだ。



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