vsホメロス〜真夏のバカンス編〜

 透き通るような青い海の下は、カラフルな魚たちの楽園だ。
 揺らめく光の下を、まるで人魚になったように泳ぐ。
 人魚の王国でも見られた景色だが、自分でこうして泳ぐのはまたひと味違うのだ。

 ――ぶはぁ!

 息継ぎのため、勢いよく水面に顔を出すと「イレブンさまー!」セーニャが砂浜で大きく手を振っていた。

「海の中はいいかがでしたか?」
「すごくキレイだったし、気持ちよかったよ!」

 イレブンはそう言いながら、泳いで砂浜に向かう。

 ――旅の途中ではあるが、息抜きに小島で一日限りのバカンスを楽しむ勇者一行。

「イレブンさまも休憩にいかがですか?ココナッツという実で、中はジュースみたいになっていておいしいですよ」
「へぇー!飲みたい!」

 イレブンはセーニャからココナッツを受けとった。
 堅い実の中身は本当にジュースで、ごくごくと喉を潤す。さっぱりしておいしい!

「ほっほ。砂風呂は健康に良いのじゃ」
「せっかくだから、貝殻も置いて……」
「う〜ん、小麦色に焼いちゃおうかしら?」

 砂風呂に入りたいというロウを、ベロニカが埋めており、シルビアは優雅に日光浴をしている。

「お、上手いんじゃねえか?」
「ええ、これなら海の中も泳げそうね」
「間違って海の水飲んじゃったけど、しょっぱーい。海水ってしょっぱいのね」

 泳いだことがないというナマエは、カミュとマルティナに泳ぎ方を教わっていて、皆はそれぞれ楽しんでいた。

「あ、イレブン!私、少し泳げるようになったよ」
「すごいや!じゃあ一緒に海に潜ろう」
「マルティナとカミュのおかげだね」
「泳ぎ方の素質があったんだよ」
「上達が早かったわ。さすがね」

 カミュとマルティナに褒められて嬉しそうなナマエ。
 そんな彼女が着ているのは、マルティナと色違いでお揃いの「あぶない水着」
 水着だが、これも立派な装備品らしい。

「昔は本物のあぶない水着じゃったのじゃ……。これも時代かのう……」

 ――と、先ほどロウがさびしそうな目で何やら「健全になった」など言っていたのを、イレブンはふと思い出した。

「それにしても、ここは魔物ちゃんもいないし、ゆっくりできていいわね」
「うん、おもいっきり羽を伸ばせるね」

 シルビアの言葉にうーんとナマエは腕を伸ばす。
 その背中に羽根が生えていたら、本当に伸ばしていただろう。

「ねえ、みんな。あっちに煙が上がっているの。あたしたち以外にも誰かいるのかしら?」
「本当だ」

 ベロニカの指差す方をイレブンが見ると、確かに一筋の煙が上がっている。

「遭難したSOSじゃなければいいのですが……」

 一つの懸念を口にしたセーニャ。マルティナも同意するように頷く。

「そうね……。その可能性も0じゃないと思うわ」
「行ってみようぜ」

 カミュの言葉に全員賛成し、その煙を目指して、ちょうど反対側の砂浜にたどり着く。

「!?お前は……!」

 この時、カミュが武器を装備していたら瞬時に構えただろうが、生憎魔物もいない島でのバカンスに、丸腰だ。

「!?貴様らは……!」

 しかし、それは向こうも同様だった。

 まさか、こんな場所で遭遇するとは……!

 パラソルの下――ビーチチェアに寝そべり、部下に大きな葉で扇がれ――サングラスをかけた、水着姿のホメロスがそこにいた。

 なんだその優雅な姿は!?イラッと来るぜ!

「貴様ら……!せっかくの私のバカンスを邪魔しに来たのか!?成敗してやる!」

 あ、ホメロスもバカンスだったんだ。

 そう皆は思う。いつものきっちりした鎧姿ではなく、全身でバカンスを堪能してる姿で「成敗してやる」と言われてもピンと来ない。

「ホメロスさま!武器がございません!」
「ここは魔物もいないので船の中に……」
「ちっ……。丸腰のところを襲うとは、さすが悪魔の子……この卑怯ものめが!」
「いや、僕たちもバカンスでここに来たから偶然だし」
「バカンスだと……!?相変わらず追われる身としての緊張感がない者たちめ!」

 そこを突かれると、彼らは反論できない。それぞれ気まずそうに目を泳がせた。

「……で。どうすんだ?殴り合いでもするか?」
「呪文対決なら、この最強の魔法使い、ベロニカさまが相手をしてあげるわよ」
「これだから無粋な奴らは……。ここはバカンスの島。それ相応のやり方というものがあるのも知らぬのか、バカ共め」
「あ?」
「ちょうどここに、スイカと木のこんぼうがあるではないか」
「!おいおい、まさか……!」


 ――スイカ叩きで勝負だ!!


「勝負は簡単だ。私と悪魔の子は目隠しをし、仲間たちの誘導で、先にスイカを割った方が勝ちだ」
「わかった」
「ちょい待て。てめえの目隠しを確認させやがれ」
「そうね。マジックでも透かして見える目隠しを使うことがあるもの」
「フ……疑りぶかいドブネズミだ。気が済むまで調べるがいい」

 カミュはシルビアと共にホメロスの目隠しの布を確認した。……どうやら大丈夫そうだ。
 二人は目隠しの布をぎゅっと後ろで縛って、準備ができた。

「では、ホメロスさまと悪魔の子によるスイカ割り対決――始め!」

 双方から声が飛び交う。

「ホメロスさま!三歩右です!」
「そのまま前に進んでください!」
「腕は左に!」
「そこです!いっけーホメロスさま!!」

 …………ん?

「あいた!」
「ああ、すまない。これはスイカではなく悪魔の子の頭であったか。だが、この音ではスイカとは真逆に頭はからっぽのようだな」
「いたっ痛いってば!」

 はっはっはっ、と笑いながらポカポカとイレブンの頭を棒で叩くホメロス。

「てめえ、わざとしたんだろうが!」
「スイカ割りで暴力はダメだよ!」
「性格悪いわよ、ホメロス!」
「ホメロスちゃん!メッ、よ。メッ!」
「イレブンさまの頭を叩くなんて反則ですわ!」
「ホメロス……。代わりに私があなたの頭を叩きましょうか?」

 勇者サイドからブーイングが飛び、勝負は仕切り直しになる。

「スタート!」
「イレブンちゃーん!左にワンツーステップよ〜!」
「もっと前よ、イレブン!」
「イレブン、前に5歩だよ!」
「イレブンさま!頑張って!」
「イレブン!右だ、右だ!」
「違うわよ!左よ!」

 ……どっち!?

(全っ然わっかんねー!)

 普段でも結構言いたい放題な仲間たちだが、同時に好きに叫ばれてなにがなんだかわからない。

「おいベロニカ、右だろ!」
「あたしから見て左よ!」
「お前から見てってわかんねえだろ!?」
「待ってイレブン!足元!カニが歩いてるから気をつけて!」
「ひえっ」

 ナマエの言葉に、勇者は下ろそうとしていた片足を、慌てて上げる。

「イレブンちゃん!カニちゃんはもう行ったから大丈夫よ」

 シルビアの言葉にほっと足を下ろしたのも、束の間。

「ホメロスさま!見事スイカを割りました!」

 その声に目隠しを取ると、スイカは綺麗に割れていた。
 先ほどイレブンの頭を的確に狙ったように、部下は的確にスイカの位置を伝え、ホメロスの一刀は簡単にスイカを割ったのだ。

「この勝負、貴様の負けだ……悪魔の子」
「ホメロスさまはデルカダールいちのスイカ割りの達人だからな!」
「あのグレイグ殿も敵わぬ!」
「……そうなの、マルティナ?」
「そういえば……。グレイグとホメロスが競う、夏の風物詩だったことを思い出したわ」

 イレブンの問いに、マルティナは幼い頃の記憶を思い出しながら言った。

「フ……お前たちの的確な誘導があってこそだ」
「ホメロスさま……!」
「勿体ないお言葉を……!」
「我らとホメロスさまの絆は不滅なり!どこまでもついて行きます!」

 ………………。

「なんか、良い話……?」
「うん……ホメロスは部下にとっては良い上司なのか……?」
「どうでもいいな。いまのうちに行こうぜ」

 何故、奴らの絆を見なけりゃならんのか。
 カミュの言葉に「そうね」と、冷めた目をしたベロニカも頷き、彼らはその場をこっそり離れようとした。

「待て、お前たち!」

 ……あ、見つかった。

「このスイカは我らだけで食べきれぬはずがなかろう。食べ物を粗末にする気か!」

 勇者一行は、そのままホメロスたちと一緒にスイカを食べることになった。

「悪魔の子よ、次はスイカのタネ飛ばしで勝負するか?」
「それなら僕負けないよ!」
「楽しそうね!アタシも参加するわん♪」
「タネって飲み込んじゃったら、お腹の中から芽が出るって聞いたけど、本当なのかな……?」
「ナマエさま!私、今飲んでしまいました……!どうしましょう!」
「迷信に決まってんだろ?」
「ほっ……(間違って私も飲み込んでしまったわ)」
「あら、マルティナもそんな迷信信じてたの?」
「べっ別に信じてたわけじゃないわ」

 スイカのタネ飛ばしは、シルビアが僅差で勝利した。

「今日は私のバカンスだったから甘く見てやったが、次会った時には容赦はせぬ。首を洗って待っておれ、悪魔の子よ!」
「わかった。あ、ホメロス。スイカありがとう」
「ハッ!そのスイカでせいぜいスイカ割りの練習をするがいい」

 帰りにイレブンは割れなかったスイカをお土産にもらって、一行はホメロスたちに背を向けて立ち去る。

「……ねえ、カミュ。ホメロスって本当は良い人なのかな」
「騙されんな。今日はたまたまだ」
「きっとバカンスだったからだね」

 どうやら、バカンスの解放感はあのホメロスさえも別人にするらしい。

「……そういえば、なにか忘れてない?」

 マルティナの言葉に、皆も「そういえば……」と、考え込む。

 ――あ。

「「ロウさま!」」
「ロウおじいちゃん!」
「ロウのジイさん!」
「ロウちゃん!」
「おじいちゃん埋めてすっかり忘れてたわ!」


 元の砂浜で――……


「お〜い……皆はどこに行ったのじゃ〜……。ちと寝ている間に、もしやわし……置いてかれた?」


 すっぽり顔だけ出して、砂に埋もれているロウ。
 ぽつんとひとり、カモメが飛び交う夕焼け空を悲しげな目で眺めていた。



←back
top←