王子、失格!

 ホメロスの魔の手から逃れた勇者一行は、シルビア号の船番――アリスの情報により「虹色の枝を買った商人は、バンデルフォン地方へ向かった」という手がかりを手に入れた。

 バンデルフォン地方は、ここからぐーんと北東だ。

「しばしの船旅だな」
「ボク、船旅は初めてだ!」
「こんな大きな船なら安全そうだね」
「私も船旅は初めてなんですが、こんなに大きいと快適な旅になりそうですね」

 カミュに続いてファーリスは元気よく答え、ナマエとセーニャは船を見渡しながら言った。

「僕も、シルビアの船がこんなに大きいなんて驚いたよ」

 王国の船より立派かもと笑うイレブン王子に「ふふっ」とシルビアもご機嫌に笑う。

「本当にシルビアさんって何者なの?」
「アタシのことはいいのよ、ベロニカちゃん。それより、みんな。アタシについてきて!船内を案内するわ」

 船内へと入っていくシルビアの後ろを、皆もついていく。

「王子は知ってるんじゃないか?シルビアが何者かって……」

 小声で「こっそり、ボクにだけ教えてくれ」というファーリスに、王子はにっこり綺麗な笑みを浮かべた。

「シルビアは騎士道の精神を持った、流浪の旅芸人さ」


 ――真っ赤な帆船は、大海原の波を切って、力強く突き進む。


「はっ!」
「〜〜っまだまだ!」

 その広い船上で、ファーリスは王子に剣の手解きを受けていた。

「ファーリス、がんばれ〜!」
「意外と頑張ってるじゃない、ファーリス」

 それを見守るナマエとベロニカ。ファーリスと王子の木刀が、タンッと音を立て、何度もぶつかり合う。

「うわっ……!」
「勝負あったな」

 王子は、ファーリスの木刀を弾き飛ばした。
 カミュはくやしそうなファーリスに笑いかけ、健闘をたたえる。

「ま、お前にしちゃあ頑張ったんじゃないか」
「うん!ファーリスさん、太刀筋がよくなってるよ」
「ええ!アタシの目から見てもファーリスちゃん、強くなったと思うわ」
「本当かい?」

 和気あいあいな男性陣に、

「ファーリスさま、王子さま。休憩いたしませんか?お茶をご用意しましたわ」

 セーニャが声をかけた。わいわいと彼らは船内の談話室に集まる。
 そんな風に過ごしながら、やがて船はバンデルフォン地方の小さな港に着いた。

 閑散した港は、バンデルフォン王国が魔物に襲われたその影響だという。
 彼らはこの先に旅人の宿があると聞き、そこに立ち寄ることにした。

「商人の方はそちらに向かわれたのでしょうか?」
「他に行き場所となると……大きな町で、グロッタという町があるな」
「そこに向かった可能性がありそうだな」

 セーニャ、王子、ファーリスがそんな会話をしていると、美しい黄金の輝きを放つ麦畑が目に飛び込んだ。

「すごいな……。サマディー王国は砂漠の国だから、こういった風景はすごく新鮮なんだ。美しい……」

 目を輝やかせて眺める王子に、皆も微笑ましく見る。
 たが、よく見ると麦畑に魔物たちの姿があり……

「ああ、なんて事態だ……きっとこの麦を育ててる人たちも、さぞかし困っているに違いない」

 皆さん倒しましょうと、やる気満々の王子。

 皆は付き合うことになった。

 麦畑から魔物たちを排除した彼らは、また少し強くなった。

 そして、"ネルセンの宿"という、かつての勇者の仲間の名前をつけた宿に訪れた一行。
 だが、ここでは虹色の枝の商人の情報は得られなかった。

 やはり、この先のグロッタの町に向かった可能性が高そうだ。
 グロッタの町は、ユグノア地方の山岳地帯にあるらしい。

(ユグノア……)

「どうしたんだい?ファーリスさん」

 顔を少し曇らせたファーリスに、王子は気づいて尋ねる。

「あ、いや……ユグノアはボクの本当の故郷でもあるから、ちょっと気になってしまってね……」
「……そうか。君は……」

 ファーリスはユグノアの生き残りの王子で、勇者の生まれ代わりだと、詳しい話は聞いていた。

「そんな顔をしないでくれ、王子!ボクは大丈夫だ」

 本来ならユグノアとは同盟国になって、
きっとファーリスと友達になっていたかも知れないな――と、王子は思う。

 そして虹色の枝は、いにしえの時代にユグノアから譲り受けて、サマディー王国の家宝になったものだ。

 やはり、虹色の枝は彼が持つべきだと。
 必ず取り戻そうと、イレブン王子は新たな決意をする。


 ――ユグノア地方のとある山間のキャンプを見つけ、彼らは早めに休息を取ることにした。


「テントを張るとはいえ、王子は野宿は平気なのか?」
「兵士の遠征訓練で経験したことがあるから大丈夫だよ」
「さすが王子だな。心配は無用だったぜ」

 そんな完璧そうな王子だったが、彼にも苦手なことがあった。

「君たちにまかせてばかりですまない……。他にできることがあったら、なんでも言ってほしい」

 料理などのいわゆる家事全般だ。一国の王子なのだから、できなくても当然だろうと皆は思う。

「じゃあお坊ちゃん、アタシと一緒に水汲みにいきましょ♪」
「ああ、行こう!」

 嫌な顔ひとつせずに、そうシルビアについていく王子に、人間ができてる王子だよなぁと皆は思う。

「……ボクも。普通にユグノアの王子と育っていたら、あんな感じだったのかな……」
「……お前のそのポジティブさは嫌いじゃねえぜ」

 もしも、ファーリスが王子として育っていたら……。
 想像しようとすると、何故か皆の頭に
サマディー国王の顔が浮かんだ。

 翌日――朝からキャンプ地を出発し、一行はグロッタの町にたどり着いた。

 塔のような、不思議な形状の町だ。
 彼らは驚きながら扉を開けて、中へと入る。

「ついに来たわね!屈強な男たちが集まる町、グロッタ!」
「わーっ見て!この町って、大きな建物の中にひとつの町が入ってるわよ!」

 真っ先に声を上げたシルビアとベロニカ。建物内が町になっており、まるで要塞のようだ。

「ここがグロッタの町か。闘技場がある格闘の町だって聞いてたけど、やっぱ闘士がたくさんいるな」

 カミュの視線の先に、行き交う屈強な男たちの姿が入る。

「ハ〜イ、カッコイイお兄さんたち。格闘大会には興味がおありかなっ?」

 声をかけてきたのは、キュートなバニーガールだ。

「今度、仮面武闘会っていうすっごい大会が開かれちゃうの。ウデに自信があるなら参加してみてね〜」

 何やらチラシを受け取ったファーリス。
 そこには……

「なになに……。血わき肉踊るタッグマッチ。仮面武闘会開催のお知らせ。優勝者には豪華賞品を贈呈!か……」

 文字を読み上げるカミュの声は、豪華賞品の所で弾んだ。

「武闘会って踊る方じゃなかったんだね」
「それに仮面ってなんだ?」

 ナマエとファーリスの呟きに、仮面武闘会について聞いたことがあると、王子が話す。

「ここは、グレイグ殿とゆかりがある町でもあるんだ」

 あ、ほら……と、王子が指差す先には、大きなグレイグの像が頭上に建てられていた。
 げえとファーリスとカミュは、同じような嫌な顔をする。

「君たちにとっては、今や彼は敵になるだろうけど……。僕にとっては、尊敬する武人の一人なんだ」

 気まずそうにそう言った王子に、誰も責めることはない。
 とりあえず「今回の武闘会の賞品はすごいお宝」という話を耳にして、気になったというカミュに、彼らは受付へ行ってみた。

 ベロニカがいち早く声を上げる。

「あっみんな!あれ、見て!あれって虹色の枝じゃない!?」

 卵型のガラスケースの中に飾られている、一本の虹色にかがやく枝。

「間違いない……!あれは虹色の枝だ!」

 現物を目にしたことがある王子が、はっきりと言ったのだ。
 やっと、探し求めていた虹色の枝と対面することが叶い、彼らの胸に喜びが生まれる。

「……待って。じゃあ、あの虹色の枝を手に入れるには……」
「あたしたちも仮面武闘会に参加して、絶対に優勝するしかないわ!」

 彼女の言葉を引き継いで、ベロニカが意気込んで言った。

「まかせてほしい。僕が必ず優勝してみせる!」

 約束を果たす時がきたと、王子も意気込む。
 
「王子がいれば、虹色の枝を手に入れたのも当然じゃないか!」
「ああ!王子以上に強いやつなんて、早々いないだろうからな」

 なんてたって、レベル99の王子だ。

「なに言ってんのよ。アンタたちも参加するの!ペアは抽選で組むみたいじゃない?もしも変なやつと王子が組むことになったらどうするのよ!」

 お気楽に話すファーリスとカミュの二人に、ベロニカがぴしゃりと言った。
 二人が参加すれば、王子とペアになる確率がちょっぴり上がる。
 確かに……と、二人は考えた。

「それを言うなら、ベロニカ。女性も参加できるみたいだよ」
「アンタ……こんな幼気ないレディを
武闘会で戦わす気?」

 ……幼気ないレディ?これにはファーリスだけでなく、カミュも首を傾げた。

「とにかく、あたしたちは応援してるわ」
「それが安心だ。女性の皆さんには無理させられないよ」
「ファーリス、あとで王子の爪の垢でも煎じて飲ませてもらいなさい」

 ベロニカの言葉に「それはちょっと……」と、王子が嫌そうだった。
 三人娘と別れて、王子、ファーリス、カミュ、シルビアは受付に並ぶ。

「シルビアも参加するのかい?」

 ちなみに王子は、シルビアも女性陣の中に含めていた。

「ええ!だって面白そうじゃない?仮面をつけての武闘会なんて♪」
「仮面っていや、ちょうどオレたちも顔を隠せるからいいな」
「ボクたちもだけど、王族の王子もじゃないか?」
「さすがにこの地方には、僕のことを知る者はあまりいないと思うけど……」

 順番が来ると、受付の男はにこやかに出迎えた。

「ようこそいらっしゃいました、旅の方。手に汗握る、仮面武闘会に参加するならこちらで受け付けておりますよ」
「僕たちも参加希望です」
「おお!それではこちらをどうぞ。試合の時に身につける仮面と、パートナー選びに必要となる抽選番号です」

 ファーリスは参加者資格である仮面と「12」と書かれた抽選番号を手に入れた!

「王子が11番で、カミュが13番でシルビアが14番か」
「ちょうどこれからパートナー選びの大抽選会が行われるみたいだ。この仮面を付けて、3階の闘技場に向かえばいいらしい」

 三人娘も観客席で、四人のパートナー選びを見届けるらしい。
 そして、抽選会でペアが決まったら、すぐにトーナメント戦だという。

「闘技場はこの受付の裏にあるエレベーターから行けますからね。では、がんばってください……ご武運を!」


「レディースアンドジェントルメン!今年もホットな季節がやってきたぞ!準備はいいか!?今こそ戦いの時!」

 早々に行われる抽選会。

 司会者の男の呼び掛けに、満席の観客席から「おおーー!!」と、盛り上がった声が返ってくる。
 すでに熱気がすごくて、ファーリスは呑まれそうだった。

「この戦いの聖地、グロッタ闘技場で、今年はどんな名勝負が生まれるのか!?グロッタ名物、仮面武闘会。いよいよ開催です!」

 再び大きな歓声。ファーリスは願う。

「それではさっそく……皆さまお待ちかね!誰がパートナーになるかハラハラドキドキ!運命の大抽選会を行います!私がこの箱からボールをふたつ取りだし、数字を読みあげます!呼ばれたその2名が晴れてパートナーとなります!」

 カミュやシルビアもいいが、やはりここは王子と組みたい。
 王子と組んだら優勝を約束されたも当然だ。
 必然的に自分もチャンピオン……おっと。あくまでも優勝は虹色の枝を手に入れるためだ。うん。

「仮面武闘会は2対2で戦うタッグマッチ!選ばれたパートナーとチカラを合わせ、優勝を勝ち取ってください!」

 それでは始めます!――司会者は箱からボールを取り出した。

「番号12!おーっと最初に選ばれたのは初参加の12番の方でした!さあ、12番の方、ステージにどうぞ!」
「お、早速ファーリスが呼ばれたな」

 ファーリスはドキドキしながらステージに上がる。

「さあさあ、誰だ誰だ!12番のパートナーは誰になるのか!?」

 運命のパートナーは……!

「8番!8番が選ばれました!」

 王子は11番。カミュは13番で、シルビアはその次の14番だ。見事に外れてしまった。

「それでは、番号8の方、ステージにどうぞ!」

 司会者に呼ばれて階段を上ってくるのは女性だった。優雅な足取りで、頭の上に結んだ長い黒髪を揺らす。

 紫のバタイフライ仮面の下でも、美しい顔立ちがわかり、ファーリスはぽーっと見惚れた。

「よろしくね」
「っ、よ、よろしく……」

 8番の女性から差し出された右手を、ファーリスが握ろうとした時――

「ちょっと待ったぁ!!」

 制止の叫び声と共に、顔を覆う仮面を付けた老人が、ステージに乱入してきた。

「どこのウマのホネかもわからんヤツに姫の相棒などまかせられん。この抽選は取りやめてもらおう」

(ひ、姫?なんだ、あのご老人は……)

 突然の老人の抗議に、困惑するファーリス。

「し……しかし、そう言われましてもこれは規則ですので……」

 それは司会者も同様だった。すると、老人は何やら耳打ちする。

「えっ!!」

 何やら驚く司会者。

「ただ今、聞いてまいります!」

 そして何やら急いで責任者へと確認しに行った。
 当然どよめく会場に、8番の女性はやれやれと肩を竦める。

「……ごめんなさいね」

 女性の謝罪に、ファーリスは「い、いえ。ボクのことはお気にせずに……」としか答えられなかった。

 程なくして司会者は戻って来る。

「と……特別招待枠として、8番の選手はこのご老人のパートナーに決定いたしました!12番のパートナーは選びなおしとなります!」

 司会者の発言に、当然その場は困惑の声とブーイングの嵐。

「おい!いったいどういうことだ!」
「きたねえぞ!公平にやりやがれ!」

 出場者からも不満が飛び出す。

「ど……どうかお静かに!こちらは決定事項ですのでもうくつがえることはありません!そ…それではっ12番のパートナーを選びなおします!」

 司会者は強引に抽選会を決行した。
 ファーリスは美女と組めなくて、ちょっとがっかりする。

「7番!7番の方、ステージにどうぞ!」
「やあ、オレみたいだな」
「ハンフリーだと……?」

 先程とは違うざわめきが、出場者たちからわき起こった。

「な…なんと前大会のチャンピオンであるハンフリー選手が12番の選手のパートナーとなりました!」

 ――チャンピオン!それってすごい有利じゃないか?瞬時にファーリスはラッキーと思う。

「やあ、よろしく。一緒にがんばろうな」

 片手を上げ、にこやかに声をかけるハンフリー。
 これはもしかしたら、優勝を狙える……?いやいや、最終的には王子と決勝戦で戦うだろうし……。でも、この人も前回チャンピオンで強そうだ。

 うーんとファーリスは考えた。

 抽選はその後も続き……司会者が読みあげる数字に、ある者はよろこび、ある者はなげき。
 会場は熱気に包まれたまま、抽選は終わっ……

「おや……!?王子は……!?」

 シルビアとカミュも、それぞれパートナーが決まったが……。

「僕のペアの人……呼ばれてもこなかったんだ……」
「え、ええーー!」
「あらま!」
「マジか……」

 仮面武闘会はペアで参加がルール。
 組む相手がおらず、王子は参加を辞退という形になってしまったらしい。

「本当にすまない!優勝して、虹色の枝を今度こそ君たちに渡すはずが……!」
「王子さま、頭を上げてください」
「王子のせいじゃないよ」
「そうよ!悪いのはあのバックレた9番よ!たしか名前は……デルギンス!」

 見つけたらタダじゃおかないんだから!

 ……――プンスカ怒るベロニカの姿が恐ろしくて、柱の影で見ていたデルギンスは、出るに出れなくなった。
 いや、出たところで、ファーリスたちは彼に気づかないだろう。

(ああ……私のせいですみません……)

 このデルギンスという男。

 悪気があってバックレたわけではなく、超がつくほど影が薄い人間なのだ。

 どれぐらい薄いのかというと……

「9番の人!いませんかー!?」
「あの、私が9番です」
「いないなら失格ですよー!」
「あの、ここにいます」

 こんな風に。司会者に声をかけても気づかれないほどの影の薄さ。
 そのせいで、抽選会も落ちしてしまった。

(トホホ……)

 透明人間すれすれの人物であり、一部では幻の闘士と呼ばれている……

 それがこの男、デルギンスなのだ。

 ――理由はどうあれ、不慮な出来事で、不参加になってしまった王子。

「まずいな……。オレたちの誰かが優勝しなくちゃならなくなったぞ」

 深刻に呟くカミュ。それにコクコクと同様に頷くファーリス。

「アタシはお坊ちゃんが相手でも勝つ気でいたわよ♪」

 余裕に笑うシルビア。

「この際、三人のうち誰でもいいわ。絶対に優勝するのよ!いいわね!」

 果たして……勝ち馬の王子の存在がなくなり、三人は見事優勝して、虹色の枝を手にすることができるのか――!?



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