天使に恋をしました

 世はアイドル戦国時代だという。
 カミュにとってはまったく無縁のモノであった。興味も関心もない。
 だが、彼の妹はそうではなかった。

「可愛いよなー!歌も躍りも良いし、ぜってー性格だって良いに決まってる!」

 彼女がとあるアイドルにはまっていると知ったのはつい最近のことだった。(会ったこともないのに、性格が良いなんてよく言い切れるよな……)

 まあ、アイドルに憧れてちょっとは女の子らしくなってくれれば……というカミュの願いは叶わなかったが、週末はライブに行くんだと嬉しそうな姿は微笑ましくあった。

「って、オレも行くのかよ!?」
「しょうがねーじゃん!エマが急に用事が入ったって、来れなくなってチケット余っちまったんだから」

 妹のマヤに無理矢理そう誘われて来たのはライブドーム。カミュとは正反対の男たちに「イケメン許すまじ……」と、怨念のこもった目てじろじろ見られて、すでにカミュは帰りたくなった。

 呪いでもかけられている気がする。
 それに、興味がないモノを見せられるほど苦痛なものはない――カミュが項垂れていたのは先ほどまでだった。

 ステージに現れたのは変わった髪色と瞳の色をした女の子。

 一瞬で目を奪われる。

 キラキラな笑顔で、同じようなキラキラに輝く瞳をして、とても楽しそうに歌って踊っているのだ。

 今──、目が合った。

 その瞬間、カミュのハートは天使の矢に撃ち抜かれた。ずっきゅんと。彼女は天使だったのか。ふわりと笑った顔に目が離せない。

「オレの天使……」
「え?アニキなんだって?」
「今、目が合ったんだ。めちゃくちゃオレのことを見て微笑んだ……!」
「……。いや、それみんな思っていることだから」

 こうしてカミュも晴れて天使なアイドルのファンになったわけだが。自分よりもハマっているというか、本気で恋しちゃってる感がある兄にドン引きしながらも、マヤはあることを思いついた。(アニキ、顔だけは良いからな!オレが一肌脱いでやるぜ!)

「ってことで、アイドルオーディションにアニキを応募したら、書類選考を通過したんだ!絶対アニキならアイドルになれるよ!」
「はあ!?何勝手に……」
「アイドルになってさ!いっぱい金儲けして、ナマエともお近づきになってオレに紹介してくれよ!」

 マヤの目はさながらアイドルのようにキラキラ輝いてるが、考えてることは邪である。(アニキとナマエが結婚でもしたら、オレのアネキかぁ〜うん、悪くないな!)

「マヤ、お前……アイドル舐めんなよ…!あいつがどんな気持ちでアイドルやってんと思ってんだよ!?みんなを笑顔にしたいとアイドル道を胸に、必死にダンスやボイトレに励んでステージの上で戦っているんだぞ……!!」
「戦ってるって……」

 マヤは兄と同じ青い目で冷ややかにカミュを見た。あいつと馴れ馴れしく呼ぶ姿に、お前は彼女のなんなのかと。
 
「そんな理由でアイドルができるわけねえ……あいつに失礼だ」

 自分とは反対に、兄は妙に真面目なとこがあった。「アニキ……」だからと言って、マヤもこのまま引き下がる玉でもない。

「バカアニキ!理由なんて問題じゃねえ!プロとしてどこまで真剣にやるかだろ!?そんなにナマエのことが分かってんなら、今度は自分がアイドルになって彼女に応えてやれよ!………お兄ちゃんっ!」

 言っていることは対したことはないが、勢いが大事なのだ。
 そして最後の極めつけ、お兄ちゃん。
 カミュがこれに弱いことをマヤは知っていた。だが、多用は禁物だ。効果が薄まる。ここぞと言うときの切り札であり、今がその使い所であった。

「マヤ……そうだ、そうだな。オレは――アイドルになるぜ!」

 ちょろいアニキに少々心配になりながら、マヤはにししっ上手くいったと、ほくそ笑む。

 こうしてカミュは、自らの意思でアイドル戦国時代に足を踏み入れた。

 その後。彼の高いポテンシャルにオーディションはすんなり合格し、同じく合格したサラサラ髪の中性的な美少年とアイドルユニットを組んでデビューするのは、もう少し先の話。



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