謎めいた姫と老人

 準決勝。ファーリスとハンフリーの対戦相手は、レディ・ザ・ハンサムチームこと、レディ・マッシブとマスク・ザ・ハンサムだ。

「レディーーーー!」
「マスク・ザーーー!」
「マッシブ!」
「アンド、ハンサム!」

 二人の登場は派手だった。闘士の像から飛び降りて、シュパッとポーズを決めている。
 ぽかーんとしているのはハンフリーだけでなく、ファーリスもで。

「ふふ〜ん!ファーリスちゃん!やっぱり勝ちのこると思ってたわよ!」
「なんだ、あなたは!ちゃん付けなんて、シルビアみたいだな」

 …………ん?

 レディ・マッシブはファーリスの発言に疑問に思った。優雅に回りながらファーリスに詰め寄る。

「アタシを誰かご存じかしら?」
「レディ・マッシブだろ?今さっき名乗ってたじゃないか」
「(!ファーリスちゃんったら、アタシだと気づいてないのね……!?)」

 そう、レディ・マッシブの真の正体はシルビアだ。どこからどう見てもシルビアだ。

 現に会場では……

「相変わらず派手好きだな……」
「はは、それがシルビアさ」

 早々に気づいていたカミュと王子が笑う。

「ファーリスってば、レディ・マッシブがシルビアだって気づいてないみたいだわ」
「ファーリス、素直だから人を疑うことを知らないんだと思う」
「それって単純でお人好しってことね」
「ファーリスさまとシルビアさま……いったいどちらのチームが勝つのか見当つかないですわ……」

 ゆるい空気のなか、セーニャだけが固唾を飲んで真剣に二人を見ていた。

「……いいわ、ファーリスちゃん。このレディ・マッシブと、どちらが上か白黒つけようじゃない!」
「挑むところだ!」

 レディ・マッシブの挑戦状をファーリスも負けずと叩き返す。

「おっ?なんだ、ファーリス。今度の対戦相手はお前の知り合いなのか?」
「いえ、まったく」
「おほほほほ!そうよ、知り合いじゃないわよ!まったくもって知り合いじゃないわ!だって、アタシの名はレディ・マッシブ!」
「……まあ、なんでもいいが」
「ボクのことも忘れないでくれるかな?ボクはマスク・ザ・ハンサム……ボクらの美学をとことん味わうがいい!」

 マスク・ザ・ハンサムが自己紹介すると、それに合わせてレディ・マッシブも決めポーズ。

「やれやれ、にぎやかな人たちだな……」
「ともかく!やるからには真剣勝負!手は抜かないから覚悟しなさい!」

 呆れるハンフリーに気づいて、レディ・マッシブはビシッと指差して言った。

「ふっ、無論だ。手など抜かないさ」

 ハンフリーは小さいビンを取りだすと、中身を一気に飲み干した!

「それは?」
「ああ、気にしないでくれ。試合前にこいつを飲むと調子がいいんだ」

 ハンフリーを不思議そうに見たファーリスだったが……

「あれは、なんだろう……?」

 ――王子も同じように不思議そうにあの小ビンが気になっていた。

「それでは準決勝、第1試合……はじめ!!」

 仲間たちが見守るなか、試合は始まる。

「さあ、行くぞ!ファーリス!」
「はい!……キミたち負けないぞ!」

 前衛のレディ・マッシブと後衛のマスク・ザ・ハンサムの華麗な連携プレー。
 ファーリスとハンフリーは開始早々から押されていた。

「……シルビアたちが優勢だな」
「あのお二方。とても息がぴったりですわ」
「ファーリスもがんばれー!」
「あたしは虹色の枝が手に入れば、どっちが勝ってもいいけど……ファーリスにも健闘してほしいわね」
「大丈夫。ファーリスさんも強くなったさ」

 ベロニカの言葉に確信を持ったように答える王子。

「王子はファーリスのことを買ってるわね。……ん?」

 そこで、なにかに気づいてベロニカは目を凝らす。
「あーー!みんな、ファーリスをよく見て!」
 突如声を上げる彼女に、言われた通り皆は目を凝らしてファーリスを見た。

「!?ファーリスのやつ……!」
「レベルが上がってますわ!」
「レベル30……!?」

 カミュ、セーニャに続いてナマエも驚きに言った。自分たちよりもプラス5高いなんて。

「ファーリスさんはずっと僕と修行をしていたからね。ここ最近、一気にレベルが上がったんだ」

 ――ファーリスさんは、強くなった。

 誇らしげに王子は笑う。その王子の期待に応えるように、戦況は一瞬で一転した。
 ファーリスの剣がシルビアの剣を弾いたのだ。それに気を取られたマスク・ザ・ハンサムを、ハンフリーは一撃で倒した。

「そこまで!!」

 会場はしん、と静まり返り……

「勝者、ハンフリー・エルシスチーム!!」

 勝者を告げた司会者の声に、再び歓声が沸き立つ。

「こ…この、シルビ……いや、レディ・マッシブを打ち負かすなんてやるわね、ファーリスちゃん……」
「あなたも強かった。派手な技の数々はまるで、ボクの仲間であるシルビアのようだった」

 ファーリスはレディ・マッシブに手を差し出し、二人は握手をする。
 …………いや、彼(彼女)こそがシルビア本人なのだが。
 本当は気づいているのでは?とシルビアはその顔をじぃーと見るが「?」本当にファーリスは気づいていなかった。(ファーリスちゃん……なんて素直な子なの……!)
 
「……フフ。アナタにだったら負けて悔いなし!最高の勝負ができてよかったわ!アディオス!ファーリスちゃん!」

 最後にそう告げ「とう!」と後ろに飛んで、その場を颯爽と立ち去るシルビア。

「なんだったんだ、あの人は……」
「本当にシルビアに似ているなぁ……」


 ……あれ。そういえば、そのシルビアは?


「……ふぅ。まさか、ファーリスがシルビアから一本取るとはな」
「どっちが勝ってもおかしくない、ハラハラした試合だったね……!」
「次はいよいよ、決勝戦ですわ!」
「ファーリス!このまま優勝するのよーー!」

(ファーリスさん、君なら必ずや優勝できるさ……!)

「――お坊ちゃんがアタシから一本取ったときのことを思い出したわ」
「っ、シルビア……」

 いつに間にシルビアが隣に座っていて、王子は目を真ん丸に見開いて驚いた。次に柔らかく微笑む。

「お疲れ、シルビア――いや、レディ・マッシブ」
「ファーリスちゃん、強かったわぁ。さすが、お坊ちゃんが鍛えただけあるわね」
「全部ファーリスさんの素質さ。彼はもっと強くなるよ」
「ふふ、そうね」


 笑い合った二人は、視線を闘技場に移す。


「皆さま、お待たせいたしました!いよいよ、仮面武闘会決勝戦!勝ち上がったのは、この2チームです!ハンフリー・ファーリスチーム!舞台にお上がりください!」

 階段を上がる二人に、大きな拍手が出迎える。

「優勝候補の筆頭!堂々とした歩きぶりです!まさしく王者のカンロク!このまま、チャンピオンの座を守りきれるのでしょうか!?」

 ファーリスは拍手に答えるように手を振った。

「ロウ・マルティナチーム!舞台にお上がりください!」

 続いて呼ばれた二人がステージ場に上がると、二チームは向かい合う。

「あまり動かない老人と豪脚一閃の女闘士!すべてが謎に包まれた異色のコンビは、果たして新チャンピオンとなれるのか!?」

 ファーリスは二人を観察する。特にミステリアスな女武闘家。
 あのカミュを、色香で惑わせた(?)ほどの相手だ。

「……っ!」

 ちょうど目が合い、彼女はファーリスに魅惑的に微笑んだ。

(いかんいかん!)

 鼻の下が伸びそうになったところを、ファーリスは慌ててブルブルと首を横に振る。
 エマの怒声がまた聞こえてきそうな気がしたからだ。

「オレも格闘家のはしくれだ。こいつらの強さをひしひしと感じるぜ……。ファーリス。気を抜くなよ」
「ええ。ボクもひしひしとします!」

 ハンフリーは再び小さいビンを取りだすと、中身を一気に飲み干した!

「……姫よ、見たかね?」
「はい。間違いないかと」

 その姿を見て、何やら小声で呟く二人。

「さあ、ファーリス!勝てば優勝だ!全力でいくぞ!」
「さて、お手並み拝見じゃな」
「それでは、仮面武闘会決勝戦……はじめ!!」

 ファーリスとハンフリーは頷き合うと、共に飛び出した。
 主に戦うのは女武闘家だが、老人もサポートのように呪文を唱える。

「ファーリス!攻撃呪文を使えるか!?」

 ハンフリーの言葉に、ファーリスは頷き、呪文を唱えた。

「デイン!」
「うぅ……っ」
「その呪文は……!?」

 怯む二人に、ハンフリーは女武闘家から老人に標的を変える。

「ロウさま!!」

 ハンフリーの一撃は老人に入った。
 続くようにファーリスは攻撃を仕掛けようとするも、女武闘家がそこに割り込み、その攻撃を蹴りで弾く。

「なっ……!」

 そこから蹴りによる猛攻がファーリスを襲った。
 防戦一方だ。今は防御に徹し、隙を見て反撃をすることにしたファーリス。

(耐えろ、ボク……!)

 チャンスは必ずどこかにあるはずだ。ファーリスは大きな技が来そうだと、顔の前に手をクロスさせて構えた。

 彼女の動きがピタリと止まる。

「そ……そのアザは!」
「……?」
「な…なんということじゃ……。おぬしは、まさか……」

 驚いているのは女武闘家だけでなく、老人もだった。
 大きな隙を見せた二人に――ハンフリーが見逃すはずがない。

「スキあり!!」

 老人に飛び蹴りをし、彼は尻餅をついてそのまま気絶した。

「どこ見てんだ!試合中だぜ!お嬢さん!」

 今度はその茫然と佇む後ろ姿に、ハンフリーの一撃が入る。

「ファーリス!今だ!」

 大きくよろけた女武闘家に、ファーリスは一瞬戸惑いを見せつつも、追撃した。
 
「しょ……勝負あり!!勝者!!ハンフリー・エルシスチーム!!」
「や……やったぞ……!」

 拍手と歓声のなか、ファーリスは両手を上げて勝利を喜ぶ。

 見てるかい!?みんな!ボクの勇姿を――!

「優勝はこのチームに決定しました!これより、表彰式を始めます!」
「やったな、ファーリス!ついに優勝したぞ!」
「はっはい!やってやりました!」

 優勝の証である立派な金のトロフィーを、司会者から受け取るハンフリー。

「今回はどの対戦相手も手強かった。もしお前がいなかったら、優勝することはできなかっただろう」
「ははは。ボクもけっこう自信があったんですよ〜」

 すっかり調子に乗るファーリスだ。

「優勝賞品は虹色の枝という貴重な物らしい。売れば結構な金になるだろうからな。そいつをふたりで山分けしよ……」
「あっ、ハンフリーさん。そのことなんですが……」
「うっ…………!!」

 ボクたちには虹色の枝が必要で……そうファーリスが言おうとした時、突然、胸を押さえて苦しみ出したハンフリー。
 手からトロフィーが落ち、ハンフリー自身もそのまま床に倒れた。

「ハンフリーさん!?どうしたんですか、ハンフリーさん……!!」

 倒れたハンフリーにファーリスは必死に呼びかける――……


「ファーリスさま、優勝おめでとうございます!しかし、表彰式の途中でハンフリーさんが倒れてしまうとは災難でしたね……」

 ――表彰式は中止になり、ハンフリーは医務室に運ばれ、ファーリスは控室で待機していた。

「ハンフリーさんの容態ですが、命に別状なし……ということだそうです。おそらく、試合の疲れが出たんでしょうな」

 命に別状ないという言葉にとりあえずひと安心だ。今は教会の自室で休んでいるらしい。

「本日、行われるはずだった表彰式の続きは、ハンフリーさんの様子を見て後日行われることになりました。ファーリスさまには申し訳有りませんが、こちらで宿屋に部屋をお取りしましたので、今晩はそこでお休みくださいませ」

 大会スタッフの言葉にファーリスは了承すると、その場を後にする。
 とりあえず、仲間たちと合流することにした。

「よっ、チャンピオン!……なーんてな。まったくおそれいったぜ。まさか、ホントに優勝しちまうとは」
「ファーリス、優勝おめでとう!」
「ファーリスさんなら優勝できると思っていたよ!おめでとう」
「はっはっは!ま、ボクが本気出せばこんなもんさ!」
「そうやってすーぐ調子に乗るんだから。でも、ファーリス。優勝おめでとう!これで虹色の技はあたしたちの物ね!」

 ベロニカは「でも……」と表情を曇らせる。

「ハンフリーは大丈夫かしら。大会の途中で急に倒れちゃうなんて……」
「そうね。せっかくファーリスちゃんが優勝してめでたい時だっていうのに……なんか素直によろこべない雰囲気だわ」

 ため息混じりのシルビアの声に、その場の空気がどんよりしてしまった。

「……あれ、そういえばシルビア。キミの試合はどうなったんだい!?」

 おとぼけのファーリスの言葉に、皆は顔を見合わせ、ふっと笑みがこぼれてしまう。

「ファーリスさま……。本当にお疲れさまでした。ひとまず、優勝おめでとうございます。ハンフリーさまのことは心配ですが……今はファーリスさまのがんばりをねぎらいたいですわ」

 セーニャの言葉をきっかけに、皆はファーリスの優勝を祝うことにした。
 食事で祝おうと酒場へと向かう。

「……それにしても、あの女武闘家とじいさんはいったいなにもんなんだろうな?あそこまで戦えるヤツはそうそういねえぞ。それに、なんか途中で不自然に動きが止まってなかったか?」
「二人とも驚いてるみたいだったな」

 その途中、カミュに王子も続いた。

「なんかボクのこのアザを見て、驚いているみたいだった……」

 ファーリスも不思議そうに自身の左手の甲を眺める。
 酒場には、いつもより人の姿がない気がした。
 いつもいる闘士の姿が減っているのだ。

「闘技大会が終わっても、行方不明事件が続くのかな……」

 不安げなナマエの言葉に、楽しい時間のはずが、一抹の不安が残った。
 その不安は、夜の訪問客によって形となる――


「ロウじゃよ。おぬしに用があって来たんじゃ。開けてはもらえぬか?」

 ロウとはあの老人だ。一人で部屋にいたファーリスは、その声にドアを開ける。

「ふむ。おぬし、ひとりだけか。すまんが仲間を呼んでくれんか。おぬしらに話があるんじゃ」
「……わかった」

 理由は分からないが、ただ事ではないロウの様子に、ファーリスは仲間を呼びに行った。

「じつは、マルティナ姫が行方不明になってしまってな。町中どこを探しても見つからんのじゃ」
「マルティナさんとは、あの女武闘家の……」

 ファーリスの言葉に、ロウはこくりと頷き再び口を開く。

「おそらく、何か事件に巻き込まれたんじゃろう。そこで相談なんじゃが……おぬしら、姫を探すのに協力してくれぬか?」

 思わぬ協力願いだったが、闘士たちの行方が気がかりだった彼らだ。

「ボクたちにも手伝わせてくれ!」

 代表してファーリスは力強く言った。

「試合後、お疲れのところすまんのう。おぬしたちがいれば百人力じゃ。必ずや、姫も見つけられるじゃろう。マルティナ姫が消息を絶ったのはハンフリーの孤児院の近くじゃ。まずは、そこに行ってみるとしよう」

 ロウと共にファーリスたちは足早に孤児院へと向かう。

「あ!たいへんだよ、ファーリスにいちゃん!」

 教会の前では、慌てた様子の少年の姿があり、ファーリスの姿を見るなり駆け寄ってきた。

「ハンフリーさんの孤児院の子だ。キミ、そんなに慌てて一体どうしたんだい?」

 ファーリスは膝を曲げ、少年に尋ねる。

「ねてたはずのハンフリーにいちゃんがいなくなっちゃったんだよ!」
「ハンフリーさんが……?」
「まさか、ハンフリーさんも行方不明事件に……」

 王子の言葉に、皆も不安そうに表情を曇らせた。

「ちかにあるおにわもたいへんなことになってるし……いったいなにがおこったの!?」

 地下にある庭……?

 ファーリスには心当たりがある。ハンフリーと話をしたあの場所だ。

「ファーリスさん、行ってみよう」
「ああ……!」

 王子の言葉にファーリスは頷き、少年と共に教会に入った。ファーリスはこっちだ――と、皆を地下の中庭に案内する。

「聞いてくれよ、ファーリスさん。ハンフリーさんがいなくなったから孤児院をくまなく探してたんだ。そしたら……見てくれよ、これ」

 中庭にい年長の少年が促す視線の先には、壁が破壊され、大人が余裕で通れる大きな穴が開いていた。

「そこに、見覚えのない地下への階段が開いてて……。もしかしたら、ハンフリーさんはこの先にいるのか……?いったいどうして地下なんかに……?」

 怪訝に呟く年長の少年と同じように、彼らも眉を寄せてその穴を見る。
 人工的に造られた階段は、かなり深く地下に続いているようだ。

「マルティナ姫は孤児院の近くで消息を絶ったんじゃ。その後に開かれたのがこの場所……偶然にしてはできすぎている。姫もこの場所にいる可能性は高い。さあ、もっと奥まで行ってみようかの」

 反対の意見はなかった。彼らは意を決して、地下深くへと続く大穴に、足を踏み入れる――。



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