本日10回目。
この数字は何かと言うと、カミュが自身の口癖の「マジか」を口にした回数である。
同じ「マジか」でも言葉のニュアンスは様々だ。
お宝を求めて入ったダンジョンで、予期せぬトラップが発動しての驚きの「マジか!?」だったり。
相棒が誤ってドラゴンの尻尾を踏んづけて引きつった笑みからの「マジか……」だったり。
ドラゴンに追いかけられ、行き止まりに追い詰められた時の焦りの「マジか……!」だったり。
とにかく、ここ最近カミュはこの口癖を言うことが多くなった。
「アニキ!なにはともあれお宝ゲットできたねー!」
「……はあ……」
それもこれも、このお気楽な相棒ができてから。
名前はデク。ひょんなことからカミュの相棒になった男なのだが、これがまた筋金入りのポンコツなのだ。
……まあ、たまには役に立つが。
「さっさと町に戻って換金屋に行くぞ」
「アニキー待ってなのねー!」
カミュには贔屓にしている換金屋がある。
目利きは確かで、情報屋も兼ねており、お宝情報も入手できる便利屋だ。
ただ一つ、その換金屋の主は少々難点があった――。
「3000Gね」
「……マジか」
本日11回目の口癖をカミュは口にした。
「おいおい、冗談だろ。オレたちの格好見てみろよ。ドラゴンに追いかけられてボロボロになって手に入れた宝だぜ?宝石の価値からしても3000Gはねえだろう」
カミュの言い分に、この換金屋の亭主のナマエは眉一つ変えずに口を開く。
「あなたたちがどうやって手に入れたかで、宝の価値は変わらないの」
ばっさり冷たく言い放ってから「ほら、ここ」と、ナマエは宝石をカミュに見せた。
「ここに小さな傷があるでしょ」
「……こんな小さなのどうにでもなるだろ」
少し手を加えれば、なくなるほどの小さな傷だ。
「ふぅ……そういう問題じゃないの。持ち込まれた時点で宝石の価値は下がる。これ常識。おわかり?」
かっちーん。人を小バカにしたような態度に、カミュのこめかみに青筋が浮かぶ。
「本当可愛いくねーなぁ!なん癖つけてぼったくる気だろ」
「あなたに可愛いなんて思われなくて結構。文句があるなら他のお店にどうぞ」
「まあまあ、二人とも落ち着いてなのねー」
いつものようにデクが二人の間に入る。むすっとするカミュの代わりに、デクが交渉すると、3300Gに跳ね上がった。
その金額にお互い納得し、取引成立。
「ありがとうなのね〜」
にこにこ笑うデクに、こいつ盗賊より商売人に向いてるんじゃないかとカミュは思う。
「……あ、待ってカミュ」
「あ?」
立ち去ろうとするカミュを、ナマエは珍しく引き留めた。
「あなた……山賊退治に興味ない?」
「山賊退治……?」
最近、近くの山を根城にする山賊が、この近辺を暴れまわって被害を受けているという。
「倒してくれたら結構な額の謝礼を出すわ」
「俺は盗賊で、山賊退治は専門外なんだがな……」
「そうね。防御力低そうだし、あっさり返り討ちにされたら依頼した私も責任を感じるからやっぱり別の人に……」
「誰も引き受けねえとは言ってねえ。次の宝の標的もねえし、やってやるよ、その山賊退治」
「そう?なら良い報告を待ってる」
「ああ、期待して待ってろ。その代わりたんまり報酬は貰うぜ。行くぞ、デク!」
「じゃあナマエさん、失礼しますなのね〜」
ずんずん歩くカミュの後ろをてくてくとデクはついていく。
あらら、カミュのアニキってば勢いよく引き受けちゃったんだからー。でも、アニキなら強いからきっと大丈夫なのね!
「――ったく。あのてっかめん女、ちょっとは客ににこりと笑いかけられないのかね」
ぐびっと酒をあおぎ、カミュは言った。
"てっかめん女"とは先程の換金屋の彼女である。
いつもツンとした無表情なので、カミュはそう呼んでいた。
今まで微笑一つ見たことがない。
そんなんじゃ商売上がったりじゃないかと思われるが、確かな目利きとそこに美人と加われば客は付くのだ。
「でもアニキだって、なんだかんだナマエさんのこと気に入ってるでしょー?」
「本気でそう思うならお前の目は節穴だな、デク」
笑い飛ばすカミュの言葉にそうかしらねーと言いながらデクは肉料理を頬張る。お宝を手に入った日の彼らの食事はちょっぴり豪華だ。
カミュがあの店を利用するのは、この町がちょうどいい拠点なのと、"目利きだけは"信頼しているからだ。ついでにお宝情報も入手できる。
彼女の性格と接客態度は難点だが、もろもろの総合点で贔屓しているだけである。
……まあ、あのツンとした顔が笑うところを見てみたいと思わなくはないが。
「さて、引き受けちまったものの、山賊退治をどうするものか……」
「アニキの腕なら山賊だろうと敵じゃないのね!」
「あのなぁ、向こうは数人で群れているんだぞ」
確かに盗賊業を生業にしていたら、荒事とは切っても切り離せない。
だが、それなりの荒くれ者たちの群れを、ばっさばっさと倒すほどの腕っぷしはカミュにはない。
(何か作戦を考えないとな……)
「お客さーん、そんな所で寝ないでくださいよォ」
そんな店員の困った声がカミュの耳に届き、思考は一旦中断される。
どうやら客が酒を飲み過ぎて、通路に眠りこけてしまったらしい。
(酒か……)
カミュの脳裏に妙案が浮かんだ。
――数日後。二人は山賊退治を決行する。
用意したのは車輪付きの荷台に、酒や食料。
それを引くデクは、どこから見ても商人の男だった。
カミュの作戦はこうだ。
わざと山賊が出没するルートを、荷台を引くデクを歩かせ襲わせる。山賊はその荷台を奪うが、その中には麻痺毒入りの酒と、カミュが潜んでいるのだ。
アジトにつけば、彼らは酒盛りをするだろうから、毒入りの酒を飲んだ後に決着をつける――というものだ。
「さすがカミュのアニキ!すごい作戦ね!天才なのね!」
「へへ。まあ、ちと必要なもん揃えるのに予算がオーバーしちまったが……」
その分もナマエに請求してやろうとカミュは考える。
「でも、一人で敵のアジトに潜入するのは心配なのね」
「山賊なんてやってる野郎たちは、頭は良くねえ。きっとこの作戦は上手くいくぜ!」
自信満々にカミュは言った。
「オイ、兄ちゃん!……ん、おっちゃん?まァどっちでもいいか。命が欲しけりゃ、荷台ごと置いてきな!」
「ひえ〜お助けを〜」
カミュの予想通り、さっそく山賊は現れ、商人に扮したデクから荷台を奪う。
「お、酒に食料もあるぜ!」
「帰ったら酒盛りだー!」
(ちょろいヤツら……)
それがワナだとは知らずに山賊たちは意気揚々と荷台をアジトに持って帰った。
さっそく酒盛りをして、盛り上がり……
「くっ……」
「な、なんだ……?」
「体が痺れて動けねえ……っ」
酒に仕込まれた毒によって、彼らは次々と倒れて動けなくなる。
「こうも上手くいくと、張り合いがなくて面白くねえなぁ」
「!?なんだテメェは……っ!」
「よォ。あんたらは悪さをし過ぎたな。命が欲しけりゃ、降伏して山賊なんてやめるこった」
「っ!?まさか、酒に毒を……」
青ざめる山賊たちに、カミュはニヤリと笑って、見せびらかすように小瓶を取り出した。
「海サソリの毒を酒に仕込んだ。知ってると思うが、それは末端からマヒし始めて、最終的には心臓に到達してお陀仏だ。助かりたけりゃ山賊を廃業しな。約束すりゃあこの解毒剤をやる」
ちなみにこのカミュの説明は嘘だ。酒に仕込んだのはただの痺れ毒である。
信じきった山賊たちはひぃっと短く悲鳴を上げたが、ボスらしき人物が上げたのは笑い声。
「おい、何がおかしい?」
「バカめ!だったら奪うまでよ。……働け!マッスルガード――!」
背後にゆらりとでかい気配を感じた。
「!?」カミュはバッと振り返り、振り落とされる拳を寸前で後ろに飛んで避ける。
「マッスルガード!そいつを倒し、解毒剤を奪え……ッ!報酬は二倍だ!」
「グガァアアア!」
マジか!?こいつら、魔物を従えてたのかよ……!
マッスルガードは本来なら魔物たちのボディガードを務める魔物だ。
四本腕に筋骨隆々とした体躯を備えた巨人。
目は一つしかなく、ギョロリとカミュを捉える。カミュは愛用の短剣を手に取った。
雄叫びと共に迫る拳を、持ち前の俊敏さで回避。隙をついて短剣での攻撃を入れるものの、その体には微々たるダメージしか与えられない。
「……っ」
それでもカミュは、避けては攻撃を入れるを繰り返す。ここで引くわけにはいかない。
何故なら――
「マッスルガード……っ!俺たちに毒が回る前に早く奴を倒せェ!」
山賊のボスが叫び、マッスルガードは全身に気合いを入れる。
殺気に似た気迫に、カミュの背筋がぞくりとした。次の攻撃はやべぇと距離を取ろうとするが、
「っ!しまっ――」
転がっていた酒ビンに足を取られ、体勢を崩したカミュ。
「ぐはぁ……!!」
マッスルガードのばくれつ拳がその体に打ち込まれた。
カミュは後ろに大きく吹っ飛ばされ、壁に激突。そのまま床に倒れる。
口から血が流れた。もろに強烈な攻撃を食らって、小指一本でさえ動かせない。
(くそっ……。やられた……っ)
ドシンドシンと近づいてくる足音。
立ち止まり、カミュは乱雑に持ち上げられた。
「く……っ」
魔物を睨むしか今のカミュにはできない。
ここで自分がやられたら、先に奴等から盗んだ"それ"も奪い返されてしまう。(何か手は……っ!)
「アニキを放すのねーー!!」
その時、勇ましい声が響いた。マッスルガードは後ろから攻撃を受けて、衝撃にカミュを放す。
「……デク……?どうして……」
驚きに見開いた目に、大木槌を構えたデクの姿が映った。
「アニキを助けにきたのね!」
次にデクは、カミュに上やくそうを使う。
「……助かったぜ、相棒!」
完全回復とまではほど遠いが、カミュは動けるぐらいには回復した。
ニッと笑い、口許に流れた血を袖で拭う。
「アニキ!一緒に倒すねー!」
「ああ!いくぞ!」
素早いカミュに、動きは遅いが重い攻撃をするデク。
正反対の二人に翻弄されるマッスルガード。
(やっぱ短剣じゃ、浅い攻撃しか与えられねえ)
カミュはマッスルガードの攻撃を避けながら、ちらりと辺りを確認する。
武器棚が目に入った。それと、足元に転がるまだ中身が入った酒ビン。
(これだ……!)
まずは足で器用に酒ビンを蹴り上げ、手でキャッチすると。そのままマッスルガードに投げつけた。
「ガ……!?」
頭にぶつかり、マッスルガードは上から酒を被る。
「これ、借りるぜ!」
カミュは武器棚なら片手剣を掴んだ。
彼には唯一覚えている剣技がある。
「かえん斬り……!!」
剣は炎を纏い、飛び上がったカミュはマッスルガードに斬りつけた。
炎は酒に、引火する。
「グアアアア……!!」
体が燃え上がり、悲鳴を上げるマッスルガード。
「…………!!」
やがてその場に倒れ、その光景に驚愕する山賊たち。
あの屈強な魔物が破られた……!
「ざまぁ……みやがれ……」
そのすぐ後に、気力を使い果たしたようにカミュも倒れた。
「!アニキ!?アニキしっかりするのね!カミュのアニキ――!」
デクの慌てる声が遠くに聞こえる……
……――次にカミュが目を覚ますと、ベッドの上だ。白い天井がぼんやりと映る。
「……ッ」
体を動かそうとしたら全身に痛みが走った。
「まだ動かない方がいいわよ。あなた、重傷人だから」
「…………」
「……なにその、オバケを見たような顔は」
「いや、だって……」
まさかナマエがそこにいるとは思わなかったから。
ベッドの横で開いた本を片手に。まるでカミュが起きるのをずっと待っていたようだ。
その顔はいつもの無表情だが、目の下に隈が出来ている。
「デクさんが傷だらけのあなたを背負って町に戻ってきたときは驚いた……。まさか、山賊が凶悪な魔物をボディガードにしてたなんてね……」
ごめんなさいとナマエは謝罪した。自分の情報不足だったと。
「別に謝るこたねえよ。引き受けると決めたのはオレだし、予定外のことなんてざらにある」
「あなたに何かあったら、私も責任を感じるからね。一応、無事でよかったわ」
「一応ってなぁ……」
しおらしく謝ったと思えば、次に口から出たのは相変わらずの物言い。
呆れながらもカミュは続けて聞く。
「その後どうなった?山賊の奴らは?」
「彼らは全員、改心したわ。強敵な魔物を倒した姿を見て、皆あなたの弟子になりたいって」
「はぁ?」
なんじゃそりゃ。勘弁してくれと心底嫌そうに呟くカミュ。今は押しきられてデクという相棒がいるが、本来カミュは一匹狼だ。
「だと言うと思ったから断っといた」
そう言った彼女は仕事ができる。さすがだとこれにはカミュは唸った。
「じゃあ、私は行くわ。報酬に山賊が持っていたお宝は全部あなたのものよ。治療費はサービスとして別に渡すね。元気になったら店にもらいに来て。お大事に」
「――ナマエ。待て……って」
名前を呼んで引き留めた。痛みに顔をしかめながら起き上がろうとするカミュに「まだ動かない方がいいって言ったでしょ」と、ナマエは慌ててベッドに踵を返す。
「依頼をこなしてないのに、報酬はもらえないだろ?」
「依頼なら……」
首を傾げるナマエに「ほらよ」とカミュがどこからか取り出したのは、宝石がついた美しいネックレス。
「!まさか……どうして」
「ずっと、そのネックレスを探してたんだってな」
カミュは山賊退治の準備をする中、何故ナマエが山賊退治など依頼してきたのかも調べていた。
それは、ナマエが換金屋を始めた理由に繋がる。
裕福な家に生まれたナマエだったが、両親を幼くして亡くし、生きる為には全財産を売り払うしかなかった。
大人になり、換金屋になったのは、母が一番に大事にしていたネックレスを取り戻すため。
情報屋を兼ねていたのもそのためだ。
そして、ある時。珍しい宝石のネックレスを山賊がどこからか強奪したという噂話を耳にし、ナマエは山賊退治をカミュに依頼した。
「……知ってたんだ」
「俺は盗賊だからな。あっちこっちから色んな噂話が入る」
嘘だ。本当は自ら情報収集していた。
「ずっと、後悔していたの。これは母が父から初めてプレゼントされたもので、とても大事にしていたのに……。どうしてあの時、一緒に手離してしまったんだろうって……」
愛おしそうにそのネックレスを見ながらも、口ぶりは懺悔するようなものだった。
「生きる為に仕方なかったんだろ?お前の母親も許してくれるさ。何より、ちゃんと取り戻したじゃねえか」
「うん……」
ナマエは頷くと、ネックレスからカミュに視線を移す。
「あなたなら……カミュなら必ずやりとげてくれると思って依頼したの」
――ありがとう、カミュ。
「……っ」
初めて、ナマエが笑った。どきりとカミュの心臓が跳ねる。
どんなお宝より、価値があるのではないかと思わせる笑顔だった。
「……おう」
「照れてるんだ。可愛いところ、あるじゃない」
「おまっ……、……たくよ」
カミュが何か反論する前に、彼女は笑って、今度こそ部屋を出て行ってしまう。
……人のセリフ、盗んでんじゃねーよ。
――数日もすれば、カミュの体は全治した。
彼は今日も相棒デクと共に、お宝を求めて冒険の旅に出る。
「……2000Gね」
「マジか?よく見ろ。プラチナ鉱石のかたまりだぞ?」
「あなたがよく見て。ここ。汚れがある」
「ふざけんな!んな汚れこすればすぐ落ちるだろ!」
「この汚れはなかなか落ちないの!おわかり?金額はその手間賃を差し引いた分よ」
「あぁ!?」
相変わらず言い合う二人にやれやれとデクは首を横に振る。
デクの目が節穴じゃなければ、この二人はお互い淡い想いを寄せているように見えるのだが。
「お互い素直じゃないのね……」
「「はあ!?」」
(ふふふ♪こーなったら、ワタシが二人の愛のキューピットになるのね!)
ポンコツと定評のあるデクが、二人の愛のキューピットになれたかは……未来の二人にしかわからない。