デルカダール地方ではこの季節、カボチャ祭りというものが行われる。
秋の収穫を祝うものだが、同時に命の大樹に還れなかったさまよえる魂が集まるといい、身を守るため悪魔や悪霊の仮装をするお祭りだ。
(……フ。完璧だ)
鏡で自分の格好を確認しながら、ホメロスは最後に首もとのクラバットを整える。文献には鏡に映らないとされているが、そこに映し出されているのは見目麗しい吸血鬼の姿。
ホメロスが仮装をしたのは吸血鬼だった。
いつもは白い鎧を身につけている彼だったが、黒いスーツも裏地が赤のマントもよく似合っていた。
マントを翻し、自室を後にする。
向かうのは副官であるナマエの元だ。共に城下町のお祭りに行きたいと誘われたからだ。
すれ違うメイドたちから熱い視線を受けながら、ホメロスは颯爽と廊下を歩く。
部屋の前にたどり着くと、ノックを二回した。
「おい、ナマエ。準備ができていたら行くぞ」
「ホメロスさま、ちょうど準備ができたところです」
ガチャリ。そんな音と共にドアを開いて、現れたナマエの姿にホメロスはぎょっとした。
「なんだその仮装は……!?」
「バニーガールですよ。どうです?似合っていますか?」
そんなことはわかる。ぴょこんとしたうさぎの耳に、身体のラインがわかるセクシーな衣装は紛れもないバニーガールだ。
普段は露出の少ない格好をしている彼女の姿とギャップがすごい。
これはこれで……という思考を慌ててホメロスは振り払った。
「すぐに着替えてこい。そんな不埒な格好で町を歩いたら騎士の名が恥じるぞ」
「そうですか……。姫さまが貸してくれましたが、ちょっと大胆過ぎましたでしょうか」
己の副官であるナマエの、そんなあられもない姿を男共の前に晒すわけにはいかない……というのが本心だが。それよりも。
マルティナ姫よ、なぜバニーガールの衣装を持っているのだ……!?
ナマエが部屋に戻って数分後「着替え終わりました」その声と共にドアを開けた彼女の姿に、今度はホメロスの眉間にシワが寄った。
「……なぜ、今度はメイド服だ」
頭にはカチューシャ。黒いワンピースに白いエプロン。だが、この城で働くメイドたちとは違い、スカートは短い。
これはこれで……という思考を慌ててホメロスは振り払った。
「グレイグ将軍が似合うと……」
あのむっつりスケベめ、私の副官に何を着させようとするのだ!
「私には女性らしい格好が似合わないようですね……」
「そうではない。カボチャ祭りの趣旨に合っていないからだ。他にはないのか?」
「では、ホメロスさまが選んでくださいませんか?」
ナマエに招き入れられるまま、ホメロスは部屋に入ると、ベッドの上にさまざまな衣装が並べられていた。
どれにしようか迷っていたらしい。
ホメロスはふむ……と顎に指を添え、衣装を見回す。
定番の魔女やブラッドレディなどの中に、可愛らしい衣装が目に留まった。
「これなんてどうだ?」
「化け猫の衣装ですね」
黒い可愛いらしいワンピースには、猫の尾がついてる。先ほどのうさぎの耳が似合っていたナマエなので、猫耳もきっと似合うだろう。
「ふふ、ホメロスさまはこのような格好がお好きなのですね」
「っ、好きなどではない。ただ祭りの趣旨とお前に似合っていると思ったからだ」
「選んでくれてありがとうございます。では着替えますので、少々お待ちいただけますか」
部屋の前で待っていると、数分後ドアは開いた。
黒の衣装に猫耳をつけたナマエに、やはり自分の見立ては間違っていなかったと、ホメロスは口角を微かに上げる。
「では、行くぞ」
ナマエと共に城を出て、城下町に訪れた。祭りの飾り付けがされており、辺りはカボチャだらけだ。
「ホメロスさま、こちらをどうぞ」
「ああ、そうだったな」
ナマエが渡したのは、焼き菓子の入ったバスケット。
カボチャ祭りでは仮装をした子供たちにお菓子をあげる風習もあるからだ。
「あっ!ホメロスしょーぐんだ!」
「おかしちょーだい!」
「トリックオアトリート!」
「わかった、わかった。やるからそこに並べ」
オバケの格好をした子供たちに、お菓子を渡すホメロス。
そんな姿を微笑ましいというように、ナマエは眺める。
「ホメロスさまは子供から人気がありますね」
「菓子がほしいだけだろう」
ホメロスはそっけなく答えたが、双頭の鷲の一人である彼は、子供たちからも憧れの存在であった。
「あ、ホメロスさまの好きなフルーツサンドが売っていますよ。買いましょう!」
「あ、おい……。まったく子供のようだな」
猫の尻尾を揺らしながら。はしゃぐように駆けていったナマエを、ホメロスは追いかけた。
二人は出店や飾り付けを楽しみながら町を回る。
ホメロスのバスケットの中身が空になったのを見計らって……
「トリックオアトリート!」
にこにこと言ったナマエ。仕方ない付き合ってやるかと、ホメロスは口を開く。
「生憎、菓子は切れてしまってな。お前は私にどんな悪戯をしたいんだ?」
「では、お言葉に甘えて悪戯いたしますね」
――えい!
「…………」
ナマエに何かを期待していたわけではないが、広げた手のひらから差し出されたそれに、拍子抜けした。
「……あら。さすがホメロスさま。微動だにしませんね。驚いた姿が見たかったのですが……」
「お前……それに驚くのはグレイグだけだぞ」
ナマエの中にあるのは、虫のオモチャ。虫が苦手なグレイグなら飛び上がっただろう。
「グレイグさまの意外な弱点を知ってしまいました。では後日、グレイグさまに試してみます」
「その時は私がいる前でしろ」
「承知しました」
虫のオモチャで驚くグレイグを存分に笑おうと思う。
「もうすっかり暗くなってしまいましたが、明かりがきれいですね」
「そうだな」
あちこちに置かれたカボチャランタンから、淡いオレンジ色の明かりがぼんやりと辺りを照らす。
幻想的な雰囲気のなか、二人は歩いている。
「そろそろ城に戻りましょうか」
「……そうだな」
城へと戻る道中、ホメロスの足が止まった。
「ホメロスさま……?」
気づいて振り返るナマエの目に映るホメロスは、暗がりに現れた本物の吸血鬼のようだ。
「トリックオアトリート」
「……ここで、ですか」
もちろん彼女もお菓子はもうない。
「どうぞお好きに悪戯してください」
「その台詞、他の男の前では言うなよ」
「言いませんよ、ホメロスさま以外……」
目を閉じろ、という言葉にナマエは素直に閉じる。……予想とは違う、首に何かを巻かれた。
「……血を吸われると思いました」
「私の歯に牙でも生えて見えたか。……何かが足りないと思っていたからな」
ホメロスの指がナマエの首の鈴に触れると、チリンと小さく音が鳴る。
彼女が首に巻かれたのは、鈴がついたチョーカーだった。
「これがホメロスさまの悪戯なんですね」
「可愛い副官に、私が悪戯をするわけがなかろう。それは、贈り物だ」
――よく似合っている。
その言葉にナマエはくすりと笑う。どこまでが本音でどこまでが冗談かわからないが、気分は彼の飼い猫だ。
「ありがとうございます、ホメロスさま……。一生大事にします」
「フ……大袈裟だな」
一生、あなたについていくという思いを込めて。