ユグノアの王子

 二人が自分の名前を呼ぶ声が、遠くから聞こえる。(あれ、僕どうしたんだっけ……そうだ、魔物との交戦中に崖から落ちたんだ……)
 二人の心配している声に、イレブンは身体を起こそうとするができなかった。

 徐々に意識が遠のく――……



「…………!良かったっカミュ!目を覚ましたよっ」
「おい、大丈夫か?どこか痛むか?」

 彼が次に目を覚ますと、二人の心配そうな顔が映った。

「痛……ここは……?」
 身体を起こすと、周りを見渡す。
「ここはヒノノギ山地近くのキャンプ地だ。どうやら、大きな傷はねえみてえだな」
 彼は二人を見て、こてんと首を傾げた。
「…………君たちは誰だい?」
 
 イレブンの言葉に二人は大きく目を見開く。

「おいおい……嘘だろ?」
「そんな……まさか、私みたいに記憶喪失になっちゃったの……?」
 ショックを受ける二人に、"彼"は不思議そうな顔をする。
「記憶喪失……?確かに僕は君たちを知らないが、君たちは僕の名前を知っているか……」

 ふむ…と彼は考えながら口を開く。

「では、君たちは僕がユグノア王子だということも知っているのか」

 そのイレブンの言葉に、二人は固まった。

 ユグノア王子……?

「た、確かにお前はユグノア王子だが……」
 カミュの眉間のしわが深くなる。
「そうか。この状況はおかしいな……。僕は今までユグノアで、食客のグレイグと剣の稽古をしていたはずたが……」

「「グレイグ!?」」

 二人は同時にその名を叫んだ。
 グレイグといえばデルカダールの将軍であり。ついこの間、三人を鬼の形相で追いかけて来た男だ。
「おいおい、マジか………」
 記憶喪失にしては何かがおかしい。
 
「ど、どうしよう……?打ちどころが悪かったのかな…?そうだ、もう一度頭を打てば戻るって聞いたことがあるわ。私試したことないから今からちょっと試して……」

 そう言ってその辺にあった石で頭を打ち付けようとするナマエをカミュは必死に止めた。(この状況でお前まで混乱しないでくれ!)

「……僕は君たちに世話になったみたいだな。思い出せなくて申し訳ない。すまないが、名前を教えてくれないか」

 そう真摯に言う"イレブン"に二人は名前を教えた。

「そうか……ありがとう。名前を聞いても思い出せないとは……。僕たちはどういう関係なのだろうか」
「オレたちは、その……共に旅する仲間みたいなもんだな」
 その言葉にイレブンはぱあぁと笑顔になる。
「旅か!良いな!僕はずっと旅に出たいと思っていたんだ。王子だからそれは無理な話だったが、それが今君たちと旅しているとは……不思議な話だ」

 目の前のイレブンはイレブンなのだが、話し方や仕草など二人が知る彼とは少し違う。
 まるで本物の王子のようだ。

 立ち上がり、辺りを珍しそうに見るイレブン。

「ねえ、イレブンは本物のユグノアの王子さまと入れ替わっちゃったとかないかな……」
「どこのユグノアの王子だよ。第一ユグノアはすでに滅んでいるわけだし…」
「でも、いつもと違う本物の王子さまに見えるよ」
「そりゃあオレもそう思うが……」

 こんな話があるのだろうか。
 頭を打って起きたら別の人格になっていたなんて。

「すごい……あれは火山だろうか。本でしか見たことない景色だ……!」

 そう好奇心旺盛なところはいつものイレブンだと、二人は少し安心した。


「――おいしい。こんなおいしい料理は城でも食べたことがない…!君たちは料理が上手なんだな」
 
 イレブンの好物を作れば何か思い出すかも知れないとなり、今晩の夕食はシチューになった。
 元々イレブンもどことなく上品な雰囲気はあったが、目の前の綺麗な所作で食べる彼に、カミュも本当にどこかのユグノアの王子が入り込んだのではと思い始めた。
 元に戻ることはなかったが、王子は大満足のようだ。

「お褒めにあずかり光栄です、王子さま」
 カミュが芝居かかってそう言えば、ナマエはくすくすと笑う。
 そんな二人に、王子は優しく目を細める。
「たぶん、君たちが作ってくれたからこんなにおいしいんだろうな。とても暖かい嬉しい気持ちになる……僕は君たちに迷惑をかけてるというのに、こんな優しい持て成しをしてくれて」

 ありがとう――綺麗な笑みを浮かべて王子は二人に言う。
 二人はそろって胸元抑える。

「なんか胸がきゅんって……!」
「安心しろ。……オレもだ」

 そのどこか儚げな笑顔の破壊力は凄まじかった。

「あ、王子。王子の話も聞かせてほしいな」
「ああ、オレも聞きたいぜ」
「僕の話か……君たちの冒険の話に比べたらつまらないものだよ。年がら年中城の中だけで過ごすし」
 王子は寂しいそうな表情を浮かべてから「あ、でも」と口を開く。
「剣の稽古は好きなんだ。それに、これは内緒なんだけど……」
 王子は内緒話をするように、小声になる。

「たまに、こっそり城を抜け出して馬で走るんだ。それが一番の楽しみかな」

 いたずらっ子のような笑みを浮かべる王子に、やはり彼はイレブンでもあるようだ。


「さて、そろそろ寝る準備をするか。オレは見張りをするから、お前たち先に寝てろな」
「待ってくれ。夕食もご馳走になったし、僕にさせてほしい」

 気絶してたから眠くない――そう譲らなそうな王子に、カミュは交代で先に見張りを任せることにした。

「じゃあ、今日は近くで寝ようよ。眠りにつくまでおしゃべりしたい」
 そのナマエの言葉に、王子の近くで休むことにした二人。

「………………すぴー」
「言い出しっぺが、真っ先に寝るとはな……」
「はは」

 すやすやと眠る彼女を横目に、カミュも身体を倒し、仰向けに夜空を眺める。

「君たちとの旅はとても楽しいだろうな。……だが、僕はユグノア国に帰らなければならない……」

 カミュは王子にどう説明するか悩んでいた。ユグノア国はもうとっくに滅んでおり、自分たちは追われる身だ。
 どういう原理か分からないが、早いとこ元の勇者に戻ってくれるとありがたいが。(……それも、少し寂しいなんてな)

 カミュは目を閉じた――。



「僕、どのぐらい寝てたんだ……?崖に落ちた僕を助けてくれたのは君たちだよな?助けてくれてありがとう」 

 翌日、あっさりとイレブンは戻って来た。
 その様子に面食らう二人。

「寝てる間変な夢を見たんだ……すごくリアルな夢でさ」
「夢?」
「どんな夢なの?」

 二人が聞くとイレブンはげっそりとした顔で答える。

「僕がユグノア王子で、食客とかいうグレイグと剣の稽古をし、ホメロスと軍義の勉強をする夢……」

 彼の言葉に、二人は驚きに顔を見合わして、やがて笑った。
 どうやら、本当にこの勇者は王子と入れ替わっていたらしい。



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